綿飴の雲を掴み取る


【大学生で同棲する話】


「蛍君、この荷物ここでいい?」
「うん。そっちの荷物重そうだから僕が運ぶよ」
「ありがとう!」

部屋の中に一通りの荷物を入れる。僕の荷物は割と少な目だけど、芽衣子の荷物は多かった。主に本…というか紙類だ。段ボールいっぱいに入った本を見て少し、頭が痛くなった。こんなに大量の本何処に置いとくんだ。


「これも、食用?」
「そ、それはお気に入りの本だから食べないよ!」
「お気に入りで特別なときにしか食べない本?」
「ちーがーうー!」

地団駄を踏む芽衣子を余所に、僕は段ボールを持ち上げた。「ほら、早く片付けるよ。夕飯造らなくちゃいけないんだから」そう言う僕に、芽衣子の動きが止まった。


「蛍君、ごめんね…。私ご飯作れないから」
「いいよ別に」

ご飯作れないなんて嘘八百だ。芽衣子の作る料理は冗談抜きで美味しかったりする。元々神経質な性格でもあり、分量は狂い無し、レシピ通りに見た目もばっちり決めて芽衣子は料理を作る。但し、自分では味見ができないため、あまり自分から作りたがらない。
「味見しても全部不味く感じちゃうし、蛍君優しいからなんでも美味しいって言ってくれるんだもん」なんて彼女は言う。自分で言うのもあれだが、芽衣子の中の俺は一体どうなっているんだろうか。大事にしているつもりはあるが、優しいと言われるほど甘やかしてたか?

「芽衣子の料理も食べたいけどね」
「不味い物食べさせるのは私が赦せないの!」
「だからいつも美味しいって言ってるじゃん…」

ほんと、残念極まりない。そう思いながら千切りにしたキャベツを鍋に入れて火をつけた。「今日のそれは何?」と僕の背中に張り付く芽衣子に「とりあえずコンソメスープ」と答えた。あとパスタでいっか。パスタの袋を開けもう一個のコンロにも火をつける。お湯が沸騰するまで――。じっとコンソメスープの鍋を見つめる芽衣子に声を掛ける。

「一口食べてみてもいい?」
「いや不味いから」
「蛍君の作る料理は美味しいと思うよ」
「まだコンソメ入れてないから普通に不味いって」

塩コショウとコンソメを投入する。その様子をじっと見つめる芽衣子を気にしながらもパスタの麺をもう一つの鍋に入れる。「ねぇ、まだ?」なんて言う芽衣子に小皿を出してコンソメスープを注いだ。

「飲めるの?」
「わかんない。固形よりは行けると思う」
「無理しないでね」

小皿を芽衣子の口元に近づけた。唇が触れる。少し傾けるとスープは芽衣子の口の中に消えた。じっと芽衣子を見つめる。喉が動いたのがわかった。

「…?」
「どうしたの、」
「ん…?蛍君、もう一口」

せがむ芽衣子を不審に思いながらも再び小皿を傾けた。小皿に分けたスープが無くなる。僕の腰に腕を回し抱きつく芽衣子はさらに首を傾げた。

「んんんん?」
「なに、どうしたのさ。具合悪い?」
「なんかちがう」

なんか違うとは。顔色は悪くない。なんだか不思議なものを食べたような、そんな表情。「蛍君蛍君、そっちも食べたい」既にゆで上がったパスタを指さす。まずい伸びる。急いでお湯を切る、大丈夫そう。

「はやくはやく」
「ソース作ってないってば」

というか動きづらいからひっつかないでよ。なに、そんなに食べたいならそこにあるパン食べていいよ。そう指差すと芽衣子は食パンの袋を開けた。千切って口に入れる。

「……うっ」
「言わんこっちゃない」

バタバタと駆け出す芽衣子の背中を見送りながら、僕はオリーブオイルの蓋を開けた。



◇◆◇


「大丈夫?」
「大丈夫、出来た?」
「出来たけど」
「ひとくち」

今日の芽衣子はなにか可笑しい。食べ物なんて進んで食べないのに「ひとくち、ひとくち」と催促をしてくる。スープならまだしも、固形物大丈夫か?そう思いながらもフォークに絡めたパスタを芽衣子に向ける。はぐっ、と芽衣子はパスタを食べた、咀嚼。


「……?」
「、水飲む?」
「ううん、大丈夫…?」

首を傾けて、もぐもぐと、それこそ味わうように芽衣子はパスタを食べる。まさか、なんて思いつつ芽衣子を見守る。

「…不思議な、味がします」
「具合は?吐き気は?」
「ない、大丈夫。私食べ物…食べられる!」

もっとちょうだい!という芽衣子を止める。今まで食べ物を食べられなかったのに突然食べられるようになって…喜ぶべきだろうけどまず病院に連れて行かないと。あといきなり沢山食べさせたら危ないだろうし。「だめ、取り敢えずスープで我慢」と僕は立ち上がってキッチンへと向かう。後ろで「スープ!スープ!」と嬉しそうな芽衣子の声がした。…食べさせて、大丈夫か?

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