白山羊さんたら読んで食べた


僕は眼鏡を外し目を押さえた。きっと疲れてるのだろう、今日の部活も疲れたから…主に日向のせいで。そうだ、疲れているんだ。僕はもう一度眼鏡を掛ける。もう一度レンズ越しで彼女を見ても、何も変わってないなかった。いや変わってはいるんだけど。
キョトンとした彼女は、じいっと僕を見つめる。手には紙、彼女が座る彼女の席の机にも紙。ごくん、彼女は何かを飲みこんだ。

「月島君、部活終わったの?お疲れ様」
「…うん」
「忘れ物でもした?私もね、忘れ物しちゃって」

えへへ、と彼女は照れる様に笑う。違う、なにか反応が違う。今反応すべき点はそこではないだろ。そのまま彼女は手に持っていた紙を口に近づける。そのまま、ぱくりと。


「それだよ!」
「ん?」
「ん?じゃないよ、なにそれ」

彼女は、紙を食べていた。キャベツでも食べるかのように、もぐもぐと紙を口に入れて、間違い無くそれを飲みこんでいる。彼女は手元の紙を見ては「ルーズリーフですよ」と答えた。違う、その紙が何なのかを知りたいわけじゃない。

「見間違いでなければ、紙を食べているように見えるんだけど?」
「見間違いでもなく、その通りですね」

然も当然に言い放つ彼女――千代芽衣子に僕は頭を押さえた。僕が可笑しいんだろうか。人間は紙なんて食べない、というか食べ物じゃないんだから。顔を引き攣らせながら「それ、美味しいの?」というと「あんまり美味しくないですねぇ…」と千代さんが答えた。ならなんで食べてるんだよ。

「美味しくはないんですけど、普通の食事よりかは食べられます。私、普通の食べ物食べられないんですよ。あ、飲み物は水とお茶なら飲めます」
「…なにそれ」
「いろいろ食べてみて、紙だけ食べられました。あ、厚紙は嫌いです。あと色のついた紙も」
「聞いてないよ。ていうか大丈夫なのそれ」
「ここ5,6年間はこれで生きていますので」

それは、病気の一種なのだろう。そんな長い間、千代さんは普通の食事を取っていないのか。それを可哀想と思ってしまうのはきっと仕方の無い事だ。しかしふと気付く。確か彼女は教室で普通に食事を取っていた筈だ。仲良さげに、教室で。その姿を何回も目撃している。

「お昼食べてるじゃん」
「…汚い話、我慢して食べてあとで吐き出してます。胃が全く受け付けてくれなくて」
「無理して食べなきゃいいじゃん」
「友達との時間は大切にしないと、ですよ」

例えそれが苦であったとしても。千代さんはそう言った。友達なら、ちゃんとその事を言えば良いじゃん。そういうと千代さんは首を振った。「だって、気持ち悪いじゃないですか」彼女は困った様に笑う。その表情に少しイラっとした。無理して笑われても、気持ちが悪いだけだ。ぐしゃぐしゃにポケットに突っ込んだ紙を千代さんに差し出した。


「これあげる」
「はい?…ちょっとこれラブレターじゃないですか。え、どうしろと」
「童謡であるでしょ?山羊が手紙食べるやつ」
「ちょ、私山羊じゃありません」
「似たようなもんじゃん、紙が主食なんだから。食糧提供してるんだから黙って食べなよ」
「女の子の想いが詰まった手紙なんて食べません!」

あっそ、と僕は千代さんの机の上から1枚ルーズリーフを奪い取りペンで文字を書く。ペンを机の上に放り投げてルーズリーフを差し出す。彼女はそれを受け取り、僕が書いた文字をじっと見つめた。


「はい、食べて」
「えーっと…あの。これは」
「友達は大切にするんでしょ?」
「…まぁ」

おずおずとルーズリーフを口に運ぶ。僕が書いた文字は彼女の口の中に消えた。

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