まだ、俺が一年だった時の話だ。中学からやっていたバレーを続けるため、俺はバレー部に入った。ポジションはずっとリベロだ。身長的な問題もあるけど、自分自身このポジションがぴったりだと思っていた。朝練も昼練も欠かさず行った。ちゃらちゃらしてそうで、でも真面目な黒尾とも仲良くなった。割と、充実した高校生活を送っていた。そう、初めは。
何かが、気に障ったらしい3年に厳しい事を言われるようになった。黒尾も海も、2年の先輩達も気にするな、と言ってくれた。が、徐々に3年のソレは、エスカレートする。
胸ぐらを、掴まれた。目の前には、笑う先輩。俺の後ろには、止めようとする黒尾と海、俺によくしてくれる先輩達。

「お前、上手いからってちょーっと生意気だよなぁ」

は?と声が出そうになった。よくわからない怒声を浴びせられる。あまり、真面目ではなかった先輩だ。
元々リベロに恵まれず空き状態だったところに俺が入って2人居たセッターの先輩が1人外された。練習試合でその先輩ではなく俺をチームに加えたことに腹を立てての事だった。
今は、そうは思わないがその頃の俺は、上級生にビビっていた。言いたい事を言うだけ言って、満足そうに先輩は俺を突き飛ばした。確か最後に「ほら、お前なんかいらないんだから出てけよ」そんなような事を言われたんだと思う。よく覚えてない。そして俺は体育館から飛び出した。



校舎裏の花壇の前で、俺は腰を下ろした。ぎりっと拳を握る。暫く下を向いていると「あの…」とか細い声が耳に入った。顔を上げると。シャワーホースを持った黒髪三つ編みの女子。「1年葛城つぐみ」と書かれた名札。…違うクラスの女子。その見覚えのない女子に「え、と…大丈夫ですか?具合悪いとか?」と心配されてしまった。…その前に、ホースから出ている水を止めようか。女子は気づいたように「ああ、水!ごめんなさい!」と蛇口のある方へ走って行った。「ひやぁああああ!間違えたー!」と叫び声が上がった。…色々察してしまう。数分後、ずぶ濡れ…にはなっていない女子が戻ってきた。「さっきの叫び声は?」と聞くと「ぅえ!?聞こえてましたか…捻る蛇口を間違えました」と、蛇口を捻る方向ではなく蛇口を間違えると最早意味のわからない間違い方だ。

「あれ、水が止まらないな?って思ったら使ってる蛇口じゃありませんでした」
「…あ、そう…」

どうやらボケボケらしい女子に曖昧に頷いた。
俺の隣に女子が座る。無言。

「…バレー部の、リベロさんです?」
「よく、わかったな」
「ゼッケンの色、他の人たちと違いますから。中学の友達がバレーやってたんで、ちょっとだけならわかります」
「ふーん…」
「…なにか、ありました?」

普通なら、見ず知らずの女子にこんな話はしないだろう。でも、あまりにも心配そうな顔をするその女子に、ぽろぽろと弱音が出てしまった。








「努力してる人が上手いのは当たり前なんだから、そんなへたくそな先輩の事なんて無視しちゃえばいいのに」
「ええー…」

大人しそうな顔して、結構辛辣な事を言い始めた。「上手い人が試合に出るって当たり前のことでしょ?ただ単に上手いってだけじゃなくて、真面目に練習してるだとか。そういうの監督さんとかちゃんと見てるの私知ってるもん。だからね」と、彼女はにやっと笑い、ぐっと拳を握る。

「ぎゃふん!と言わせちゃえばいいんですよ!」
「……ふ、は…ははは!」

「え、今笑うところありました?」と首を傾げる女子に笑いが止まらなくなった。いや、うん。その女子の言う通りだ。俺は立ち上がる。

「はは、クソヘタクソな先輩にギャフンと言わせてきてやる」
「その意気ですよ!」
「…じゃ、俺部活戻るわ。ありがと、あと邪魔して悪かった」
「いいんですよ。友達来るまで暇で仕方なかったんです。部活、頑張ってくださいね」
「ああ、じゃあな葛城」

え、なまえ…と言う言葉を背中に俺は走り出した。足取りは軽い。そういえば、俺の名前言ってねーや。ふと、振り返ると葛城の隣には既に誰かが居た。…言ってた友達か。ま、機会があったら自己紹介でもしよう。俺はまた走り出した。




▽△▽


「葛城ってだいぶ雰囲気変わったよな」
「私がイメチェンさせたからな!可愛いだろ?黒髪三つ編みとかどの時代の女学生だよーみたいな」
「俺は結構好きだったけどな」
「どんなつぐみでも好きだもんにゃー?」
「…るせ」
「せっかく外面明るくしたというのに、どっかのいじめっ子が可愛さ余っていじめるからびくびくちゃんになっちゃうしにゃー。そっちはそっちでラブロマンス生まれたらいいかなって思ったけど」
「……」
「しっかし夜久も一途だよなぁ。関わろうにもなかなか会えなくてずるずると、結局3年で同じクラスになるまで関わり合い持てなかったんだからにゃー」
「お前ほんとどっからどこまで知ってんの?怖いんだけど」
「不意に目で追いかけてたらつぐみの笑顔にきゅんときて、どきどきするんだよなぁ…なんて自覚するあたりまで知ってる」
「お前マジ何者だ…」

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