【SideB】

「なんかさ、国見ちゃんずーっと荒れてるよね。どうしたの?」
「なんでもないです」

青城に入学して1週間ほど経った頃、及川さんにそんな事を言われる。なんでもない、なんて事は無かった。あいつが、居ない。見覚えのある同級生、北一出身の先輩も沢山いて、中学と大して変わらない風景の中、あいつの姿は何処をさがしても居ない。


「ねぇ、さくらちゃんはどうしたの?」

ちっ、と舌打ちをする。まったくこの先輩は察しが良い。いきなり核心を突いてくるのだ。…いや、もしかしたら知っているのかもしれない。金田一あたりに探りでも入れていたか。ちらっと金田一の方を見ると顔を逸らされた。やっぱりか。俺は不機嫌を隠さずに「いないですよあいつ、青城には」と返した。もう話す事は無い、さっさと何処かへ行ってくれないかな。


「じゃあさくらちゃんどこの高校行ったの?」
「知らないです」
「いつも一緒に居たのにね」
「…そんな事ないです」
「いいや、俺がまだ中学居た時は確実に国見ちゃんとさくらちゃんいつも一緒だったよ。そりゃあもう見てる方が恥ずかしいくらいにね!」
「……」
「国見ちゃんが荒れてる原因はそれでしょ?」

そうだ、俺たちはいつも一緒だった。物心つく時にはもうさくらは俺の隣に居て、ずっと一緒で。気の弱いあいつは、俺と喧嘩なんか1度もした事なくて。いつも、俺の隣に。
だから、本気でわからないのだ。なんで、さくらに距離を置かれていたのか。なんでさくらは俺から離れてしまったのか。俺は何もわからない。


「よーし、可愛い後輩たちの為に、この及川さんが一肌脱いであげよう!」
「は?」
「えーっと、まずはさくらちゃんがどこの学校に行ったかだね。もうめんどくさいからさくらちゃんの家突撃しちゃう?」
「何言ってんですかあんた」

「今日が月曜で良かったね。さぁ国見ちゃん、さくらちゃんの家まで案内して!」と引き摺られる。金田一、お前何とかしろ。と目で訴えるが何故か親指を立てられた。あとで憶えておけ金田一め。
そして玄関まで引き摺られる。丁度帰ろうとしていた岩泉さんが居た。「岩泉さん助けてください、及川さんに絡まれました」そう言うと岩泉さんはジト目で及川さんを睨む。

「クソ川、後輩にちょっかい出すの止めろ」
「えー?岩ちゃんだってこのままじゃ駄目だってわかってるでしょ?国見ちゃんの荒れっぷり見てさー」
「…まぁ、思うところはあるけど、それに首突っ込むのは野暮ってもんじゃ」
「もー、岩ちゃんは冷たいなぁ…。もっと強引に行かないと!というわけでさくらちゃんの家に突撃してきまーす!さくらちゃん居たら良いなぁ…」
「ちょっと及川さん、俺はさくらには会いませんよ」
「駄目、そんなの許さない」


ちゃんと仲直りしなさい。と子供を叱る親のように及川さんが言った。仲直り、そんなものは俺達の間にあるのだろうか。喧嘩などしていないのだ。繋がっていた糸が、ぷつり切れてしまった。ただそれだけで。

「というわけで行ってきまーす」
「、岩泉さん」
「…あんま人に迷惑かけんなよ」

岩泉さんに目を逸らされた。俺の味方は居ないらしい。さて、じゃあ行くよレッツゴー!と俺の腕を掴んで話さない及川さん。俺は重い溜息を吐いた。





◇◆◇



「ってあれ、さくらちゃんじゃない?」

家からほど近い街中でさくらの姿を見つけた。高校に入って、初めてだ。黒のブレザーに、春先だと言うのにストールを羽織っていた。「あ、あれ烏野の制服だ。可愛いよね、女子の制服」なんて及川さんが言った。女子の制服を把握しているあたり、流石及川さんだと思った。勿論良い意味ではない。

「ね、つけてみようか」
「ストーカーですか」
「いいからいいから」

こそこそと、さくらの後をつける。複雑な気持ちだ。こんなことするのは間違ってると思う反面、なにかわかればいいなと期待する自分も居る。
暫くさくらの後ろをついて歩いていると、さくらはとある建物に入って行った。ここって、

「病院、だね?」
「病院ですね」

ここら辺では一番大きい病院だった。取り敢えず入ろうか、という及川さんに俺は生死の言葉を掛ける。制服着た高校男子2人がなんの用もないのに病院なんて。なんて思っていたら及川さんは一人病院の中へと入って行っていしまった。俺も慌てて及川さんを追いかける。


「あれ、受付通らずにそのまま行っちゃったね。誰かのお見舞いかな?」
「誰かのお見舞いならもうここで」
「ほら、見失うから早く行くよ」

この人はまったく…!
どんどんと及川さんは奥へと進んでいく。その先は病室ではなく診察室が並んでいて「流石にここ入るのはまずいんじゃないですか」と及川さんを引きとめようとしても聞く耳持たずだった。
――さくらが、一番奥の診察室に入って行くのが見えた。

俺は及川さんと顔を見合わせる。「さくらちゃん、何か病気?」という及川さんにわからないと首を振るだけだ。流石に診察室のドアに張り付き、話を盗み聞くわけにはいかず物影からじっとドアを見つめる。5分もしないうちにさくらが出てきた。先程まで羽織っていたストールは、腕に掛けていた。

「よし、行こうか」

しまった診察室のドアに手を掛ける。良いのだろうか…そう思いながらも俺は「はい」と頷いてしまった。ゆっくりと、ドアは開く。



「…えーと、どちらさま?」

きょとんとした白衣の男性。それと、床に散らばる大量の花。なんだこの光景は。…あ、れ?なにか、こんな光景を見た事がある…ような?


「すいませーん!ちょっとお聞きしたいんですけど、さっきの女の子って病気かなにかなんですか?」
「へ?…あー、いやちょっと…そういうのは患者のプライバシーがあるからね、そういうのは答えられないよ。というか本当にどちら様?」
「中学の頃のさくらちゃんの先輩と、こっちの子がさくらちゃんの幼馴染の」
「ん?幼馴染って言うと、君が国見君?」
「そう、です」
「あー、そうなんだ。君が、そっかそっか…」

何かを察したらしい白衣の男性は、にっこりと笑う。「さて、俺はあの子が言っていない事をぺらぺらと喋るわけにはいかない」ふと、散らばった花を見た。

「カーネーションだよ」
「え?」
「結構見覚えあるでしょ?俺もこれくらいしかわからないけど。あの子の為に、花図鑑を買ったんだ」
「はぁ…?」
「赤いカーネーションの花言葉はね、【あなたに会いたくてたまらない】なんだって」

俺に言えることは、これくらいかな。とその人は笑った。及川さんは怪訝そうに首を傾げる。俺は、床に散らばったカーネーションを拾い上げる。


「さくらは、大丈夫なんですか」
「…なんとも。身体じゃなくて、精神面がね。ここ最近は漸く落ち着いてきたけど」
「、そうですか」

ありがとうございました、と俺は頭を下げた。及川さんの腕を掴み、診察室を出ようとする。

「国見君」
「はい?」
「あの子ってば、結構馬鹿なんだよ」
「知ってます、ずっと一緒に居ましたから」

じゃあ、失礼します。と俺は診察室を後にした。「ねー及川さん全く話に着いて行けないんだけどさー…」及川さんが俺の頭を撫でる。


「国見ちゃん自己完結しちゃった?」
「ええ、まぁ」
「そっか、じゃあ仲直り頑張る?」
「そもそも喧嘩なんてしてないですし、俺ら」
「そうなの?」
「そうなんです」


意地っ張りなさくらが悪いんだ。何があったかなんてわからない、でもきっと些細なことであいつは悩んで、可笑しな選択肢を取って。まったく、頭いいくせに変なところで馬鹿なんだから。

手に持ったままのカーネーションを見る。会いたいなら、会いに来ればいいじゃないかまったく…。さくらが来ないのなら

「俺が行くまでだ」

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