息が、詰まりそうになった。




「金田一に国見ちゃん、ひっさしぶりー!元気してたー?」と無駄に明るい及川さんの声。2年ぶりの及川さんは、あまり変わっていなかった。「身長も随分大きくなってこのこのー!」と頭をぐりぐりと撫でる、スキンシップ激しいな、なんて若干嫌そうな顔をしていたら及川さんの頭に岩泉さんの鉄拳が落ちた。相変わらずだなぁ、なんて思った。
部活に参加して、辺りを見渡す。あの人は居なかった。俺は疑問を及川さんにぶつける。

「立花先輩って、マネージャーやってないんですか?」

中学の頃、あの人はバレー部のマネージャーで。俺はてっきり高校に上がってもマネージャーをやっているとばかり思っていたが、それらしい姿は見当たらなかった。高校ではマネージャー、やめてしまったんだろうか。そんな事を考えていたら及川さんの動きが止まった。複雑そうに、及川さんが口を開く。

「結ちゃんねー…居ないんだよ」
「え?」
「結ちゃん、青城に来てないんだよ」

息が止まる。あれ、立花先輩って、青城に行ったんじゃ。

「俺らもね、立花ちゃんは青城に来るって思ってたんだ。自然の流れっていうかさぁ、当たり前っていうか。だから誰も結ちゃんの進学先聞かなかったんだよね。まさか、青城に来る気が無いなんて思いもしなかったから」

誰も、結ちゃんの居場所知らないんだよね。という言葉に俺の頭が真っ白になった。




◇◆◇


平静を装っているんだろうけど、内心放心してるんだろうな。国見ちゃん隠してたつもりだろうけど、中学の頃結のこと大好きだったもんね。可哀想に。俺は黙って国見ちゃんの頭を撫でた。



俺が青城に入学した時、中々目の前に現れない結を探した。しかし一向に見つからない。仕方なく教師に尋ねたのだ「立花結はどこのクラスですか?」って。そしたら「そんな生徒は入学していない」だってさ。もう頭が真っ白になった。結は、俺達と一緒に青城に来るとばかり思っていたから、それが当たり前だと思っていたから。俺は学校だという事も忘れて慌てて携帯電話を取り出した。高校に入って親に与えられたものだ。当然、結の携帯電話なんて知らない。俺は立花家の電話へと。

――この電話番号は、現在使われておりません。

身体が、凍りついた。結の自宅の電話が繋がらないなんて、どういうこと。放課後、俺は岩ちゃんを引き摺りうろ覚えの結の家を目指す。

「え――」

岩ちゃんも吃驚していた。辿り着いた先は、見覚えのある結の家だ。しかし表札には何も書いていない。車も、庭に合ったはずの色々なものが無くなって。人が住んでいるようには、思えなかった。
呆然としていると、近所の人らしき人が話しかけてきた。俺は慌てて聞く。これは、どういうことなのか。


「あら、立花さんのお家?ごめんなさいね、知らないのよ。突然いなくなっちゃって」

本当に、なにも言わずにどこに行っちゃったのかしら。と言う近所の人。この様子じゃ、多分誰も何も知らないんだろう。あまり、当てにはしたくなかったが、結が可愛がっていた飛雄なら、何か知ってるだろうか。今度は飛雄の家を目指す。







「え、結?東京バナナ買いに行くって言ってましたよ」
「意味わからないんだけど!?なに結ちゃん東京行ったの?」
「知らないッス」
「飛雄ちゃんマジ使えない!」

酷い八つ当たりだ、と飛雄が非難の声を上げた。なんだよ、結は結ちゃんに会えなくてもいいの?なんて言うと「なんか用あれば連絡すればいいですし」とか言いやがった。連絡すればいい?は?もしかして結の連絡先知ってんの!?と俺は飛雄に掴みかかる。岩ちゃんが「馬鹿止めろ!」と怒鳴るが、そんなのお構いなしだ。

「連絡先教えて!」
「え、嫌です。なんで俺が及川さんに連絡先教えなくちゃいけないんですか」
「お前のじゃねーよ!」

?と首を傾げる飛雄に「結の連絡先だよこの馬鹿っ!!」と怒鳴る。…え、結の連絡先も知らないんですか?なんて表情をする飛雄に暴言を吐き散らした。自分でも大人げなかったと思う、が、仕方ない。飛雄の携帯電話を奪い取る。中学生が携帯電話もってんじゃねーよ!ガラケーだから許すけどな!と意味のわからない言葉を吐き捨て、アドレスから結の名前を探す。

「飛雄マジ殺す」

飛雄の嫁(ハート)結という名前を見つけた。なんと羨ましいことか。「それ、俺が登録したんじゃないんですけど」知ってるよ!知ってるけどムカつくんだよお前!なんでそんなに結に好かれてんだよ!まったくもう!俺はそのまま飛雄の携帯電話で電話を掛ける。「ちょ、勝手に使わないでください」という飛雄の言葉を無視する。プルルル、プルルルと電子音が響く。暫くして「…飛雄?飛雄から電話だなんて珍しいね」なんて結の声が耳を擽った。


「やっほー結ちゃん。誰だかわか」

ブツン!と電話を切られた。再びコール。出ない。ワンコール、切る、ワンコール、切る。ワンコール、切る。「お前それただの嫌がらせ…」とドン引きの岩ちゃん。及川さん超絶怒ってます。激おこぷんぷん丸です。出るまで止めない。

『うっせぇ及川うっせぇ!!いい加減にしろ!!』
「あー!やっと出てくれたー」
『あんな嫌がらせ、出るしかないでしょ!?』
「ねぇ結ちゃん今どこに居るの?なんで青城にいないの?なんで、家が蛻の殻なの?なんで、俺らに黙ってたの?」
『…面倒事になるからだよ。まったく、こんなことになるんだったら飛雄にも連絡先言わなきゃよかったかな…』
「なんで、そんな」
『家の都合だよ家の都合。どうしても東京に引っ越さなきゃいけなかったの。こっちだって忙しいんだから』

冷静に結の声を聞いてみると、確かに結の声は疲れていて。少しだけ頭が冷静になる。そっか、家の都合。結にはどうしようも出来ないこと。


「…ごめん。でも、一言くらい何か言ってほしかったなぁ」
『言ったら及川泣くでしょ』
「そりゃあもう、及川さん結ちゃんだいすきだもん」
「……うっざ………うん、そうだよね。知ってる」

いま「うっざ」って聞こえたよ、もっとちゃんとオブラートに包んで俺のガラスハートは罅だらけだよ。なんで俺、結の事大好きなのに伝わらないかなぁ…。せめて及川さんにもうちょっとだけ優しくしてくださいお願いします。

『一生会えないってわけじゃないしさ、暇になったらそっちに遊びに行くから』
「そうなったら及川さんちに泊ってね」
『飛雄の家に泊めてもらう』
「なんで!?」
『ねーねー、どうせそこに岩泉居るんでしょ?代わってよ」

えー、でも仕方ない。岩ちゃんにケータイを渡す。飛雄はもうどうとでもしてくれ、と言った表情だった。あ、ごめんこれ飛雄のケータイだったね。

「おー卒業式ぶり。及川が悪いな。…あ?ああ。わかった。そっちも元気にやれよ。じゃ」

ぴっ。と岩ちゃんが通話終了ボタンを押す。……ん?

「え、ちょ。なんで岩ちゃん切っちゃったの?」
「いや話終わったし。影山、ケータイ悪かったな」
「岩ちゃんのばかぁあああ!」

うるせぇ!と頭を殴られる。酷い…酷いよ岩ちゃん。ぐすんぐすん泣いていると(勿論嘘泣きだけど)岩ちゃんが「お前あとで立花にメールでも送ってやれ。電話はやだけどメールなら良いってよ」なんて言うものだからテンションが上がった。

「良いの?連絡取って」
「許可貰う前に連絡取る気だったくせに何言ってんだ」
「やった…!」
「あの、俺もう家に入っていいですか?」
「飛雄ちゃん、特別に1日練習に付き合ってあげる!」
「!!」


◇◆◇


何度か結と連絡を取っているけど、結局結がこっちに顔を出す事は無かった。東京のどこに居るのか、聞いても教えてくれないし。だから、居場所がわからないって言うのは本当の話。

「国見も確か、中学の頃立花に可愛がられてたな」
「そうそう、国見ちゃんずるい!」
「本人嫌がってたろ」
「表面上だよー。岩ちゃんってば鈍感」
「あ?」
「いだだだだだ!頭鷲掴みはやめて!」

なんだかんだで結に気に入られていた国見ちゃんに、結の事をそう簡単に教えてやらないんだから。俺、性格良くないしね。

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