* prologue *





「とーびおっ!」

2つも下のくせに、私より数十pも大きい飛雄にぴょん、と飛び跳ね背中から抱きつく。瞬間「うわっ!?」と声を上げる飛雄。ふふん、くるしゅーない、くるしゅーないぞ!と意味の分からない言葉を言いながら飛雄の背中にぐいぐいと頬を擦りつける。飛雄の隣に居た国見君と金田一君は「またか…」なんて呆れ顔をしていた。むぅ、その反応おねーさんつらいです。
そんなことを思っているとガシッと頭を掴まれた。飛雄、なんだかんだで優しいからあんまり力入れないのよね。ふふ、可愛いなぁ。なぁに?と顔を上げる。

「はなれろ!」
「やっだぴょーん!可愛い飛雄離したくないもん」
「可愛い言うな!国見にも可愛いって言ってただろ!偶には国見にも抱きつけよ!」
「え」
「え、いいの?おねーさん抱きついちゃうよ?」
「やめてください」
「にゃははは、駄目だってさ」

諦めなさい諦めなさい!むぎゅーと再び飛雄を抱きしめる。ちらっと視線を外すと国見君と目が合った。私はにっこりと笑って「やっぱり国見君にも抱きつきた」「結構です間に合ってます」ぬ、残念だ。非常に残念なのだ。金田一君がばっと腕を広げていたけどお断りだよ。私は可愛いものが好きなのだから。

「あー!結ちゃーん!」
「おっと急用を思い出した。私は帰るよ」

及川の声がしたので私は慌てて飛雄から離れる。「じゃあねかきくトリオ。また明日っ!」と私は駆け出した。「ちょっと!結ちゃんなんで逃げるの!?」という及川の声を背中に受けながら私は校門まで走る。
とうとう、明日が卒業式かぁ…。長かった中学3年間が幕を下ろす。夕暮れに染まる道を歩きながら、一滴涙が零れた。



◇◆◇


北川第一中学校に、立花結というそれはもう変な先輩が居る。影山に会う度に後ろかあ抱きついたり、あの及川さんを存在していないものと扱ったり。俺の事もいつも可愛い可愛いと背伸びをして頭を撫でてくるし、意味の分からない人だ。

「あ、先輩」

卒業式が終わり、生徒は放課になった。3年の先輩たちは一様に同級生と写真を撮ったり、部活で集まったり写真を撮ったり。そんな光景を横目で見る。立花先輩も例外ではないだろうなんて思っていたのに、まだ咲かない桜の木の下にぽつんと一人でいる立花先輩をみて少し吃驚した。俺の姿を捉え、立花先輩は困った様に笑う。


「国見君の言いたいことはわかるよ。結論を言うとね、五月蠅い及川から逃げてきたんだ」

あの人本当に立花先輩の事好きだな。ちくり、胸の奥が痛んだけど俺はそれを無視する。


「北一の生徒は殆ど青城みたいですね」
「及川も、岩泉も青城だよ」
「俺らも、多分2年後には青城ですね」
「なんともまぁ、変わり映えの無い絵面だよね。それはそれで、楽しそうだけど」
「あの、」
「うん?どったの?」
「立花先輩、卒業おめでとうございます」
「…お、おおう。国見ちゃんにそう言われるとは思ってなかったんだよ」

ちゃん付けはやめてください、なんて言うと「あー、及川の呼び方移っちゃったなぁ」と立花先輩は笑った。ぎゅっと、拳を握りしめる。

「あの、立花先輩」
「今度はどうした?」
「抱きしめてください」

…きょとん、とした立花先輩の表情。ああ、言ってしまったと顔が熱くなる。きっと俺の顔、真っ赤なんだろうな。なんて視線を地面に向けるとふわり、立花先輩の匂いがした。

「国見君かわいい」
「可愛いって言わないでください」

抱きしめられた身体。俺は立花先輩の背中に腕を回す。じわり、涙が溢れてきた。この人はもう、明日からここに居ないのか。いつもみたいに影山に抱きついて、俺の事を可愛いだなんて言って、金田一の俺にどうぞ!なんて行動を無視して、及川さんから逃げて。そんな日々は、もう終わりなのか。

「…泣かないでよ、国見君」
「泣いて、ない…です」
「わかりきった嘘を何故吐くのだ君は」

立花先輩の白く細い指が、俺の涙を拭う。更に目じりが熱くなった。




「せんぱい、また、会いましょう」

それまで、どうか元気で。
そういうと立花先輩は綺麗に笑った。

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