魂は虫食いだらけ


「神影さんおはよー!」
「日向君おはよ!今日も元気だね!」

もち!と日向君は隣の席に座った。本当、今日も無駄に元気なことで。そう言えば今朝大爆走していた自転車に乗っていたのは日向君ではなかっただろうか。あの時間だ、部活にでも入っているのだろう。自転車爆走からの部活の朝練とは、底なしの体力か。恐ろしい。「ねぇねぇ神影さん」と声掛ける日向君に「なにー?」と聞く。

「…しゅ、宿題…やった?」
「へへーん!やったに決まってるじゃん!」
「おいそこの馬鹿!私の宿題まる写しにしておいてなに「やったに決まってるじゃん!」なの!ドヤ顔で答えるな!」

すぐ後ろに座っているクラスメイト…さっき名前を確認したら木原さんだった。そう、木原由梨がべしっと頭をノートで叩いた。

「てへぺろ!」
「こーのーやーろー!」
「木原さん!俺にも見せて!」
「やなこった!」
「日向君私のを見せてあげよう。答えは完璧だ」
「なんで私の答えまる写しした奴が堂々としてるの!」

わーい!ありがとう神影さん!と日向君にノートを渡す。納得できない!と怒る由梨。そりゃそうだ、と私は笑う。平凡な日常だ、本当に普通の日常だ。私は嗤う。
あ、と思い出したように由梨が声をあげる。

「そういえば日向君って影山君と仲良いよね?」
「…いやいや、仲良くないし。あいつ理不尽だし横暴だし」

ノートを書き進めながら、日向君は答えた。へぇ、さっきの影山君と知り合いなのか日向君は。「ほーんと王様だし!」と意味のわからないことを言う。

「なに?日向君と影山君ってどんな知り合い?」
「んー?同じ部活、バレー部!」
「へー日向君バレー部なんだ。その身長で」
「その身長って言うな!ジャンプ力には自信あるんだからな!」

そう言って立ち上がる日向君に「あと5分で先生来るよ」というと静静と席に座った。「俺は飛べるんだからなぁー…」とぼやきながら必死に手を動かす日向君に「そこ、写し間違えてるよ」と指摘を入れる。


「飛ぶって言えばさ、知ってる?」

由梨がにやにやとしながら、私を見る。「なにを?」と聞くと俗に言う怪談ってやつですよ…と由梨は笑った。その時日向君が肩を揺らしたのを、私は見逃さなかった。

「学校の七不思議?」
「この学校の七不思議は知らないけど、ほら、立ち入り禁止の屋上に出るんだって」

…あー…その【出る】とやらは、もしや私なんじゃないかと思った。まぁあらましを聞こうじゃないかと「なにがでるのー?」なんて聞いてみる。

「女子生徒が出るんだって。なんか昔から出るらしいよ、満月の夜に屋上に。先輩から聞いた話なんだけどさ…夜忘れ物したから仕方なく学校に取りに来て、屋上見上げたら居たんだって。セーラー服の女子が」
「うちブレザーじゃん」
「昔はセーラーだったの!図書室行って昔の文集見てちゃんと確認したんだから!」

黒いセーラーでリボンが赤の時代を感じさせる制服だった!なんてテンション高めに言う由梨。態々図書室行って調べてきたのか、御苦労な事で。しかし、セーラーの女子で夜、となると正体は私ではないようだ。ふーん、あそこなんか出るのか。それは知らなかったな。夜限定かな、私行くの朝くらいだし。

「でね、忘れ物した生徒が気になって屋上まで行ったんだって。開かない筈の屋上のドアが、既に開いていて…ゆっくり屋上に出たんだって。そしたら」
「そしたら?」
「なっがい黒髪の女子生徒が、フェンスっていうか…手すりの向こうに居たんだって。もう「絶対落ちる奴だ」ってわかるくらいベタに」
「そりゃべたべただ。日向君あと2分ー」
「お、おおおおう!」
「で、まぁ気になるじゃん?で近付いたらね」
「落ちた?」
「いいや、引き摺られたんだって。とんでもない力が、足を引っ張ってずるずるずるずる、セーラー服の女子生徒に向かって身体を。で、手すりまで到達してさ。目の前には女子生徒のスカートよ」
「生足じゃないの」
「男子かっ!ちゃんと聞きなさい。で、目線を上にやると、目が合うわけよ」
「うんうん」
「で、こう言うの。『ここから飛んだら、どこまでいけると思う?』って」
「ふっつーに落ちるだけだよね」
「そうそう、なに応えても突き落とされるらしいよ」
「手すりどこ行ったし」
「察しなさいよ」

まったく、作り話にしたって面白みがない。まぁ、学校の怪談なんてそんなもんだよなぁ。なんて思いながら目線を日向君にやる。手が完全に止まっていた。下向いて顔の様子は窺えないが、震えがやばい。にやにや笑う由梨に指で合図する。「にししし」なんて笑う由梨が日向君の間後ろへ、そして耳元へ口を近づける。



「ねぇ…ここから飛んだら、どこまでいけると思う?」

「ぎぃやああああああ!!」

叫び声とともに先生が教室へ入ってくる。そしてチャイム。チャイムの音をかき消すような叫び声で、教室内全員の目が立ちあがった日向君に向けられる。大爆笑の由梨、すぐ後ろの席の子は苦笑いをしていた。ごめんよ、五月蠅くて。「日向ァー席つけー」と先生の言葉に半泣き状態で日向君は座った。今のそんなに怖かった?と私は笑う。まぁ、由梨の声はちょっと怖かったかもね。






▼▲▼

今日も一日御苦労さま、と私は私に言った。肩を回すと骨がぽきぽきと鳴る。あー疲れた。「よっしゃー!放課後部活!」と日向君は教室を出ていく。

「由梨ばいばい」
「んーまた明日ー」

由梨に挨拶をして、私も教室を出る。由梨の名前、明日も忘れないようにしないとね。こう、興味の無い人間の名前を覚えておくのは、結構しんどい。隣の席の日向君、あと友達の由梨。これはちゃんと覚えておこう。興味も関心も無くても、普通に生きるためには必要だから。


「おい」
「ん?」

声を掛けられ、ふと後ろへ振り向く。ああ、今朝屋上と、校舎内で遭った…名前なんだっけ。他のクラスの男子がいた。

「なに?というか誰?」
「1年3組の影山飛雄。お前は?」
「1組の神影鏡花だよ、影山君」
「…ふぅん…なぁお前」

なんだよ、お前とか言うんなら名前聞くなよ、なんて思った。じっと私を見る影山君とやらに「うん?」と首を傾げる。笑みは、ずっと貼りつけたまま。

「屋上で何やってた」
「…屋上?屋上って、立ち入り禁止だよね。私、そんなところ行ってないよ」
「嘘だ」
「…いや、嘘じゃないし」
「お前、屋上に絶対居た。何やってた?…【何を見た?】」
「…は?」

地声で間抜けな声が出てしまった。だって仕方ないじゃない、何を見た?だなんて。…ああ、なんだ、そういうこと。この影山君とやらはきっと中庭で善からぬことをしていたんだ。へぇ、そう。私はにっこりと笑う。

「屋上には居なかったよ。居ないから、何も見てない」
「いいや、お前は絶対居た」

笑みを、消す。なにこいつ、めんどくさい。いいじゃん、見てないって言ってるんだから…そこまで口止めしたいの?それともなに、私を脅したいの?あー…と低い声をあげて髪を掻き毟る。「あのさぁ…」私は不機嫌を隠さず、影山君を睨みつける。

「居なかったって言ってんじゃん。何?私が屋上居た証拠でもあんの?いい加減にして」
「証拠、」
「なに」

「証拠なら、【其れ】だ」

指を、差す。その指は私の後ろを指していた。「え、」と私は声を漏らす。

「さっきから『おねえちゃん、おねえちゃん』ってうるせぇんだよ。朝、屋上居た時だってそいつ、お前の背中に居たし。なんだよ、そいつ」

確実に、なにも居ない筈の空間を影山は捉えていた。見えない【何か】を、その目でしっかりと。私は後ろを振り向く。何も、いない。そう…【なにも居ない】。



お     
      ね

  え

     ち
       ゃ 

 
    ん




「なに、あんた…【この子】視えてんの?」
「…お前は、みえてねーの?」

不思議そうな顔をする影山君にイライラする。いや、なんでそんな顔されなきゃいけないの。「なんで?」って顔されても、こっちがなんで?だ。はーーーっと長い溜息を吐き、観念したように私は両手をあげる。

「お察しの通り。聞こえるけど視えない。ああ、この子限定で。そこらへんのゴミみたいなやつは毎朝踏みつぶしてる」
「…踏み…いや、それは別にいいけど」
「で、影山君」


私は嗤う。
周りに人はいない、繕う必要もない。ぐっと、影山の胸ぐらを掴み、引き寄せる。背、でかいなぁ…ああ、確かバレー部だっけ?日向と同じ。
後ずさろうとする影山を、逃がさぬように力を込める。


「私と、【私の妹】になんの用?」

影山の黒い瞳に映る、虚ろな私を見つめた。




◇◆◇人物紹介◇◆◇
【木原由梨】
烏野高校1年1組、吹奏楽部
神影鏡花の友人
噂話が大好き。怪談話は大好物

【日向翔陽】
烏野高校1年1組、バレー部
神影鏡花の隣の席
怖い話が少し苦手