悪癖に祝福を


酷く憂鬱な朝だと私は嘆く。午前6時、まだ肌寒い空気の中、私は歩く。この時間は人が少ない、私の横を通り過ぎる学生はきっと部活で朝練をする生徒だろう。ご苦労な事だ、こんな朝っぱらから疲れる様な事をよくやるものだ。首に巻いたマフラーに口元を埋め、制服のポケットに手を突っ込む。「おりゃぁああああ」と大声を上げ、物凄いスピードで自転車が1台、横を通過した。全く持って鬱陶しい。既に遠くに行ってしまった明るい髪の毛を睨んだ。

ぐしゃり

「…あ?」

何かを踏みつぶした。ギィ、と聲が聞こえたような気がした。足元を見る。…ああ、なんだ。ただのゴミかと私はそれを2.3度踏みつぶした。穢い。はぁ、と溜息を吐き私はまた歩き始めた。まったく、酷く憂鬱だ。




▼▲▼

神影鏡花はただ平凡に生きたかった。つまらない人生だっていい、人並み以上の幸せなんて求めていなかった。ただ普通に、普通の人間として死ぬまで生きていたかった。
なのに、どうしてだろうか。いつしか全てがどうでもよくなったのは。いつからだろうか、全てが鬱陶しく思えてきたのは。

影が蠢く

ああ、本当にうざったい。蹴り飛ばす。耳障りの悪い叫び声が耳の奥にひりつく。耳を塞ぐが、頭に響くような甲高い化け物どもの聲は嫌に纏わりついた。


「ほんと五月蠅い」

ガコンッ。扉を蹴り飛ばすと鈍い音が響き、蝶番が悲鳴をあげた。…やばいなぁ、同じとこ毎日蹴っ飛ばしてるから段々扉がへこんできた。ま、ここがばれても別の入口も知ってるし、構いはしないけど。立ち入り禁止区域の屋上へ続く扉を開く。
青空が広がる。ここで漸く私は一息つくことが出来る。扉を閉め、地面にバッグを放り投げる。

「あーあ。今日も酷く憂鬱だ」

手すりに腕を乗せ下を見渡す。野球部が朝の走り込みをしている姿、サッカー部がパス練をしている姿が目に映る。吹奏楽部の楽器の音がかすかに聞こえる。目を瞑り、全てに耳を傾ける。



お 
    ね


       え

 ち           ん
     ゃ



    ど
  う

        し
     て



「…どうして、だろうねぇ」

目を開く。屋上には誰も居ない。私は独り言をつぶやく。意味はない。そう、ただの独り言。自問自答。

「それは私が【神影鏡花】だからじゃないかな」

ふと、何かを感じた。視線を真下に向ける。人が上を見上げていた。中庭で一人の男子生徒が屋上を見ていた。当然、目が合ってしまう。彼が、口を動かした。まぁ、当然のごとく何を喋っているか分からない。面倒事になるまえに、退散しようかな。まだ、朝のホームルームまでに時間があるというのに…しかし見つかってしまったものは仕方ない。教師に捕まるのは勘弁だ。私はひらり、身体を翻し扉へ向かう。微かに、声が聞こえた気がしたけど、きっと聞き間違いだろうと解釈した。
屋上を抜け出し、ドアノブを数回叩く。これで鍵が掛かってしまうのだから立ち入り禁止にしたところで意味はないと思う。ま、扉の開け方閉め方を知っているのは私ぐらいだろうからいいんだけどね。

「今日も―――」

下ろしていた髪を一つに括る。私のお気に入りの髪留めを付ける。跳ぶように、階段を下りる。リズムよく、跳ぶ様に。
階段を降り切ったところで、クラスメイトに出会った。私は仮面を貼りつける。人当たりの良い笑顔を作る。

「おっはよー!」
「おはよー鏡花、今日も元気いっぱいだね」
「もち!あ、ねーねー昨日の宿題やった?」
「ちょっとー出会ってそうそう「見せてー!」なんて言わないでよー?」
「…みせてっ!」
「たまには自分で宿題やってきなさいっ」

笑い声が響く。私も、クラスメイトも笑う。ああ、なんてつまらない。そういえば、目の前の子の名前、なんだっけ?後で確認しないとね。頭の隅でそんな事を考えながら私たちは教室へ歩きだした。

「――――?」
「どったの?」
「…いや…」

視線を感じた。ふと、後ろを振り向くと男子生徒がいた。ああ、さっきの人だと理解した。なにか言いたそうな目が、私を射抜く。にっこりと笑う。

「おはよう!」
「…あ、ああ…」

行こっ!とクラスメイトの手を引いた。さっきの男子生徒はついてこなかった。彼が完全に見えなくなったところで私はクラスメイトに声を掛ける。

「ねぇ、さっきの誰?」
「えーと…3組と影山君…だったかな。かっこいいよねー。鏡花知り合い…では」
「ないね。なんであんなに見られてたんだろ?」
「一目惚れでもされたんじゃないー?」
「ははは!ないない!!」

笑いあいながら教室に入る。自分の席に着き、一息。3組か…接点ないし、影山君とやらは私の名前なんて知らないだろう。屋上に居た事、教師にチクらなきゃいいけど。そんな事を思った。





◇◆◇人物紹介◇◆◇
【神影鏡花】
(デフォルト名:みかげ きょうか)
烏野高校1年1組
父と母と3人暮らし
昔姉妹が居たが他界
よく立ち入り禁止の屋上に居る