▼△▼


世界は
思っていたより私に優しかった



「女子って全員甘いもの大好きだと思ってた」
「それはねーだろ」
「あかりちゃん好きな食べ物は」
「………ぬれせんべい」
「!?」
「渋い…」
「もっと!もっと可愛らしげなものは!?」
「…………かわい、らしい?…えと、たいやきとか…です」
「可愛らしいかは別として、甘いものちゃんと好きじゃん」
「お好み焼きたいやき」
「……惣菜寄りだった」


学校を出て早1時間、私は驚くほどに先輩達に慣れていた。約束通り、隣には夜久先輩、後ろには黒尾先輩とリエーフ君。このメンツで浮いているのは確実に私であるのだが、そんなこと誰も気にせず東京の街中を歩いていた。

「アレな、夜久とあかりちゃんがカップルに見えちゃうよな。俺ら保護者で」
「なんで保護者が後ろに居るんだよ…」
「夜久さん、カップルってところ否定してください!あかりは嫁に出しませんからね!」
「お前どこでそんな言葉覚えてくんの?」
「あ、俺日本生まれの日本育ちです。ハーフですけどロシア語まったく喋れません」
「なんちゃって外人かよ」

私は心の中で黒尾先輩と同じツッコミをした。すごく外人に見えるのにしゃべれないんだ。むしろロシア語なんて喋られたら困っちゃうけれども。


「なんか食いに行こうぜ」
「まだ4時だぞ…晩飯食えんの?部活もしてないのに」
「じゃあ、かーちゃんにメールしとくわ。…あ、なぁなぁあかりちゃんメアド教えてよ」
「あ、俺も俺も!黒尾さんより先に!俺あかりの友達一号だし!」
「園児かお前は」

ずいずいと携帯電話の画面を押し付けるリエーフ君。メアド交換…。私のアドレス帳は両親と徹と、特例で岩泉さんの連絡先が入っているだけだ。アドレス、増える。



「研磨相手にしてるせいか、なんとなくあかりちゃんが嬉しがってるのが伝わってくるわ」
「俺もなんとなくわかる。あれだな、無表情だと思ったら意外と分かりやすいというか」
「いや分かりづらいだろ。俺らが研磨に慣れてるからであって」

なにか会話している先輩達を尻目に、私は携帯電話の電源をつける。メールアイコンに未読が38件。私は見ないふりをした。

「アドレス」
「あ、なぁなぁラインはやってねーの?」
「…ないです」
「じゃあ今アプリ落として…店着いてからでいっか。お前ら希望は?」
「ファミレスでいいだろ」
「ファミレスで大丈夫っす」
「よーし、俺はあかりちゃんがでかいパフェ突いてる姿が見たいからファミレス決定」
「………え」

あまいもの、にがて…なんて言葉を無視して黒尾先輩とリエーフ君はずいずいと進んでいった。「及川、嫌なものは嫌ってはっきり言っていいんだからな。あいつ遠慮と言う物を知らないから」なんて夜久先輩に耳打ちされた。


「さて、俺はサンマ定食」
「俺おいなりさん」
「ねーよ…」
「え、ここにありますよ?」
「マジか…」
「……………」
「あかりちゃん、ぬれせんべいもお好み焼きたいやきもないからな」
「ばかにしてるんですか」
「今までで一番早い返し…!」
「お前が悪い。及川何食べる?」
「………うー…」
「めっちゃ悩んでる。この小動物超可愛い」
「激辛ぺペロンチーノ」
「えっ」
「……やっぱ激辛アラビアータもいいなぁ……」
「あれだ、もっと普通のやつだったら一口あげる。とかやってよかったんだけど」
「ここの激辛シリーズわりとえげつないって噂だけど。及川大丈夫?」
「…………超辛ペンネで」


激辛から超辛にランクアップしたんだけど。
辛いものも、すきです。

各自メニューから好きなものを選び、店員さんを呼んだ。…パフェが頼まれていた事に若干嫌な予感がするけど。まぁいいや。じゃー連絡先交換。ほらほら、あかりちゃんラインアプリ落として。急かす黒尾先輩に携帯電話を渡した。


「…えっと、スマホ見ていいの?」
「特に、使ってもないので」
「じゃあアプリを――…あかりちゃん、メールは読まない人間か?」
「無視してください。兄なので、そのメール全部」
「おにーちゃんのメール読んであげなよ…58件もたまってるよ」
「……増えてる」
「何日前から読んでないんだよ」
「今日です」
「ん?」
「全部今日の、です」
「ゲッ、まさかのシスコン?」
「逆、です。私、兄に嫌われているから」
「このメール数でそれはないだろ」
「いいえ。黙って東京来たので、文句ばかりだと思います。私、いつも兄を、徹を怒らせてばっかりだから」


ふーん。じゃああかりちゃんは嫌いなおにーちゃんから逃げるために東京に一人来たの?という言葉に首を横に振った。徹には嫌われている私だけれど、私は徹の事、嫌いじゃないから。いくら怒鳴られようと、酷いこと言われようと、私は徹のことを嫌いにはならない。

「なんか複雑みたいだな。まぁいいや。とりあえずアプリ落としたから」
「おれ!いちばん!!」
「あ、俺の連絡先もう入れたから」
「黒尾さん俺が一番って言ったじゃないっすかぁああ!」
「夜久のも入れといたわ」
「おー」
「ちょっとぉおお!?」

なんだろう、少しおもしろい。




▼△▼


「いっやー…あかりちゃんの「あーん」の破壊力半端ねェわー…」
「……そーだな」
「ハハハ、リエーフ羨ましいだろ…」
「エっ?アッ、ハイ」
「で?可愛い可愛い1年に「あーん」てしてもらった感想は?」
「口が痛すぎて意味が分からん」

水を飲みまくる黒尾先輩を前に、私はペンネを頬張る。

「いや、マジ超辛舐めてたわ。よくそんなもん食べられるねあかりちゃん。辛いとかそういう次元じゃなかったわ。痛いわマジで、口の感覚完全に麻痺したわ」

涙目の黒尾先輩に首を傾げる。そんなに、辛くもないと思うけど。そんな私の様子を見て黒尾先輩は乾いた笑いをあげた。


「甘いもの苦手っていう言葉に納得したわ」
「でも好きな食べ物はぬれせんべい」
「…なんかほんと、弄りずれーわ」
「弄るなよ」
「でもこっから俺のターンだ。仕返しだぜあかりちゃん」
「全面的にお前が悪いだろ」
「さぁあかりちゃん、このパフェを食べてもらおうか」

目の前に鎮座する巨大パフェ。私と夜久先輩が引き攣った表情をする。甘いものが嫌い以前に、大きすぎる。なにこれ。「このファミレス、限度がおかしいよな」という夜久先輩の言葉に頷いた。


「つーかお前、さっきのペンネじゃなくてこっちで「あーん」ってすればよかったんじゃ」
「夜久お前頭良いな」
「お前は馬鹿だけどな」

つんつん、とリエーフ君に突かれる。キラキラした表情で「ひとくち!」と言われたのでチョコソースたっぷりの場所をスプーンですくい、リエーフ君の口元に近づけるとぱくっと食いついた。……ちょっと、楽しいかもしれない。失礼かもしれないが、動物の赤ちゃんにエサをあげている気分だ。


「みろ、自然にやってるぞあいつら」
「リエーフめ…でもあれだ。身長差ありすぎてカップルには見えないな。制服着てなかったら」
「お前人のこと言えないからな。お前もカップルっていうより…父親と娘に見えたからな」
「え、何俺そんなに老けて見える?ってことはやっぱ視覚的にお似合いなのは夜久なのか…」
「おい、俺と及川の頭を見比べて言うのやめろ蹴り飛ばすぞ」


それから30分、殆どリエーフ君にパフェを食べてもらい(すごい胃袋である)ファミレスを後にした。日がだいぶ落ち、あたりは真っ暗になっていた。



「流石に帰るか。あかりちゃんは――寮だから学校か。やだねェ、帰る場所が学校って」
「え、夜遅くまで練習できるからいいじゃん」
「メシ自分でつくらねーとじゃん?…夜久そういや料理できたな」
「まぁ一人で生きていけるくらいには」
「でも一人でメシってさみしーよな。あかりちゃん寂しかったらいつでも呼べよ。リエーフあたりなんか飛んでいくだろうからよ」
「もちろん!」

なんだろうか、この優しい人たちは。今まで、一人で居ても全然平気だったのに。おかしい。この後一人で寮に帰るのが、すこし寂しい。そう、思ってしまうなんて。



「さて、帰るか。及川、学校まで送ってくわ」
「お?夜久一人で抜け駆けか?」
「お前ら言わなくても着いてくるだろ。ほら行くぞ」

そうして歩き始める。むずむずするなぁ。「あかり?」リエーフ君が私の顔を覗きこむ。「…なんでもないよ」そういうと、リエーフ君は少し悩み、私の手を取った。


「手を握ってると、寂しさ半減するよ」
「お、じゃあ俺は反対側の手でも握っちゃおうかな」

右にリエーフ君、左に黒尾先輩。私電柱の間に居るみたい。「なんかあれだ、宇宙人が捕まってるあの写真思い出した…」と言う夜久先輩の言葉にああ、と納得してしまった。


「リエーフ君、黒尾先輩」
「ん?」
「隣立つの、禁止。ってやくそく」
「まさかのここで振られるオチ」
「及川ー隣来い。リエーフは兎も角黒尾の隣は危ないから」
「どういうことデスカ」
「そのまんまの意味だ」
「あかり!俺黒尾さんと違って無害!」
「俺は有害ってか」


わいわいと学校まで向かう。寮の前で「送ってくれてありがとうございました。楽しかった、です」とお辞儀をすると全員に頭を撫でられた。「じゃーなあかりちゃん、ラインじゃんじゃん送れよ」「あかりまた明日!」そんな言葉がこそばゆい。


「及川」
「、はい?」
「よかったら、バレー部見に来いな」
「……考えておきます」
「ん。じゃーな」
「…さようなら、です」
「また明日」
「また、明日」


そうして3人は満足げに帰っていった。3人の背中が見えなくなるまで、私はじっと暗闇を見つめていた。
<< | >>