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変わろうなんて思っても
人間すぐには変われないものだ。



高校1年の入学式。両親は入学式に出席しなかった。宮城から東京はかなり遠い。態々入学式の半日の為だけに両親を遠い東京に呼ぶのは忍びなかった。だから頼み込んだのだ。お父さんもお母さんも大層落ち込んだけれど、頷いてくれた。
徹は、知らない。私が東京の高校に行ったという事を。言わなかった。どうせまた口論…というか、一方的に暴言を吐かれるだろうから。私が、私を変えるまでは徹とは話さないし合わないと決めたのだ。徹の嫌いな私のままでは、永遠に平行線なのだから。

…が、先程から携帯電話の着信バイブが酷い。電話の着信が11件、メール数は…数えるのを止めた。使ってもいない携帯電話の充電がみるみる減っていく。1回だけ、電話をしてしまおうか。でないとこの状態がずっと続いてしまう。
はぁ…と溜息を吐くと突然暗くなった。さっきまで浴びていた日差しが影となる。ふと、影の方へ顔をあげると、なにやら巨人が居た。びくり、私は身体を揺らす。

薄い色素の髪、翡翠色の瞳、日本人離れした身長…ううん、身長だけじゃなくどれもこれも日本人という人種には当てはまらなかった。…ど、どこの国の人…?
その人はじっと私を見つめ、にっこりと笑った。屈託のない笑みに、私は一歩後ずさる。すると彼は一歩、距離を詰めた。


「さっきから、ケータイすごい震えてるね?友達?」
「……か、ぞくから…です…」
「へー!俺今日家族来てないから入学式ひとりぼっちなんだよね」
「……わ、わたし、も」
「え、そうなの?てっきり今どこに居るー?みたいな連絡取りかと思った!」


外人のコミュニケーション能力の高さが怖い。日本語で会話出来ているだけでマシと思うべきなのだろうか。まともにコミュニケーションを取れない人間に、外人とは恐怖以外のなにものでもない。…もしこれで英語なんか喋られたものなら、私は全力で逃げるところだった。ぷるぷると震える私に彼は首を傾げる。何をどう捉えたのは不明だが「あ!そっか!自己紹介がまだだったね!」と納得の表情で私の右手を取った。

「俺、灰羽リエーフ!」

取られた右手をブンブンと振り回される。握手のつもりなのだろうか、もげそう腕もげそう。「ねぇ、君の名前は?」という言葉に20秒ほど息を溜めて「…及川あかり」とだけ答えた。


「友達いる?」
「…いない」
「俺も!一人でこの学校来た。あかりはどこから来たの?」
「宮城」
「…宮城ってすごい遠いじゃん!日本地図のどこにあるか忘れたけど!」
「そ、そう…」
「友達第一号!」
「………ぇ、?」
「俺とあかりは友達第一号!」

まるで、子供のように笑う灰羽リエーフ君に私は混乱する。友達、第一号?呆気に取られていると「そこの新入生、早く体育館に集まれ!入学式始まるぞー!」と先生らしき人の声が響いた。「うわ、やばい!あかり行こう!」と手を引っ張られる。え、ちょっと待って。


「あかりは何組?」
「さん、くみ」
「やりぃ!俺と一緒!これからよろしくな!」

よく走りながら喋れるなぁ、なんて思う。体育館に着くころには、私の息は絶え絶えだった。



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まさか、隣の席になるとは誰が思ったことか。入学式を終え、教室へ。そして指定された自分の席へと着く。先程友達…になったらしい灰羽リエーフ君は一番前の席だった。よかった、なんて思っていたら担任の先生が「灰羽、背高過ぎだ、一番後ろに移動」とまさかの私の隣へと来たのだった。

「あ、あかりだ」
「……どうも、です」
「友達が隣でよかった!」

友達、という言になんだかむずむずとした。私には、あまり縁のない言葉だったから。笑顔を浮かべる灰羽リエーフ君にふいっと目を逸らした。気分を害してしまっただろうか、なんて思ったが特に気にしていないらしい灰羽リエーフ君は「ぶっかつーぶっかつー!」と机をガタガタと揺らしていた。そして先生に煩いと怒られていた。
重要事項、その他諸々の要件を伝えてその日は放課になった。先生が教室を出た瞬間「部活ー!」と灰羽リエーフ君は勢いよく立ちあがった。椅子が後ろに倒れたが誰もその様子を気にすることは無かった。先程のホームルームで灰羽リエーフという人間がどういった人物なのかクラス全員が思い知ったからである。


「あかりは部活入る?」
「…わからない。えと、灰羽リエーフ君は」
「リエーフでいいよ」
「……灰羽君」
「リエーフ」
「は」
「リエーフ!」
「…………リエーフ君は、何部に入るの?」
「バレー部!」

ギリッと心臓が痛くなった。同時に思いだす。きらきらとボールを追いかける徹の姿を。首を振り、頭からその姿を消し去る。こわい、私は手が震える。抑える様に手を握り締める。「あかり?」とリエーフ君に声を掛けられたが何事もなかったかのように「そっか、バレー部」と呟いた。


「あかりは?部活」
「………未定」
「じゃあ今日暇だよね!一緒にバレ」
「や」
「えっ」
「やだ」
「…今日一番の反応の速さ…。見に行くだけ、一緒に」
「やだ」
「バレー部」
「やだやだ、ぜったいやだ」
「……」

しょんぼりとするリエーフ君。実際のところ、別にリエーフ君に付き合うのはまったくもって構わないのだ。学校の寮住まいだし、実際のところ暇だし。でも、バレーボールは駄目だ。私は、あれに触りたくない。関わり合いたくない。色々、考えてしまうから。

ぎゅっと、両手首を掴まれる。ぽたり、手の上に何かが零れ落ちた。水?私は顔をあげる。そして驚愕する。


「…!?」

リエーフ君が泣いていたのだ。もう吃驚し過ぎて声が全く出なかった。慌てふためく私に「友達、まだあかり以外に出来てないし…一人でバレー部見に行くの、心細いし…」と泣くリエーフ君。ちょっと待ってよ、リエーフ君のコミュニケーション能力ならすぐに友達できるよね?なんて疑問に思いながらも「わかった、いく…いくから…!」と今日一番の大きな声で私は言ったのだった。




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「おー、おまえ滅茶苦茶デケェな。いくつ?」
「194cmです!」
「もうすぐ2mかよ」

で、そっちの彼女はもしかしてマネージャー希望?なんて言葉に首を振った。勿論Noと言う意味で。「そりゃ残念。マネいねーから募集してんだ。気が向いたら入ってくれ」なんて頭を撫でられた。バレー部巨人ばっかりで怖い。どうしてこうも、背の高い人が多いのか。バレーをするから背が伸びるのか、身長が高いからバレーをするのか私にはわからない。ほんの少しだけ、分けてもらいたいななんて思った。


「黒尾ー、あとそこの1年…あんまりその子に近づかない方が良いんじゃないか?」
「なんで?」
「お前らみたいな巨人に囲まれて、その子怯えてんじゃん可哀想に」
「え、小動物を愛でるように接してるだけデスケド?」
「ねーわー…」
「先輩もちいさいっすね!」
「おいそこのクソデケェ1年うるせェぞ」

帰りたい。人との接し方が分からない私に、こんな巨人で男の人しかいない空間は苦痛以外のなにものでもなかった。ぴしりと身体を石のように固まらせていると先輩に「顔青いけど大丈夫か?」と心配された。あまり大丈夫ではない。かえりたい。

「えーと、バレー部主将の黒尾鉄朗だ」
「リベロの夜久衛輔。いい加減その子離してやれ」
「1年可愛いよなーほれほれー」

ぐしゃぐしゃと黒尾先輩を頭を撫でられた。俺も俺もー!とリエーフ君まで加わるものだから酷い。最終的には「お前らいい加減にしろよ」と夜久先輩に蹴られていた。


「で、カワイイ1年ちゃん。お名前は?」
「何世代か前のナンパみたいだぞ黒尾」
「堅実そうな俺がナンパとかするわけないデショ」
「どの面下げて言ってんだお前」
「で、1年ちゃんお名前は?」
「…………ぅ」
「う?」
「…………………及川、あかり…です」
「あ、研磨と同じ人種の人間だわ」
「ああ、なるほどな」

つーか小さいなー、ほんと小動物みてぇ。と脇を掴まれ小さな子供がお父さんにたかいかたいされる状態となった。「お前この子にスキンシップ計り過ぎ、いい加減にしてやれ」とまた夜久先輩に蹴られていた。なんなんだろう、この人達。


「今日は殆どの部活が活動なしで自主練メンバーだけなんだけど…まぁちぃと問題児がなぁ」
「学年上がってすぐテストあるって教えといたのに見事に赤点取るとか馬鹿ばっかかよ…」
「海は普通に用事があって休み。研磨は普通に帰ったけどな」
「……ま、というわけでまさかの部活2人だけど、ちょっと練習していくか?」
「俺試合したいっす!」
「3人でどうしろっつーんだよ」

しっかしまぁ、2人も3人もかわんねーよな。碌な練習できねーし。仕方ねーから片づけて遊びにでも行くか?そんな黒尾先輩の言葉にリエーフ君が「俺東京よくわかんないんで教えてください!」と声を上げた。じゃあ行くか。と夜久先輩も意外とノリが良かった。私は帰りたいのだが「あかりちゃん甘いもの好きだったら奢ってやるよクレープ」と何やら雲行きが怪しい。私も巻き込まれる感じなのかな。


「あかり宮城から来たらしいっす!」
「ほーん、じゃあ寮生か。珍しい。じゃあ尚更ここら辺の事知らないとな」


一理ある、けどあまり乗り気になれない。「無理しなくてもいいからな?」という夜久先輩の言葉。うん、と私は決心する。

「いきます」
「……マジ?断ると思ったから嬉しーわ。マジ1年女子可愛い」
「お前こいつに近づくな、なんかあぶねーから」
「えー?別に良いよな?あかりちゃん」
「……あの、」
「ん?」
「夜久先輩」
「え、俺?」
「……となり、居てもらっていいです?あと黒尾先輩は隣に立たないでください」


数秒、空気が止まった。あ、言い方が悪かったどうしよう。なんて思っていたら夜久先輩が大爆笑し始めた。リエーフ君も笑いを堪えるように身体を震わす。



「黒尾嫌われてやんの」
「なんで」
「なんでじゃねーだろ」
「じゃあ逆隣は俺!」
「え、リエーフ君も隣立たないで」
「ぶはっ!お前も嫌われてんじゃねーか!」
「なんで!?」
「おっきい人隣に立たれるとこわい」
「夜久ー遠まわしに小さいって言われてるぞ」
「黒尾そんなに蹴られたいのか?」

静かに怒り震える夜久先輩。
ぽつり、私は言葉を零す。夜久さん小さくない、先輩とリエーフ君が馬鹿みたいに大きいだけだもん。
そういうと夜久先輩の動きが止まった。数秒後、夜久先輩が私の頭を撫でる。


「及川、アイス奢ってやる」

すげぇ、夜久手懐けたぞ。と黒尾先輩が呟いた。手懐ける、とは。よくわからないが私はとりあえず事実を伝えることにしよう。

「あまいもの、にがて、です」
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