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まるで――のように





少しの荷物を持って寮を出ると、寮の前に黒尾先輩が居た。どうしたんですか?なんて聞くと「暫く会えないからさー」なんて笑う。丸2日と少し、会わないだけじゃないですか。

「あかりちゃん不足回避の為に、はい」

なんて腕を広げる。…うん?腕の長さが合わないけど手でも合わせよう。私も腕を広げると「違う違う!そんなボケはいらないから!」と言われた。知ってたけど、私が抱きつくとでも思っていたのだろうかこの先輩は。ちゃんとそこら辺は夜久先輩と東月君に釘を刺されています。
東月君が最近夜久先輩に見えるのは気のせいじゃないと思う。最近リエーフ君に「軽々しく女子に抱きつくな!」なんて怒鳴ってるし。あれかな、近くに面倒見なきゃいけない人が居るとしっかりした性格になるのかな。夜久先輩と黒尾先輩然り、東月君と二枝君然り。世の中そうやって成り立っているんだなぁ、納得。ところで、


「夜久先輩は居ないのですか」
「なに?あかりちゃんも寂しくて夜久充電したい感じ?」
「黒尾先輩回収係の夜久先輩」
「なにその係」
「何しに来たんですか。もうすぐ部活始まりますよ」
「だからあかりちゃん充電に」
「大声で不審者って叫んだら、誰が来てくれるでしょうか」
「洒落にならないから。ごめんなさい」

夜久先輩、黒尾先輩回収しに来てくれないだろうか。閑散としている寮で、そんな薄い望みを掲げた。新幹線の時間まだあるからいいけど。


「月曜まであかりちゃんに会えないのかー」
「私が部活入るまえはそうだったでしょう。更に学年も違いますし」
「でも学校ある日は毎日会ってたよな」
「…たしかに」

よくもまぁ、1年の私と3年の黒尾先輩と夜久先輩にああも毎日会っていたなぁ。今更ながら吃驚した。リエーフ君が居たからだろうけど、それでも先輩たちとの遭遇率は高かった。「まぁ可愛い後輩が居たら、用無くても会いに行っちゃうよな」なんて黒尾先輩は私の頭を撫でる。

「帰ったら、徹によろしくな」
「すっかり友達ですか」
「どーかねぇ…敵視しかされてない気がするけど」

何をしたんだろうか、本当に。


「徹のあれは…まぁ冗談じゃないんだけど」
「?」
「あんまり家族とも上手くやってなかったんだろ?蟠り無くして、めいいっぱい甘えてこい」

もう、家族に甘える歳でもないですよ。と私は笑った。スマホが音を立てる。あ、もう行かないと間に合わなくなってしまう。

「じゃあ黒尾先輩、行ってきます」
「おー気をつけてな。あと気をしっかりな」
「?」
「豹変っぷりに気をつけろ」

首を傾げながらも手を振って黒尾先輩に背を向けた。黒尾先輩は最近意味のわからない事しか言わない。スマホの画面を見る。ライン通知が一件

【駅着いたら連絡して、迎え行くから】

新幹線に乗ってから返そう。スマホをバッグに入れて私は少し早めに歩きだした。


「あかりー!」

振り返る。居ない。上?上を向く。校舎の2階廊下から夜久先輩が顔を出していた。ひらひらと手を振る。少し、いつもより声を張る。ちょっと、恥ずかしかったりする。誰もいなそうだから、いいか。

「夜久先輩部活はー?」
「ちょっと職員室用あって今から行くー!あかり!」
「はーい?」
「いってらっしゃい!!」

笑みがこぼれた。両手をあげる。

「いってきます!」

ぶんぶんと手を振って、ニッと笑う夜久先輩の顔を見てから、勢いよく私は駆け出した。2日とちょっと、会えないだけ。うん、ちょっと、ほんのちょっとだけ寂しいかもしれない。




▼△▼



息を切らせながら私は新幹線の椅子に腰かけた。バッグに入れたペットボトルを取り出し一口、そして息を吐いた。電車が動き始める頃、そういえば徹に返信しなきゃと思いだしスマホを取りだした。

「ええっと…今、電車に乗りました。っと…仙台に着くのは…2時間後ぐらいで…」

家着くのどれくらいだろう。そういえば在来線の時間とか全然チェックしてなかった。調べなきゃなぁ…なんて思っていたらスマホが震えた。


【了解、仙台まで迎え行くから】


え、仙台駅まで来るの?それに、この時間に即返信…徹部活はどうしたのだろうか。「いい、最寄駅まで迎えに来てくれれば」なんて返す。そもそも、迎えなんて来なくても…というかなんでわざわざ迎えに来てくれるのだろうか。


【父さんが車出して仙台まで行くから】

お父さんも来るの、わざわざ車まで出して。…車なら、いっか。【わかった、仙台駅で待ってる】と返信し、一度スマホから目を離した。2時間後には宮城かぁ…目を閉じる。うん、大丈夫。ちゃんと、言える。

「…やっぱり、ちょっとこわいなぁ」

うとうと、緩やかな睡魔が襲う。ちょっと寝よう。
私の意識はまどろむ。






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「…ん、…な…ぁ?」

ぽけーっと外を見る。東京に比べて随分と明りが少ない。どこだここ。時計を見ると、あと少しで仙台駅に着くくらいの時間。腕を伸ばすとぽきぽき身体の骨が鳴った。…変に寝ると更に眠くなる。車内アナウンスが目的地を告げる。スマホを開くと【改札の前に居るから】とメッセージ。なんか、凄く不思議な気分だ。完全に電車が停止したところで、私は立ち上がった。

「大丈夫、だいじょうぶ」

改札へ向かう。近付くにつれて、なんだか心臓が痛かった。スマホが震える。今日は働き者なスマホの画面を見る。またも徹かと思いきや、表示されていたのは夜久先輩の名前。しかもメールやラインではなく通話。端の方へ避けて、慌てて電話に出る。


「もし、もし?夜久先輩?」
『ん、あかりお疲れ。今電車?』
「丁度降りて改札向かう途中です」
『そっか、電車じゃ電話出来ないもんな』
「どうしました?」
『いや…余計な事言うつもりは無かったんだけど。あかりなら大丈夫だろう、って思ったんだけど黒尾が電話しろ五月蠅くて』
「?え、と」
『難しい事考えずにさ、久しぶりに家族に会うくらいの気持ちで行けばいいと思うよ。あれ話さなきゃとか、これ話さなきゃとか考えずにさ』
「…結構、それが難しいんですよ」
『ははは、まぁ、あれだよ。一言、当たり前の言葉を言ってやればいい。多分効果絶大だから』

ぎゅ、っと手を握り締める。ひとこと、言えばいい。家に帰るように、一言。…昔の私は、それを言うのが嫌でいつも無言で家に帰っていたなぁ。


「夜久先輩」
『ん?』
「私、東京戻ったら言いますから、ちゃんと返してくださいね」
『おう、勿論』
「――行ってきます」

いってらっしゃい、優しい声が聞こえた。
画面をタッチする。行ってきます、だってまともに言ったことなかったのに。なんて私は笑った。
改札を抜ける。先には、久しぶりに見る徹の姿。なんだか、すこし不機嫌そうに見える。でも、気にしない。私は駆け寄る。

「あかり、遅――え」

徹の服を掴む。両手でぎゅっと、握り締める。「え、ちょ…なに?どうしたのさあかり」なんて、少し焦ったような声が頭の上で聞こえた。
顔をあげる。徹の顔、まともに見るのなんてどれくらい振りだろうか。さっきの不機嫌な顔とは打って変わって、なんだか変な顔になっている。少しだけ、笑った。

「とおる、えっと…ただいま」

きょとん、とした顔。なんだか、顔が熱くなる。力を込めていた手をゆるゆると離そうとすると、頭に手が乗っかった。

「おかえり、あかり」

今まで聞いたことのない様な優しい声で、なんだか泣きそうになった。


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いってきます
いってらっしゃい

ただいま
おかえり

が大切なんだなっていうお話
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