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おかえりを探そう




「ウィーッス、戻ったぞー」

体育館に響いたのは聞き慣れた声、それからぞろぞろと体育館へと入ってくるバレー部員。「…あれ、誰もいない?」黒尾先輩の声が響く。


「…可笑しいな。コートの準備もしてないし。俺自主練メモ今日の分『コート使用』って書いた気がするんだよなぁ…」

夜久先輩、気のせいじゃなくてちゃんと書いてありました。さてどうしたものか…ただいま私とリエーフ君は倉庫の中から、体育館…厳密にいえば遠方から帰って来たバレー部員達をうすーく開いたドアから覗きこんでいた。


「どうする…」
「盛大に寝坊したリエーフ君が悪い」

昨日帰ってきて、今日もお昼から部活でみんな頑張るなぁ。私達は午前から練習だけど。なんて思ってたら昼を過ぎていて…盛大な寝坊だった。あ、でも私は寝坊してない。私は10時には学校来てたもん。リエーフ君遅いなぁ、なんて思いつつひなたぼっこしてたらうっかり寝ちゃっただけだもん。盛大に遅刻してきたリエーフ君に起こされて、急いでコートの準備をしようと体育館倉庫に飛び込んで、今の状況である。遠くから聞こえてきた声に、思わず倉庫の扉を閉めてしまった。

「いつかバレるよな」
「すぐばれちゃうよ。どうする?」
「ドッキリでした!って言ってあかり肩車して倉庫から出ていくのは?」
「リエーフ君が私を肩車したら多分扉の縁に頭ぶつけると思うんだ。頭って言うか首?って違う、ツッコミはそこじゃない」
「じゃあ俺が『あかりは預った。返してほしければ』ってメールする?」
「待って、何がしたいのかわからない。ついでに『返してほしければ』の後は何が続くの?」
「『お稲荷さんを100個用意しろ』」
「馬鹿じゃないのリエーフ君馬鹿じゃないの」





「そーだな、お馬鹿2人組」

「あ」
「あ」

暗闇だった体育館倉庫に明りが入る。ガラガラと開かれた扉。意地悪そうな顔の黒尾先輩…と後ろで青筋立ててる夜久先輩。すこし困り顔で笑う海先輩。わぁ、3年勢全員集合。

「秘密話ならもーちっと小さな声でしないとなぁ?」
「とりあえずリエーフとあかり、正座」

さっと私たちは正座した。



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「さて、言う事は?」
「すいませんでした」
「ごめんなさいでした」

仁王立ちの夜久先輩を目の前に、ぺこぺこと頭を下げた。大爆笑の黒尾先輩。スマホ構えるの止めていただけないだろうか。


「寝坊で昼までってお前らな」
「昨日割と遅くまでバスケやってたんで!」
「は?」

リエーフ君のド阿呆。「け、結構疲れたんで…ぐっすり…ははは…」と引き攣った笑みを浮かべた。目の前般若、怖い夜久先輩。そりゃあ昨日もハイテンションでバスケ部にお邪魔したもの。夜久先輩のロードワークメモなんて破り捨てちゃったし。


「ロードワークしないで、バスケ?なんでバレーじゃなくてバスケ?」
「ひぃっ!」
「あかりが居たのになんで」
「お言葉ですが夜久先輩、リエーフ君がロードワークばっかりのメニューをこなせるわけがありません」
「あかりちゃんの言葉もごもっともだけど、それを見張るのもマネの仕事だぜ?」

黒尾先輩に痛いところを突かれた。何も言い返せず無言。ごめんリエーフ君、私が出来ることは一緒に怒られるくらいだ。全面的に私たちが悪かった。



「ま、大目に見てやろうぜ夜久。ただサボるよりはバスケやって体力付けた方がまだマシだしよ」
「いや、それはどうかと思うけどな」
「それよりあかりちゃん、俺ら居なくて寂しかっただろ?」

にやにやと笑う黒尾先輩。…寂しかった…?こてん、と首を傾げると「え、何その反応」と何故かびっくりされた。こっちがびっくりだ。


「リエーフ君いたし、東月君と二枝君とご飯食べに行きましたし。別にこれといって」
「東月君と二枝君って誰だ」
「俺らのクラスメイトで友達ですけど。バスケ部の」
「なにあかりちゃん男友達しかいないの!?」
「ちゃ、ちゃんと女の子の友達いますし…」


松本さん、文化部だし休み中は部活もお休みみたいだったからあんまり会えなかっただけで。…一応遊びに行くお約束なんかもしてるし。

「あんまり男と仲良くするとどっかの誰かさんが嫉妬するからなー」

黒尾先輩の言葉に首を傾げる。嫉妬、とは。


「…ま、俺は兎も角及川兄が大変そうだよな」
「徹のヤツ、今度から別人のようにあかりちゃんに接すると思うぜ」
「え」
「あれでまだあかりに暴言吐くようだったら今度は本気で潰しに行くわ」
「夜久のやる気こえー」

やはり、話には追いつけなかった。




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一応お咎めなしで私達は正座地獄から生還した。体育館での正座は少しつらいものがある。べふっ!と倒れるリエーフ君を余所に部員はせっせとコートの準備をし始めた。遠方帰りなのに凄いなぁ。なんて思いながら私も準備をしようとして…黒尾先輩に捕まった。おい、雑談しないで部活始めんぞ、と右腕掴まれた夜久先輩。面倒な予感しかしない。

「ところであかりちゃん、お兄ちゃんとの仲直りはどーだ?」
「…どう、って言われても」
「仲直りした後どうした?昨日一日メールの嵐か?」
「……?」

私は首を傾げた。昨日は、あれ以降何の連絡も来ていない。今日だって、私の電話の通知もメールの通知も一切なかった。ちなみに昨日、入学式から送られてきていたメールを初めて開いた。開いて…めんどくさくなって一括ゴミ箱へ送った。

「え、何あいつ。仲直りした後はチキンなの?」
「…暴言吐かないだけマシって思ってやろうぜ…」

じぃっと黒尾先輩と夜久先輩を見る。なんだか、こう…違和感。青葉城西の主将が兄だとは言ってあったけど…うん、なにか…おかしい。なにか、馴染み過ぎな様な気がして。


「随分、徹と仲が良いですよね」

ぎくり、特に黒尾先輩が反応を見せた。「えーと、まぁ…なんだ…」としどろもどろになる黒尾先輩。「俺はそんなに関わってないし、その件には」と知らん顔の夜久先輩。別に怒ってなんかいない、ちょっと気になるだけ。もしかして、最初から知り合いだったのではないだろうかという疑問。

「黒尾先輩?」
「…えーっと…あかりちゃんにスマホ借りた時に徹のアドレスとか抜き取りました」
「…ああ、あの時に…え、抜き取り?」

個人情報抜き取ったけど気にすんな、なんて携帯電話返されたときに言われた事を思い出した。あの時、徹の連絡先を…っていうか黒尾先輩、名前呼び捨てとか凄く仲がよさそう。私の知らないところで広がる友人の輪。それが兄と学校の先輩だと少し複雑。


「別に良いんですけど。お陰で仲直りできましたし…仲直り、なんでしょうか…?」
「ん?仲直り…でいいんじゃねーの?徹がメールしてこないのが気になるけど…そういや昨日ラインも来なかったな…すげー五月蠅そうに語り始めるかと思ったんだけど」
「語るって何ですか」
「奴は思いの外拗らせてるって事だ。夜久ーお前なんか知ってる?兄に敵認定された夜久」
「知らない、つーか敵認定止めろ」
「目の敵にされない様に気をつけろ」

うるせ。と夜久さんは顔を背けた。…男には男にしかわからない話があるらしい。にやにやする黒尾先輩を見て、なんとなく夜久先輩が不憫に思えた。


「仲直り、出来たってことでいいのなら…私、ちゃんと言わなきゃ」
「なにを?」
「徹に、大切な話を」

なになに?と黒尾先輩が食いつく。…あんまり言いたくないなぁ、だって、黒尾先輩すぐ徹に話してしまいそう。私の中の黒尾先輩の株はだいぶ下がっているのだ。「教えません」特に黒尾先輩には、という副音声付で答える。


「えー、すげぇ気になる。もしかしてあれか…実は兄妹じゃありませんでした的な」





…間。

空気が固まった気がした。シンッと静寂が広がる。空気を察してか、コートの準備をしていたみんなの目がこちらに集まったのがわかった。
私は口をへの字にする。




「…ん?俺なんか言った?ヤバい事言った?」




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「え、何この空気」

おいリエーフ声出すんじゃねぇ!と小声で聞こえた。私はじぃっと、黒尾先輩を見る。「えーっとぉ…」なんて言葉を漏らし、暫くして私の目線に堪えられなくなったのか、黒尾先輩はそっと目を逸らした。



「やっぱり」
「研磨さん?」
「思った通り」

実際会ってみても、なんかすごい違和感だったし、そもそもあかりがお兄さんの話する時ってなんか一線引くような感じだったし。研磨さんには色々見破られているようだ。


「そもそも、私と徹って全く似てませんし」
「まぁ、確かに似てないなとは思ったけど。特に中身が…というか、え?なに、え?」

夜久先輩が目を見開く。つまり、えっと…え?何故か狼狽える。もう答えを言っているようなものなのになんでだろうか。



「私と徹、血は繋がってませんよ」

及川家の誰とも、血は繋がってないです。
…数秒の間、そして絶叫。声を上げる部員、特に黒尾先輩と夜久先輩の声が大きくて思わず研磨さんも一緒に耳を塞いだ。

「いや、確かに似てねーけど!え、そもそも兄妹じゃないの!?」
「そう言ってるじゃないですか」
「いやいやいやいや」

ガシッと肩を掴まれる。ガクガクと身体を揺らされる。止めてください黒尾先輩、酔ってしまいます。


「なに、徹はそのこと知ってんの?」
「知らないですよ。大切な話だから、仲直りしたからこの話をしに行こうかと」
「ヤメテまじそれ駄目、駄目なやつ」

なんですかそれ、駄目なやつって。酷く狼狽える黒尾先輩の顔が怖い。なんでこんな反応されるのだろうか。疑問に思いつつ誰かに助けを求めようと周りに目線を向けると、全員が全員、これまた微妙な顔をしていた…状況が分かっていないリエーフ君を除き。



「どーしたですか、みんなして」

リエーフ君が声を上げる。全く持ってその通りだ。そんな妙な顔されても困ってしまう。みんな何やら目を泳がせているし。なにか、この事実に問題があるのだろうか。そりゃあ兄妹として育てられていたのに、実は血の繋がっていない赤の他人で…複雑ではあるだろうけど、それでも私は、及川家の家族の一員で、徹の妹で。そう、思ってはいけないのだろうか。


「あの拗らせシスコン及川が大好きな妹と血が繋がって無いなんて聞いたら、『じゃああかりと結婚する』とか言いかねないからな!」
「…は?」
「あかりちゃん徹の本性知らないだけでほんとあいつの性格ヤバいからな!その事実封印!!」
「いや、意味わからないですし」

もう、来週の土日で宮城帰る気満々ですし。そういうと「駄目ほんと駄目!」と黒尾先輩がとんでもない形相で懇願してきた。結婚するとか、意味わかんないですし。徹シスコンとか、絶対無い。夜久先輩、助けてください。と目で助けを求めたが、夜久先輩の表情もやはり曇っていて。

「あー…俺もさ、あんまり言わない方が良いかなぁ…なんて」
「夜久先輩まで何を言いますか」

いったい遠征中、この人たちと徹の間で何があったのだろうか。
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