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ゆるやかに、わたしはしんでいく




2つ離れた私の兄は、私の事を嫌っていた。「なんで」なんて考えなくともその理由を知っていた。私は彼からして邪魔な人間であっただろうし、私は及川という中では間違い無く不要なもので、もっと言ってしまえば私はどうしようもなく欠陥品だった。兄のように慕われるような人間でもない、兄のように家族と仲が良いわけでもない。そもそも、私は兄と、いや及川の誰とも血が繋がっていないのだ。
これは、ずっと前に今の家族から教えられていた事実だ。兄は、徹は知らない。本当の本当に私たちは赤の他人だという事を。…今の徹との関係を考えてみたら、他人だろうが他人じゃなかろうが変わらないけれど。

「お前さ、俺が嫌いなのは分かるけどさ、父さんと母さんにまでそれやめろよ。空気悪くなるだろ」

冷たく言い放つ兄に、私は何も言わない。「なんでお前さ、愛想よく出来ないの?」とか「友達作るとかさ、少しは努力」とか色んな言葉を吐き捨てる。私は耳に手を当てる。それを見て徹は苛立ちを隠すことなく部屋の壁を殴る。塞ぐ耳の隙間を縫って「お前、いい加減にしろよ」と微かに聞こえた。頭に言葉が木霊する。バタンッ!と勢いよく閉まる部屋のドア。遠くでお母さんの怒鳴り声が聞こえた。重い息を吐き、私はよろよろと自分のベッドに横たわった。

わたしだって、
わたしだってもっとちゃんとしたい。

そもそも、私は徹を嫌ってなんかいない。私が「そう」だからみんな私を嫌うだけ。そんな嫌われている自分を嫌う。ただそれだけ。


「…いたい」

心臓がズキズキと痛む。もっともっと、私が「ちゃんと」していたら徹は私を好いてくれただろうか。今の両親とも、仲良く出来ただろうか。友達が、作れただろうか。
涙は出ない。泣き方なんて、忘れてしまった。
コンコン、と控えめなノック音が部屋に木霊した。小さく返事をするとお母さんが部屋に入って来た。悲しそうな顔をするお母さんに、私の心臓はもっともっと痛くなる。



「ねぇあかり、貴方が私達に引け目を感じることなんて、何もないのよ」

優しく、私の頭を撫でる。
私達は、ちゃんと貴方の家族なのよ。
そう言わせてしまっている自分が憎くて醜くて、大嫌いで。私は枕に顔を押しつけながら唇を噛んだ。口に血の味が広がった気がした。
学校、本当に嫌なら休んでもいいのよ。ゆっくり、ゆっくり貴方のペースでいいの。無理はしないでね。私達は、貴方の事を愛しているわ。

並ぶ言葉、雑音。
耳障り、きらい。きらい。
じぶんが、だいきらい。




夜が来て、私は死んだように眠る。









ゆめを、みた


「おまえなんか、しんでしまえ」

みんなが私を指さして言う。
徹が、冷たい目で私を睨む。
首に、大きな手がまわる。
ちからを、籠められて――






目が覚めた。
酷く、頭が痛かった。目眩。
「あるはずがない」と分かっていても気味が悪い。寝ても覚めても悪夢ばかりだ。暗い部屋で、カーテンの隙間から微かに洩れる日の光を見つめる。今日も酷くいい天気だ。

中学3年の茹だる様な夏の日の事。私は決心する。
たかが気味の悪い悪夢は、私のこれからと、意思を決めるのに十分すぎたのだ。
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