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思考が、停止する




ご飯を食べ終わって、死んだ二枝君を東月君がおぶり、二人と別れた。リエーフ君と街中を歩いて帰る。ポケットの中で携帯電話が震えたのに気付いた。見ると岩泉さんからの電話で、少し吃驚した。そして、その内容についても。徹が、私の事を。
通話が終了した携帯電話をぼーっと見つめる。これは夢だろうか、都合の良い夢なのではないだろうか。「あかり?」リエーフ君の声に私の意識は現実へと引き戻された。


「どうしたの?誰から電話?」
「……徹…えっと、兄から」
「仲良くないお兄さん?」

そう、仲良くなかった私の兄。ずっとずっと、嫌われていたと思っていた、血の繋がらない私の家族。突然の事で、頭が追いつかない。


「またいじめられた?」
「…なんで?」
「泣いてる」

リエーフ君の大きな手が、私の目元を拭った。泣いてる…ほんとだ、ぽたぽたと目から雫が落ちる。私は首を振る。これは、悲しくて泣いてるんじゃないんだよ。全然、心は痛くない。


「あのね、」
「うん」
「徹に「本当は嫌いじゃないよ」って言われたの。私、ずっとずっと嫌われてたと思ってたから。」
「…そっか」

「よかったね」とリエーフ君が頭を撫でる。安心。涙を止めたいのに止まらない。「ごめん、すぐ泣きやむから」そう言うとリエーフ君は私の手を握り「泣きたい時は泣けばいいと思う」と言った。そんな事言ったら、止められないじゃないか。


負い目があった。
私は元々及川家の人間じゃない、徹の本当の妹じゃない。及川の両親の優しさがいつも痛くて痛くて、一緒に居るのが怖くて。「お荷物」なんて言われたらどうしよう、ってずっと思っていて。
『また居なくなるんじゃないか』と考えるのが怖くて、一人が良かった。

ひとりはさみしかったんだ、だなんて今気付いた。






徹はきっと憶えていないだろうけど、徹が私を毛嫌いするようになったのは私のせいだ。まだ私と徹が仲が良かった、ずっとずっと昔、私は言ってしまった。「私は徹の妹じゃない」と。まだ幼かった私は、ただ事実を伝えただけなのだ。何も考えずただ真実を伝えた。そうすると、徹は真っ赤になって私に掴みかかって「俺だってあかりの兄じゃない!」なんて言われて、それから徹は私に冷たく当たるようになった。



「あの時、きっと兄妹をやめちゃったんだろうなぁ…」
「え?」
「なんでもない、ひとりごと」

手の中にあるスマホを握り締める。



「私なにも成長せずに、仲直りしちゃった」
「あかりは成長したよ。友達いっぱいできたし、部活にも入ったし。今だってすらすら喋ってる」
「会話は慣れ。友達はリエーフ君のお陰。部活だってそう」
「きっかけは俺たちかもしれないけど、決めたのも、行動したのもあかりだろ?」

ぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。頑張ったのはあかりだよ。その言葉が、くすぐったくて。でもまだ頑張りが足りないと思う。私まだ、言わなきゃいけない事が沢山ある。徹にも、両親にも、みんなにも。


「ありがと、リエーフ君。私、頑張る」
「え?」
「ちゃんと、徹と家族になれるように頑張る」
「?」


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リエーフ君と別れ、寮の自分の部屋に戻る。ぼふん、ベッドにダイブした。目が開かない。泣きすぎた。明日の夜には、みんな戻ってくる。ああ、岩泉さんにお礼言わなきゃ。このタイミングだ、きっと黒尾先輩と夜久先輩も関わってるんだろう。スマホの画面を付ける。…ライン、しようと思ったけど…うん、直接言おう。ベッドから立ち上がり、机の引き出しから1枚の写真を取り出す。

「お父さんお母さん、やっと家族が出来そうです」

弱い娘でごめんなさい。でも、きっともっと強くなるからね。
笑顔で赤ん坊の私を抱える二人に、私はそう言った。
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