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【岩泉一の話】



ふらふらと出て行った及川を追いかけると、廊下で体育座りをし、顔を俯かせるなんとも分かりやすい及川が居た。まったく…俺は及川の頭を軽く叩いた。


「おいクズ川」
「……岩ちゃん」

及川が顔を上げる。はは、ひっでぇ顔。及川の隣に腰を下ろすと、及川はまた顔を俯かせた。めんどくせぇ…。ぼそり、何か呟いた。声が小さすぎて聞こえない。


「なんだよ及川」
「……夜久ちゃんの言う通りなんだよ」

あ?俺は首を傾げる。「おれさ、あかりに嫌いって言われた事…一度も無いんだ」と泣きそうな声で言った。


「俺なんか、いつもお前なんか大嫌いだ!って言うのにあかりは耐えるように耳を塞いでさ。一度も言い返さないんだ。それは単に、言い返したら殴られるんじゃないか、なんて思われてたのかもしれないけど」
「…お前あかり殴った事ねーよな…?」
「ない。それは絶対ない。ドア破壊した事はあるけど」

いや、ドア破壊ってお前…。「あと壁へこませたり、時計ぶっ壊したり…あと…」あれ、なんか思っていた以上に酷いぞ。なんかフォローする気になれなくなってきた。


「お前ほんと変に歪んだな」
「ほーんとにね。なんでこうなっちゃったんだろ…」

俺の記憶では、幼稚園…いや小学生の途中までは2人は仲が良かった記憶がある。それが、いつの日か仲違いして、兄妹という言葉が不自然なくらい似合わなくなって…。何があったのかは、俺は知らない。



「いっそ、あかりに大嫌い、って言われたらすっきりするのに」
「なんだお前、あかりに嫌われたいのか?」
「…その方が良い気がする」

なんでこいつ、こんなにネガティブなんだよ。いつものアホ川は何処へ行った。ガシッと及川の頭を鷲掴み力を込める。「いだだだだだ!岩ちゃん痛い!!」叫ぶ及川に今度は拳を入れた。


「向き合う気が無ェんなら、兄妹なんて止めちまえ」
「………やだ」
「あ?」
「…それは、やだ」


嫌われるのは仕方ないけど、あかりと他人になるのはやだ。弱弱しくそう言った。…ほんとめんどくせェなコイツ…!


「お前は結局どうしたいんだよ」
「…仲直りは、したいと思ってるよ…」
「じゃあ仲直りしろよ」
「そんな、簡単な話じゃない」
「いや簡単だろ」

お前はあかりの事を嫌ってないし、あかりもお前の事を嫌ってない。なら簡単な話だ。


「…嫌われてるし、俺」
「いやだから」
「あれだけのことして、嫌われない方が可笑しい」


まぁ、確かに。なんて思ってしまった。でもまぁ…あかりだし。悪いが及川より俺の方があかりをわかっているからな。あーあ、めんどくせ。俺は立ち上がる。

「お前ちょっとそこから動くな」



再び体育館へと向かうと、体育館はすっかり片づけられていた。「及川はー?」という花巻の声に「もうちょっと待て、あと10分もすれば超ウザ川が帰ってくるからよ」と俺は体育館の隅に置いたバッグからスマホを取りだした。アドレス帳からあかりの名前を探す。念のためにと連絡先を交換しておいてよかったと本気で思った。
さてクズ川より100倍は素直なあかりだ、本音はちゃんと口に出してくれるだろう。スマホを耳に押しあてながら俺はまた体育館を出る。コール音を聞きながら足を進める。2…3…『…もしもし、岩泉さん?』久しぶりのあかりの声が耳を通り抜けた。


「おーあかり、夜遅くに悪いな」
『大丈夫です。友達とご飯食べてて…今帰りです』
「…もしかしてその友達と一緒か?悪い邪魔して」
『全然、どうしました?』
「ちょっと再起不能の粗大ゴミをどうにかしてほしくてな」

粗大ごみ…?きっと首を傾げているのであろうあかりの姿を想像する。及川のもとまで戻って来た。「岩ちゃんなんで電話なんかしてるの」と小さく及川が声を漏らした。

「お前に聞きたい事があってよ」
『…なんでしょうか…?』
「お前、及川の事嫌いか?」

スピーカーモードにした。及川が息を飲んで俺をじっと見つめる。しばしの無言、少ししてからあかりの声が廊下に響いた。


『…嫌いじゃない、です』
「及川の事、好きか?」
『……私、嫌われてる、から』
「及川じゃなくて、お前がどう思ってるか聞きたいんだけど」

岩ちゃん、電話切って。小さな声で及川が言った。俺はそれを無視する。




『…好きですよ、私はどれだけ嫌われていたって、私は徹の事すきです』

ほんとさ、お前の妹はお前と違って素直だよ。ふっ、と俺は笑う。『…岩泉さん?』不思議そうなあかりの声。スマホを及川に渡すと目が合った。ほれ、今度はお前の番だ。何も言わずに視線だけ送ると及川は諦めた様にスマホを受け取り、それを耳に当てた。


「…あかり」
『………え、徹…?』
「うん。切らないで、きいて」
『……………なに』
「…信じて、もらえないかもしれない…けどさ」
『……うん』
「俺、あかりのこと嫌いじゃないんだよ」
『…そう』
「きらいじゃないんだ」


他人から聞いたら、言葉足らずな気がするけど、あかりには十分伝わっているのだろう。あかりは、及川と違って馬鹿じゃない。

『私も徹の事、好きだよ』


私『も』だってよ。及川すげぇ嬉しそうな顔しやがって。喧嘩したカップルの仲直りを見てるようだった。見た事も無いような優しい表情で会話をする及川。
…後ろから「おい、押すなよ!見つかる!」「録音録音、むしろ録画か?」など話し声が聞こえた。振り向くと、曲がり角の影からバレー部員、多分ほぼ全員がこっちを覗き込んでいた。未だに通話はスピーカーモード、全員が及川兄妹の会話を聞いている状態。おお、公開処刑か。「でれっでれであかりちゃんと会話してる徹マジうける」と写メる音駒主将黒尾。ヘッドロック確定だな。
先ほど及川を嗾けた夜久と目が合った。…あっちも良い表情しやがって。
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