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【夜久衛輔の話】




「どうしてこうなった」

夜も遅い青葉城西の体育館で阿鼻叫喚。ぐぉおおおお!と苦しそうな奇声を上げる黒尾、その黒尾にヘッドロックをかます及川兄。それを白い目で見つめる俺と青城の岩泉、そしてその他大勢。
今日の宿泊場所が青城の近くだった為「じゃあ遅くまで練習試合しようよ、勿論賭け事してさ」勿論ってなんだ勿論って。そんな及川兄の言葉に「良いぜ、覚悟しろ」と答えたのは勿論黒尾で。お前ら神聖な部活動でなに賭け事なんかしてるんだよ、と怒る俺と岩泉だった。勿論2人は聞く耳を持たなかったけど。


「夜久ちゃーん、なに遠くから様子窺ってるのかな?」
「…いや、」
「あかりに手ェ出したら許さないから」
「クズ川の言う事は全部無視していいぞ夜久」

はははは…最早乾いた笑いしか出てこない。今の俺の目は死んでいるのだろう。俺にまで絡んでくる原因を作ったのは間違いなく黒尾のせい…と思いきやまさかの研磨のせいである。まぁ及川兄を嗾けたのは俺ではあるんだけど。事の発端は今より30分ほど前に遡る。











「勝ったー!岩ちゃんナイス!流石岩ちゃん!!岩ちゃんかっこいい!及川さんの次に!」
「…死ね…よ、クズ川…」

もう何セット目だか分からないゲーム。どっちの部員も体力の限界はとっくの昔に超えている。しかし及川兄は全力だった。お前相手と自分の部員見てみろ、死にかけだぞ。というかうちの研磨なんか既に死んでる。あっちの真ん中分けの奴も倒れたまんまぴくりとも動かないし、大丈夫かあれ。もう体育館は死屍累々。俺も立ち上がるのがつらい。「さーて!」視点が合わない及川兄は黒尾を指差す…指差しているつもりなのだろうけど、その先には誰も居なかった。お前も大丈夫か、及川兄。
ネジが何本かぶっ飛んでしまったらしい及川兄は最早止まらない。妹なんか嫌いだ、なんて言っていた及川兄は何処へやら。及川兄の質問攻めは10割があかりの事についてだった。


「じゃあ俺のしつもーん!あかりの事好きなヤツって誰?」

あ、やべ殺される。びくりと肩が揺れたとは俺と……山本?がばっと山本が立ちあがり真っ直ぐと及川兄を見た。ぎらり、睨みあう2人。なんだこれ。


「…え?もしかして君?」
「…好き…とかではない!念願の女子マネ!大人しくて可愛い女子マネ!口数は少ないしあんまり笑わないけど気は利くし、ごーーくたまに見せる笑顔はとても眩しい!俺のモヒカンを見ても物怖じせず真っ直ぐ俺の目を見てくれるあかりさん!これは最早女神!!」

山本何言ってんだお前。「山本おちつけー」と倒れたままの黒尾が言った。物怖じせずに…って挙動不審なのはお前の方だよな。「なんか山本先輩に嫌われてる…気がする」なんてこの前あかりが言ってたぞ。

「あかりにちょっかい出したらぶっ飛ばす」
「俺にそんな勇気は無い!!」

お前それ言いきるなよ、男としてどうなんだそれ。誰かがそうぼやいた。山本はそう言うやつなんだよ。どう足掻いてもその性格は治らないだろう。


「ふーん、手を出す気はないみたいだね」
「寧ろ手を出す輩からあかりさんを守る!」

なんでお前後輩にさん付けしてんの?ぼけーっとその状況を見ていたら山本と及川兄がガシッと握手をした。…なんだあれ、暑苦しい。


「及川さんの中で良い奴と認定してあげよう」
「あっざーす!お兄さん!!」
「お兄さんっていうなぶっ飛ばすぞ」

及川兄は、どこまでいっても及川兄らしい。つまり残念人間と言う事で。「じゃああかりの事をすきなのって誰なのさー」と倒れ込む黒尾に馬乗りし、胸ぐらを掴んで揺らし始めた。チンピラの喧嘩かよ。「や、めろ…徹…なんか、内臓…内臓的なものが…うぐ…っ」宙お泳ぐ黒尾の腕、目線がなんとなく俺の方を向いているような気がするけど、見えない見えない気のせいだな。「夜久…たす、け…」なんか聞こえるけど聞こえないし気にしない。練習試合で賭け事なんか始めたお前らが悪いんだ。

少し体力が回復して、ドリンクを取りに立ち上がろうとして…研磨に足を掴まれた。うつ伏せ状態で表情は見えない。


「…研磨、大丈夫か?ドリンク飲むか?」
「…飲み物ですら吐きそう…でも、喉乾いた…ひりひりする…」
「ドリンク持ってきてやるから取り敢えず仰向けになれ」
「……しぬ…」

生きろ研磨。本格的にヤバそうな研磨に持ってきたドリンクを飲ませる。一息。「…夜久さん」いつもより更に覇気の無い研磨に「どうした?」と顔を向ける。


「このままだと、全員死ぬ」
「お、おお…そこまで深刻か…」
「うん、だからごめん」
「なにがだ?」
「…ごめん。あかりのお兄さーん」


…ん?研磨が及川兄を手招きする。「なになにー?ネコのセッター君」と駆け寄って来た。あ、俺は察した。


「あかりのことすきなの、夜久さん」

まさか研磨が裏切るとは思ってもいなかった。呆然とする俺と「へぇー?そうなんだ、へー?」と俺の頭を鷲掴みする及川兄。あ、おれしぬ。にこにこと笑う及川に俺は引き攣った笑みを浮かべた。


「そっかそっかぁ…夜久ちゃんがねー、へー」

鷲掴みされた頭がミシミシと音を立てているのは気のせいではないだろう。なるべく目を合わせないようにする。目を合わせたらマジで殺される。つーか夜久ちゃんってなんだ夜久ちゃんって。

「夜久ちゃんはさ、あの馬鹿妹の何処が良いわけ?根暗でいつもおどおどしてて、可愛げなくて居るだけで空気が悪くなるような奴」
「…おいクズ川、思ってもないこというんじゃねーよ」
「はぁ?心の底から本音だし」

言ってる事とやってる事が違うんだけど。取り敢えず掴まれた手を思いっ切りは無い退けた。及川兄の発言には、気に障るものがあった。及川兄が拗らせているのは分かっている。でも如何せん堪え難いものがある。なんであかりは、こんな事を言われなければいけないのだろうか。俺は、知っている。あかりは一度も、
俺は溜息を吐いた。ギッと及川兄を睨みつけると、少しだけたじろいだ。

「あいつ、あかりはどれだけお前に暴言吐かれても、及川兄の事を嫌ってなかったよ。確かにおどおどした性格ではあるけど、それを治そうとこっちで頑張ってる。最近友達も増えて楽しそうにしてる。部活だって、入部して数日だけど一生懸命なのは伝わってくる」

最近、主に黒尾にきっつい事言えるようになったしな。人付合いだって慣れてきた。及川兄にそこまで暴言を吐かれる謂われはない。体育館に居る全員が、俺らに注目する。
俺の言葉に、及川兄は顔を歪ませる。目が、揺らいだのが分かった。気にするものかと俺は続ける。


「お前が『そういう性格』っていうのはわかってるけど、可愛い後輩への暴言って聞いてて良くは思わない。あまりあかりを悲しませる事言わないでくれるか?」
「…うるさい」

俺は、あかりから一度もある言葉を聞いた事が無かった。「兄に嫌われている」とはしょっちゅう聞いていたが、あかりから及川兄への『その言葉』は一度も無かったはずだ。自分が悪いと自分を傷つけて、それで自己完結をしてしまう。あかりの悪い癖。


「お前さ、あかりに一度でも「嫌い」って言われた事ある?」


「――うるさいよ!」

及川兄が声を荒げた。数名が目を丸くする。荒い息、目を伏せうわ言のようにうるさいうるさい、と言う。ギッと俺をひと睨みして、及川兄は体育館からふらふらと出ていった。


「…あいつには良い薬だな」
「お前んとこの主将使い物にならなくなったら悪い」
「粗大ごみの日に捨ててくるから気にすんな」

ちょっとトドメ刺してくるわ。と岩泉は及川兄を追いかけ体育館を出て行った。…トドメという名のフォローか、良い相棒じゃんか。俺は重い息を吐いた。


「夜久、徹の傷抉ったな」
「…あかりへの暴言聞いてたらやっぱり言い返したくなって」

ははは、徹ざまぁ!と黒尾が笑った。青城数名も「それな」と笑う。奴の味方は岩泉だけなのか。岩泉ですら味方か怪しいけど。「あーあ、つっかれたー!もう片付けて帰ろうぜ」と立ち上がる。ほんとに疲れた。ポキポキと骨が鳴った。
つんつん、とジャージの端を引っ張られた。


「どうした?研磨」
「…夜久さん、あかりへの気持ち言わずにあやふやにした」
「ばれたか」
「お兄さん、立ち直ったら絡んでくるよ絶対」
「…心しておく」

ところで、そこに倒れてるやつ未だにピクリとも動かないけど大丈夫か?



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及川兄の傷を抉る回
倒れてる奴=国見君
折角練習試合おさぼりできたのに、エンドレスゲームで駆り出されグロッキー。生きろ国見。
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