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居残りも
楽じゃない



「今頃、先輩たち試合中かな…」
「時間的に、片づけしてるよ多分」
「…俺も、行きたかった」
「今日もバスケ、楽しかったでしょ?」

そりゃあ楽しかったけど!楽しかったけど!!とリエーフ君が地団駄を踏んだ。今日も練習サボってバスケ部にお邪魔していた私たち、けしてバスケ部ではない。だからこそ今日も部活終わりにバスケ部面々からすごく勧誘されたのだ。リエーフ君はわかるけど、なんで私もなのだろうか。私を勧誘するたびに東月君が手を滑らせたり足を滑らせたりしていた。もう普通に殴ってもいいと思うんだ、そんなわかりやすいことしなくても。そんなこんなで満身創痍だったバスケ部部員さんたち。そしてありがとう東月君。

「リエーフ君、帰りにご飯でも」
「おーい、リエーフー!おいかわー!」

背中に声を受け、振り返ると手を振る二枝君が居た。隣には東月君。「なー、一緒に飯食いにいかねー?」という二枝君の言葉に私とリエーフ君は顔を見合わせた。


「ちょうど」
「行こうと思ってた!」
「そう、それはよかった」
「…ハッ!ちょっと待て…お前ら2人で行こうとしてたって事は…放課後デー」
「おっとまた手が滑って二枝に蹴りを入れてしまった」
「!?」

とても素敵な棒読みだった。しかも手が滑って足が出るという何とも素敵な矛盾。がくんと倒れ込む二枝君を見下ろし「あ、コイツの発言はすべてにおいてシカトしていいから」と東月君が言い放った。痛みに悶える二枝君の姿にちょっとだけ心が揺らぎ「だ、大丈夫?」なんて声を掛けたら「及川、地面に話しかけて何してるんだ?」と本気で首を傾げる東月君。うん、ごめんね二枝君。今は二枝君の存在を抹消させていただく。東月君は逆らっちゃいけないタイプの人だ。目線を地面(二枝君)から離した。

「どこ行こうか、マック?」
「いつも先輩達と行ってるファミレスは?色々あるし…稲荷寿司は無かったけど」
「地獄坦々麺とかあるよ」
「いいね、二枝に食わせよう」

あ、二枝死んだ。とリエーフ君が笑った。…別に、死ぬほど辛くは無いけどね。「俺辛い物食えないの知ってんだろー!おまえらー!」とよろよろと立ちあがる二枝君。あ、死んだこれは死んだ。「ぜってー食わないからな!」二枝君が言うがどうも…フラグにしか聞こえない。そんなことを思いながら私たちは歩き出した。





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【東月進夜の話】



さて、馬鹿とリエーフと及川でファミレスに来たわけなんだけど、今まで一度も来たことが無かったファミレスだった。学校から然程遠くないのになんで今まで来たことが無かったのだろうか。どうやらバレー部御用達のファミレスらしい。店内は割と賑わっていたがすぐに座ることが出来た。即行でドリンクバー!と手をあげるリエーフ。なんかこういうタイプの人間はドリンクバーでいろんなもの混ぜ合わせて不思議ドリンクとか作るんだよな。二枝がそれだ。及川はひたすらお茶飲んでそう…なんて及川に目を移すと、すでにメニューを開いていた。早いな及川。こういうのはのんびり眺めているイメージだったけど。何やら悩んでいる及川のメニューを覗き込む…激辛メニューのオンパレードだった。なにこの激辛フェア…激辛・超辛・地獄…すげー楽しそう。二枝に食わせよう。というか及川辛い物好きなのか。女子って甘い物好きじゃないんだな。
一方馬鹿二枝は即行スマホを見る。いやそれよりメニュー見ろよ。…コイツの飯は超辛の何かに決定。麻婆豆腐とかで良いか。決定。さて、俺は何にしようか…。


「えーっと、ドリンクバー4つとハンバーグセット、親子丼、超辛麻婆「ちょっとまてそれは誰の注文だ」おまえだよ「あー!俺は醤油ラーメンで!!」…チッ、すいません麻婆やめて醤油ラーメン…と」
「地獄カレー…あ、でも麻婆食べたくなっちゃった…」
「…えーっと、地獄?麻婆でお願いします」

「はーい、ではご注文を確認させていただきます。ドリンクバーが4つ、ハンバーグセットがおひとつ、親子丼がおひとつ、醤油ラーメンがおひとつ、地獄麻婆がおひとつ。オプションで辛味増し増しで」
「!?」

なに辛味増し増しって。及川なんで親指立ててる、なんで店員も親指立ててる。仲良しか。何も言わずにオプション追加って…ていうかオプションてなんだよオプションって。「少々お待ちください。ドリンクバーはあちらになりますので」と店員さんは行ってしまった。誰かツッコミ手伝ってくれ。

「地獄辛味増し増しって…」
「あかりいつもの事だよな」
「うん」

なんともまぁ恐ろしい。
聞くところによると及川は甘いものが嫌いらしい。…そういえば隣駅に激辛煎餅売ってる店あったな…。今度買ってきてやろうか。あ、ちゃんと二枝の分も買ってくる安心しろ二枝。「…今なんか寒気がした気がしたんだけど」気のせいだ安心しろ。
「今日はカルピスに何割ろうか」なんて席を立つリエーフと二枝。なんつー平和な阿呆なんだ…俺は頬をついて二人の背中を見送った。





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「…及川、それ食うの…?」
「うん、当然」

サッと口を押える二枝君。見てるだけで口が痛いそうだ、ちょっと意味が分からない。私はレンゲで目の前の麻婆豆腐を掬う。赤いしとろみがすごい。これは…久しぶりに手ごわいかもしれない。もしかしたらこの店のラスボスかもしれない。いつもの店員さんと目が合った。ぐっと親指を立てられて。ぶいっとピースサインを送る。よし、行くか。

「お、及川!水用意しておくか?お茶?コーラ?」
「いらない」
「大丈夫大丈夫、あかりぺろっとたべちゃうから」
「リエーフ君一口いる?」
「絶対死ぬからやめて」

そう…残念。そう思いつつレンゲを口に運ぶ。…辛うま…この山椒の辛さ…美味しい、すごく美味しい。あ、ちょっとひりひりする。でも普通に食べられる…美味しい。


「…なんか普通に美味そうに食ってるんだけど…及川、美味い?」
「超おいしい」
「俺こんなにテンション高い及川見るの初めてなんだけど。顔は無表情だけど。…なぁ及川、一口くれない?」

おお、東月君本当か。おいしいよこれ。やめとけよ東月…と止める二枝君を余所に私はレンゲに麻婆豆腐を掬う。それを持ち上げ


「はい東月君」
「…」
「……あーん」
「…………」

とんでもないものを見るような目で見つめられた。視線はレンゲの麻婆豆腐ではなく私で、東月君の隣に居る二枝君も信じられない、と言った顔をしている。…?なんでそんな視線を向けられるのだろうか。

「ちょっと、そのレンゲを一回下ろそうか及川」

…やっぱりいらない?なんて聞くと「違うそうじゃない」と返された。とても深刻そうな表情をして。何が違うのかさっぱりだ。私の隣に居るリエーフ君も首を傾げる。


「及川、それは平然とやってのけちゃいけないやつだ」
「そうだぜ、それはリエーフに」
「お前は黙れ」
「俺流石にそれは食べられない」
「リエーフも黙れ。及川、女子同士なら俺だって何も言わない。でもそれは異性にやっちゃいけないやつだ」
「それ?」
「あーん、って」
「リエーフ君と黒尾先輩にはよくやってるよ」

からーん、と東月君は箸を皿の上に落とした。無表情、無。それからバンッ!と東月君は机を叩く。

「…バレー部にまともはやつは居ないのか…っ!」
「夜久先輩はそれするとすごく怒る」
「まともな人居た…!でも安心できない」
「東月、それ俺がまともじゃないって言われてる気がするんだけど」
「そう言ってるんだけど。及川、まぁ今男子3人と女子1人で飯食いに行ってる時点で俺が言うのもお門違いかもしんないけど、異性との距離感をしっかり保とうな?今の話松本に行ったら絶対怒るぞ」
「まつもっちゃん、及川大好きだもんな。最近リエーフ見る目が鋭い気がするもん」
「えっ」
「リエーフのパーソナルスペース異常だからな」
「彼カノだったら問題な」
「黙れ二枝」

ちょっと東月君の話についていけない。もぐもぐと麻婆豆腐を口に運ぶ。まぁ確かにリエーフ君のパーソナルスペースは近すぎる。黒尾先輩も。近づきすぎるとほんと、電柱が迫っている様で圧迫感が半端無い。最近慣れてきてしまっている自分もいて…ちょっと距離を置いてもらおうかな、心の距離ではなく物理的距離という意味で。そんなことを考えていたら「ぶっちゃけさぁ」と二枝君が口を開いた。うん?私はレンゲを皿に置く。


「付き合ってないの?リエーフと及川」
「ないだろ」
「ない」
「あかりとは親友!」
「つっまんねぇ答え!」
「リエーフ君大型犬だから」
「…エ、俺犬!?」
「あー…なるほど、飼い主と犬か…」
「…あれ、可笑しいな。すげーしっくり来るぞ…カップルよりこう…しっくりくる」
「むしろカップルがしっくりこねーよ」

リエーフ君と顔を見合わせる。なんか耳が見えた気がした、錯覚錯覚。恋人とか、無いね。うん、ないない。

「だって私なんかより可愛い子や良い子世の中にはたくさんいるもん。寧ろ私底辺だもん」
「突然のネカティブ…及川自分卑下しすぎじゃ」
「!よーし及川!俺は普通に及川のこと可愛いって思ってるし、結構いいなって思ってるから取り敢えず俺ら付き合っ」
「二枝、普通に殴るわ」
「!?」

とても鈍い音が店内に響いた。今日だけで二枝君は何回ど突かれているのだろうか…というか東月君も手痛くないの…?そっちが心配だよ。


「なんで東月いつも邪魔すんだよ!」
「松本から釘刺されてるから。特に二枝は何かしでかしそうだから容赦なくやっちゃって、って言われてる」
「やっちゃって!?やっちゃってってなに!?まつもっちゃんゆるふわ系のくせになんか言ってること怖い!?」
「二枝君二枝君」
「なーに?及川」
「あーん」
「……」
「二枝君あーん」

ぴしり、石のように固まる二枝君。突き出すレンゲ、そして赤。


「…なぁ東月、なんでとめねーの?」
「え、お前及川の事好きなんだろ?チャンスだぞ、ほら食え」
「いやー…それとこれとは話が」
「食えよ」
「…うっす」

ぱくっと一口、のち
卒倒。「あ、死んだ」とリエーフ君と東月君の声が合わさった。合掌。


「楽しそうだな及川」
「二枝君面白いね」
「ボケかましてるのかと思ったら意外と小悪魔だと気付いた」
「東月君も食べる?」
「すいませんでした無理です」
「残念」
「ほんと楽しそうだな」

うん、毎日きらきら楽しいよ。



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テンションが高くて誰これ状態のあかりちゃん
二枝君はいじり倒すもの
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