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【だれかの話】




ふと、彼女の事を思い出した。長いこと、会っていない気がする。確か今年高校に上がるはずだ、どこの高校へ行ったのだろうか。うちの学校では一度も見た事は無い。間違っても、青葉城西ではないだろう。あそこには、彼女が苦手とする及川徹がいる。どうせなら、うちの学校へ来ればいいと思った。しかしそれを口にする事は無かった。何かと迷っている様で、結局自分の中で明確な答えを持っている人間だ。何を言っても、意味の無いことだ。







昔の話だ。
偶然に見つけた彼女をひっ捕まえた。名前と顔は知っていた、及川徹の妹。唯それだけではあったが。
何故、そんな話になったのかは憶えていない。兄と一緒に居ないんだな、とかそんな俺にとっては些細な話だった。ただ、彼女からしてみればそうではなかったらしい。

「比べられて、笑われて、なんだ及川の妹は平凡以下なのか、なんて溜息を吐かれるのはもう慣れた。でも、どんなに経っても徹に怒鳴られるのは慣れないし、きらい。両親に、酷く優しくされるのも嫌い、だいっきらい」

彼女は無表情にそう言った。もう、諦めきっているように思えた。「いっそのこと、世界中から無視されて、居ない存在として扱ってくれればいいのに」そう彼女は続ける。今思えば、彼女はいつも以上に沈んでいたように思う。誰に、何を言われたのかは俺の知るところではない。
この時、俺は何を思ったのか彼女に向かってボールを投げた。軽く宙を舞ったボールは彼女の頭に直撃する。この時初めて無以外の表情を向けられた。まぁ、ただ睨まれただけなのだが。

「なにをしますか」
「出来心だ」
「意味が分かりません」
「受けてみろ」
「訳が分かりません」
「やってみればわかる」

感覚的には、子供相手に投げるようなボールだった。投げるボールを彼女は睨みつけ、そして


「おい」
「なんですか」
「キャッチするな」
「受けろって言うから」
「返してみろという意味だ」
「無理です」
「軽く投げただけだろ」
「バレー出来ないです」

体育の授業だって、色々言われて隅っこでおサボり状態ですし。岩泉さんに少しだけ教わった時も徹に睨まれたので、それ以降ボールには触ってません。そういう彼女に「じゃあ教えてやる」そういうと全力で拒否された。そこから、只管不毛な攻防が続く。俺は只管ボールを投げ、彼女は只管ボールをキャッチした。1度も落とさずにキャッチしていたのだから、教え込めば綺麗に返したのではないだろうか。

「というか私に近づかないでください」
「なぜだ」
「徹が嫌いな人が私に近づいたら、また徹が不機嫌になります」
「お前の兄はお前の友人関係にまで口出しするのか」
「…誰が、誰の友人ですか」

ぐしゃり、頭を撫でた。まぁ、友人と言うよりは妹感覚ではあった。「…まぁ、徹は貴方の事嫌っているようですけど、私はそれほど嫌いじゃありません」という彼女に、俺は少なからず喜んだ。









「若さん暇なのですか」
「ロードワーク中だ」
「高校生活はどうですか?」
「中学の時よりは充実している」
「それはなにより」
「お前の方は」
「相変わらず、です」

よく彼女は公園の石垣に座って一人で本を読んでいた。あまり、家には居たくないらしい。ロードワーク中、俺は少し止まって会話をする。彼女は自分の話をあまりしない、俺は入ったばかりの高校の話をする。「高校生になっても、私はどうせ変わらないんだろうな」と呟いた彼女の瞳、は。



「それより、若さんおでこどうしました?」
「…ぶつけただけだ」
「若さんって妙にドジ発動しますよね。ちょっと屈んでみてください」

あかりが俺を見下ろす形になる。さらり、あかりの髪が頬を掠る。顔が近づき、額に唇が触れた。

「……痛いの痛いのとんでゆけー、って言った方がよかったですか」
「痛くはないが。言うべきところはそこなのか」
「こうされると、男子は赤くなると雑誌に書いてあった、とクラスの女子が言っていたのですが若さんはなりませんね」
「なんの雑誌だ」
「…さぁ…」
「他のやつにはやるな」
「やる人が居ません」

そういう話ではない。が、まぁその点は安心だな。俺は立ち上がり、ぽんぽんとあかりの頭を撫でてまた走り出した。若さん、そこの曲がり角で塀にぶつからないでくださいね」というあかりの言葉を背に受けながら。

その日、塀にはぶつからなかったが体育館入口の階段で足を引っ掛けた。



【牛島若利の話】



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無表情ズの話。あかりが中学1年からのお知り合い。勿論徹は知らない。実は2人は兄妹なんじゃないかってくらい徹より兄妹兄妹してる。
そしてドジっ子若さん。無自覚に妹扱い。
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