▼△▼


きっと
明日は踏み出せるわ



…あ、朝だ。目覚ましを見るとまだ5時過ぎだった。まだほんのりと薄暗い空。…今日って土曜日だったなぁ、と布団に潜り込むけど流石に寝過ぎたのか目が冴えていた。昨日8時に寝たし、こんなに寝たのは初めてだ。
今日は、どうしよう。買い物に行こうか……体育館へ足を踏み入れるか。顔を洗い、鏡越しの自分の見る。隈、大丈夫。頭、ぐしゃぐしゃ、いつも通り。ドライヤーで髪を整える。朝ご飯がない、材料もない。仕方ないからコンビニ行こう。今日はやっぱり買い物行かなきゃかな。ここで私は自分の決めた事を遠ざけている事に気づく。…早めの方が、良いんだろうけど…でも。

ぐぅ、とお腹が鳴った。そう言えば昨日の夜ごはんも食べてない。…これは逃げじゃない、買い物行かないと食べるものがないから、行かないだけ。そう自分に言い聞かせて私は取りあえず財布を持ってコンビニへと向かった。6時18分。








朝のメニューなんてあるんだなぁ、あんまりこういうの食べないから、おいしそう。誘惑に負けた私はコンビニではなくマックに来ていた。むー、何にしようかなぁ。とんとん、と肩を叩かれた。振り返ると、金…プリン頭の孤爪先輩がいた。未だに先輩か、2年か3年かもわからないけど。

「おはよう」
「…お、はようございます」

早いね、なんて言われた。孤爪先輩も随分と早いと思うんだけど。孤爪先輩「えっと、ぷちパンケーキとアップルパイ2つ」と注文していた。女子力…。ほら、早く頼みなよと言われ新作(多分)のハンバーガーとポテト、コーラを頼んだ。…女子力…。
そして何故か孤爪先輩と一緒に座る。孤爪先輩は相変わらずスマホ…ではなく今日はゲーム機を弄っていた。

「孤爪、先輩は」
「研磨でいいよ」
「……孤爪さんは」
「研磨」
「研磨さんは、随分早いですね」
「Wi-Fi繋げてゲームしたかったから。部活まで時間潰す」
「そ、そうですか…」
「敬語も要らない」
「……う、」

リエーフに話すみたいでいいよ、なんて無茶振りを言う。「善処シマス」というと「ん」と短い返事をした。漸くゲーム機を置き、目の前のパンケーキに手を伸ばす。私も食べよう。

「朝にしては、…いや、なんでもない」
「…昨日の夜から、何も食べてなくて」
「ああ、なるほど。じゃあ納得」
「ポテト食べます?」
「ん、パンケーキいる?」
「あ、甘いもの苦手です」
「えっ」

どうぞ気にせずポテト食べてください、とトレーを押しだす。私はコーラに口をつけた。コーラ飲むの久しぶり。この不健康極まりない味が何とも…半年に1回くらい飲みたくなる。甘くてそんなに好きじゃないけど。

「ねぇ」
「は…じゃない。うん?」
「寝不足、大丈夫?」
「9時間寝たので大丈夫です。その前にも7時間ほど」
「…なんか、余計な事言ったみたいでごめん」
「そんなこと、ない。…アップルパイ美味しい?」
「…あつい。ゲームしていい?あ、一口食べる?」
「いらないです」

アップルパイ片手に、研磨さんはまたゲームをしだした。…ナゲットも食べたい。食べ終わった紙をくしゃくしゃに丸める。「帰る?」と聞かれたので首を振って「ナゲット買ってきます」とレジへと向かう。

「まだたべるの」
「お腹空いてるんです。食べます?」
「敬語」
「たべる?」
「ん。…貰ってばっかりじゃ悪いからやっぱり」
「いらない」
「…そう」

ナゲットを口に放りこむ。辛さが足りない、マスタード足りない。もぐもぐと食べていると「今日、来る?」と聞かれた。見透かされているようだ。「食糧がないです」と言うと「…明日も部活あるから」と言われた。じゃあ明日行きます。そう言うと、研磨さんは一目私を見て「うん」と答えた。少し、笑ったように見えた。



▼△▼


「クロが来るから、あかりは早く行きな。きっとまた絡まれるから」そう研磨さんに言われ私は店を後にした。まだスーパーが開くには早すぎる時間だ。他に時間を潰すような場所もないし、一度寮に戻る。私は学校へと足を進める。あ、前方に赤いジャージ。私は駆け出す。

「夜久先輩」
「っ、と。あかり」
「おはよう、ございます」
「おぅ、おはよ」

寝不足、大丈夫か?その言葉に私は頷く。「部屋に戻って、9時間くらい寝てました」そういうと「それは寝過ぎだな」と笑われた。私もそう思う。

「随分早くから外に居るな」
「お腹が空いたので、初の朝マックしてました。研磨さんと一緒に」
「…へー」
「あの人、女子力高いですね。パンケーキとアップルパイ食べてました」
「それを飯と認めるわけにはいかないぞ研磨」
「私はハンバーガーとポテトとコーラ、あとナゲット食べました」
「滅茶苦茶食ったな…研磨とあかり食べるもん逆だろ」
「私、甘いもの苦手です」
「そーだったな」

つーか研磨も早いな、あいつ朝弱いのに。そうぼやいた夜久先輩に「Wi-Fi繋げてゲームしたかったらしいです」というと凄く納得された。研磨さんはゲーム好き、憶えておこう。

「あかりがこれからどうすんの?」
「…え、と…食料がないのでスーパー開く時間になったらもう一回外出て食料調達してきます」
「おやつも買う?」
「あ、せっかくだから買います」
「おやつに?」
「ぬれせんべい」
「ははは。なんか煎餅とかって微妙に高いよな」
「ですです。でもぬれせんべい好きですけど、そんなにしょっちゅう食べたいわけじゃないのでお財布にはそんなに痛くないです」
「あ、そういえばさ。最近たい焼き屋ができたんだよ。駅の近くに」
「クリーム、だめです」
「ハムたい焼きとかタコたい焼きとかあった」
「タコなんですか鯛なんですか」
「たい焼きだろ」
「たい焼きですか」

たい焼きがゲシュタルト崩壊です。ちょっと食べてみたい。「…今度行くか?」そういう夜久先輩に思いっきり頷いた。




部室棟前、すでにジャージ姿の夜久先輩は部室棟に来なくてもそのまま体育館に行けたのでは…なんて口にしたら「荷物置かなきゃだし」と言われて納得。私に付き合わせてしまったのかと思った。…そういえば、昨日ここで言えなかったこと。今なら、言えるかな…。息を吸う。口を開こうとしたとき夜久先輩の声が私を遮った。

「昨日さ、悪かった」
「……なにが、ですか?」
「あー…と、顔触ったり」
「?気にしてませんよ。私の隈酷かったんでしょう?」
「まぁそこそこ」
「ご心配をおかけしました」
「いや、それは良いんだけどさ…あの時黒尾が変な事言って」
「え、ああ…あのキスがどうとか…です?」
「気に、するなよ?」

気にするなよ、なんていう夜久先輩の顔が少し赤いような気がして。だから、出来心。夜久先輩はあの人と違って表情豊かだから、うん。
私はぐいっと夜久先輩の胸元を掴んで自分に近づける。そんな私に呆気を取られ「え」と声を漏らす夜久先輩。顔と顔が近づく。約10cmの距離。両手で夜久先輩の頬を包む。


「これくらい近づかないと、キスしてるように見えないですよね」
「は」

手を放し、私は夜久先輩と距離を置いた。虚を衝かれたような夜久先輩の顔に、私は少しだけ笑ってしまった。

「お、ま」
「ごめんなさい、ほんの出来心です」
「……、すげーナチュラルだったんだけど。なに、誰かとしたこと、あるの」

すこし悩む。自分の口元に指を添える。「さぁ、どうでしょうか」そういうと「は、え…は?」と夜久先輩は狼狽えた。くすり、私は笑う。どっかの誰かさんとは大違いだ。


---------------------
ちょいちょい出てきました「とある方」
次で登場です。
<< | >>