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かすむ、視界
うつるもの



「おはよう、ございます」
「…うわっあかりどうしたの!?」

リエーフ君の大きな手が、私の顔を包んだ。そしてむにむにとされる。「うー…」と声を上げると「あかりしんじゃう!?」とリエーフ君が慌てた。死なないよ。


「おはよう、なにして…ひゃっ!?あかりちゃんどうしたの!?」

松本さんが声を上げた。どうやら私の顔は、だいぶ酷いことになっているらしい。確かに朝鏡で顔を見たら目の下の隈とか酷かったけど。考えないようにしていたはずなのに、いろいろ考えてしまっていて、気付けば夜が明けていたのだ。流石に5時過ぎまで起きてたのは初めて。その後睡眠1時間ほど。むにむにされている顔が気持ち良い。リエーフ君、手おっきいなぁ。

「ただの、ねぶそくだよ」
「寝不足ってご飯沢山食べたら治る?」
「なおらないよ、なにその病気」
「あかりちゃん保健室行く?」
「んー…だいじょうぶ。授業中ねる」

幸い一番後ろの席だし、ばれないばれない。それより教室行こうよ、と歩き出して…あ、れ?ほんの少しの段差に足が引っかかり、ずるりと足が滑る。あ、ぶつかる。
衝撃、そしてブラックアウト。
リエーフ君と松本さんの叫び声が聞こえた気がした。ねむい。










「…?ここ、どこ」

起きると白い天井、カーテンで囲まれたベッド。…保健室?何でこんなところで寝ているのだろうか、思い出せない。物音一つない部屋、静かにカーテンを開けてみると先生は居なかった。時計は…え、5時間目?え、あれ、朝のホームルームは?お昼は?そろり、ベッドから抜け出す。なんか、おでこに違和感があって触ってみるとガーゼのようなものがつけられていた。…なんか、思い出したような…?荷物なんかも全部保健室にあって、鞄から携帯電話を取り出した。画面を付けるとラインのメッセージ通知、だいぶ前のものだ。タップすると「音駒仲良しグループ」と命名されたグループ、そしてメッセージ。

<あかりちゃんの寝顔げっと>

……うん。
そこに貼られていたのは多分ここで撮られたのであろう私の写真。

<黒尾最低だな、ブロック推奨>
<て言いながら保存するだろ?>
<しねーよお前じゃあるまいし>

<ちょっと黒尾さん!あかりの心配してください!>
<だって可愛かったんだもん>
<もんとかきめぇ>
<あかりちゃんめっちゃ可愛い寝息立ててた。むにゃむにゃしてて。これアイツに送ってやろう>
<最低だ>
<最低です。あいつって誰です?>
<えー秘密っ>
<うざっ>


ぽちぽちと文字を打つ。


<黒尾先輩きらい>

既読はすぐついた。2件。見ていないのはきっと夜久先輩だ。この時間は授業中なのだから当たり前と言えば当たり前だ。

<あかりおきた!大丈夫!?>
<えーきらいってどういうことあかりちゃん>
<だいじょうぶ。黒尾先輩そのままの意味です、ブロック良いです?>
<よくないですゴメンナサイ>
<あかり授業終わったら迎えに行くから!>

と、突然ガラガラと保健室のドアが開いた。さっと携帯電話を隠す。保健の先生だった。「あら及川さん起きたのね、大丈夫?」と言う先生にコクコクと頷く。

「おでこ、思いっきり言った割には怪我は酷くないし、どちらかというと寝不足が祟ったわね。不眠症?」
「…違います、ちょっと悩んでて考えてたら朝になってました」
「あらー、先生カウンセリングもやってるわよ?」
「大丈夫です。悩んでても、結局自分の中では答えが出てたみたいなので」
「青春の香りがするわね」

そういうと先生は棚からティーポットを取り出した。「どうせこの時間から授業出たって仕方がないんだから先生とお茶しましょう?先生生徒の青春話聞くの好きなの」先生がそんなんでいいんでしょうか。…まぁ、いっか。どこに隠していたのか、大量のお菓子を机に置く先生に苦笑する。

「さて、及川さんはどんな青春してるの?」
「………青春の、定義を」
「部活、恋。あ、勉強は無しね」

学生の本分は学業では。「あらあら、勉強なんて専門職以外何の役にも立たないわよ?就職試験では勉強してないと苦労するけど、結局中学高校大学で勉強したことを生かす場面なんて殆どないわよ。転職しちゃえばもう意味ないしね」すごいこと言う先生だ。「あ、これ校長に聞かれたらマズイから秘密ね」と唇に指を押し当てられた。生徒にも言っちゃいけないと思います先生。

「で、青春は?」

これは、答えないと逃げられないパターンでしょうか。
5時間目が終わるまで口を噤もうかと思ったら「だめよ、高校生は甘酸っぱい青春送らなきゃ!」と、それこそリエーフ君が保健室に迎えに来てくれるまでお説教が続いた。あと、知りたくもない先生の恋愛事情も聞いてしまった。去年入ってきた2年担当の国語の先生が気に入っているようで、頑張ってください国語の先生。



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担任の先生にだいぶ心配されてしまった。「両親に連絡入れる?」とまで言われてしまい慌てて首を振った。ただの寝不足なのだ、迷惑はかけられない。あの人たちは、とても優しいからきっとすごく心配させてしまう。
取り敢えず今日はもう帰りなさい、と言われたが…帰りなさいもなにも、もう放課後である。職員室を出る時、保険の先生と目が合い親指を立てウィンクされた。お辞儀して逃げるように職員室を出る。なるべく国語の先生に目を向けないようにした。保健の先生、危険人物。あの人すごいグイグイくる。しかも何故か「バレー部に好きな人がいる及川さん」と認定された。何故だ。私は殆ど喋ってないというのに。そういえば先生早口すぎて変なところで頷いてしまったような気がしなくも…ない。今更否定したところで「なに照れてるの及川さん、可愛いわねぇ」なんて言いかねない。寧ろもう言われた。あきらめる。今後あまり近づかないようにしよう。心の中でそう誓った。

とぼとぼと歩いていると部室棟の前でジャージ姿の夜久先輩に会った。私を見た瞬間、なんだか複雑そうな顔をされた。…?不思議に思っていると「いいや、うん。なんでもない」と言われる。どうしたんだろうか。「それより、あかり大丈夫か?」という言葉に頷く。


「大丈夫、です。…なにがあったのか微妙に思い出せないんですけど」
「リエーフが言ってたけど、段差に足ひっかけてそのまま壁に激突だって。そのまま動かなくなったらしくてリエーフが「あかりが死んだー!?」って騒ぎ立てて」

何だろうか、その状況が容易に想像できてしまう自分がいる。しかし、リエーフ君にもあの場に居た松本さんにも悪いことをしてしまった。寝不足で足元がふらついて、壁に激突。そして意識を失う。迷惑極まりない私…。


「で、なぜかあかりを担いで3年の教室きて「黒尾さん、夜久さん!あかりが死んだ!」って…思わず殴ったね。保健室連れて行けよ」
「…ご迷惑を、お掛けしました…」
「いやいや。すやすや寝息立ててるあかり見て黒尾大爆笑してたから後で蹴ってやれ。…まったく、いつ行ったんだか寝顔まで撮ってるんだから、もう思いっきり良いぞ」
「徹底無視を執行します」
「…お、おう」


「えっと、夜久先輩」
「ん?」
「……あ、の」


昨日…というか夜通し悩んで、結局最初から持っていた答えを導き出して。そのことを言おうと口を開くが、いざ口を開こうとすると…声が出なくなってしまった。ああ、やっぱりぐちゃぐちゃだ。私は、結局。

何も言えない私に、夜久先輩が腕を伸ばした。

「お前まだ隈あるぞ。早く帰って寝、」

するり、私の目元を夜久先輩の手がなぞる。夜久先輩の指、ちょっと冷たい。みんな夜久先輩の事小さいって言ってるけど、やっぱり女子から見たら大きくて。指だって男の人の指だ。ごつごつとしてて、でも優しくて。
…?あれ、なんか夜久先輩の顔が、赤、い?
そんなことを思っていたら夜久先輩の背後…私の正面の部室のドアが開いた。「夜久まだいるかー?俺のサポーター知ら、ね…?」黒尾先輩が顔を出す。黒尾先輩の動きが止まる。夜久先輩が、振り返る。

「え、なに君たちキスでもするところだった?ごめん邪魔して。続きドウゾ。あ、ちょっとまって。スマホもってくるからちょっと待って」
「黒尾、殺す」
「…さーて、サポーター探すかなぁー」

今までに聞いたことの無い、夜久先輩の低い声に私の身体が固まった、するり、私の目元に触れていた指は離れ

「あー…と、うん。あかりは早く帰って寝ろ。わかったな?」
「……、う、ぐっ…はい…」

何故か力いっぱい頭を掴まれた。頭っていうかおでこ?夜久先輩の手で前が見えない。というか痛いです夜久先輩。取り敢えず返事をすると手は離れ、同時に背を向けられた。

「、俺部活行ってくる」
「あ、はい…頑張ってください」
「…おー」

そういうと、夜久先輩は前進した。あれ、部活…?物凄い勢いでバレー部の部室であろうドアを思いっきり開く。ガンッ!ってドアらしからぬ音が聞こえたけど、壊れてない?ギギギギギ、と歪な音を立ててドアが閉まっていった。閉まったドアの向こうから「黒尾てめぇええええ!」という怒号と「夜久おま、顔真っ赤!!」と大爆笑が聞こえた。
…掴まれた頭を撫でる。丁度ぶつけたところ掴まれて若干痛かった。摩りながら「夜久先輩、よくわからないなぁ」なんて呟き私は寮への道を歩き出した。確かに、顔が近かったけど、キスするような体制では、なかったよね。うん。黒尾先輩も夜久先輩も変なの。
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