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【夜久衛輔の話】




朝練を切り上げる。他の面々はもう教室に行ったようだ。「あー…朝からしぬ…夜久さんのおにー…うう、あかりー…」と体育館床にぶっ倒れるリエーフに渇を入れた。こいつあかりのこと好きすぎるだろ。「はいはい、早く教室戻ってあかりに会ってこい」と背中を叩くと「…!うっす、お疲れっした!」とまるで弾丸のようにリエーフは走り去っていった。おい、廊下を走るんじゃねぇ。
さて、俺も戻るか。なんて教室に戻ってみると既に黒尾が席に座っていた。おい、お前が座ってるのは俺の席だ。「よぁ、昨日の話が聞きたくてよ」と黒尾は俺の席を立つ。


「で、昨日は何があったんだ?」
「昨日リエーフとあかりを泣かせた挙句、テンションが可笑しくなって肩組んで写真撮りまくってた。見るか?」
「見る見る。つーかなに?なんであかりちゃん泣いたの?」
「いじめてねーぞ」
「知ってる。嬉し泣きか?」
「だいすきって言われた」
「何がどうしてそうなった。羨ましい…っ」

ま、こっちはこっちで楽しかったけどな、男同士だけど。肩を落として黒尾は笑った。表情に、首を傾げる。不敵な笑みではなく、呆れた笑みだった。


「思いの外、徹が拗らせてた」
「呼び捨てとか仲良しか」
「割と仲良くなったぜ?『お前なんかにあかりはやらないから!』って言われた」
「要注意人物に指定されないか?」
「結構面白い奴だぜ徹。俺の予想通り妹大好きツンツンツンデレ兄貴だった。あかりちゃんの前ではほぼデレ皆無な」
「あかり、結構酷い事言われたり、されたりしてたらしーぜ?」
「それに関してはアレだ、徹も自覚してるから。なんか暴言吐くだけ吐いて自室籠ってすげー落ち込むらしいから。言い過ぎたどうしよう嫌われた…とか言って」

そんな落ち込み方するくらいなら、もうちょっとなにかできなかったのだろうか。なんだかなぁ、と俺は溜息を吐く。当本人達には失礼だが、かなりくだらないすれ違いなのでは。


「せっかく勇気を振り絞ってデレを出そうと、入学式の御祝に腕時計をかってさ、さて渡そうかと思ったら」
「もう家を出た後だったと」
「徹に何も言わずに東京に来たらしい。なんかもう、徹の心のダメージヤバかったらしいぞ。1日寝込んだって」
「どんだけだよ」

そして翌日からのあの大量のメールか。こえーよあかり兄。


「あかりはさ、兄が嫌いな自分を変える為に一人家を出たんだってよ」
「実は嫌ってない兄、不憫」
「自業自得だろ」
「徹に厳しいな?なんか不憫すぎるから俺は徹の味方になってやるつもりだけど」

お前、縁が云々って話どうしたよ。「えーだって、徹を徹底的にデレさせた方が楽しいと思うんだ」と笑う黒尾。お前はいつも楽しそうだな。俺は、ちょっとムカついた。いくら拗らせた結果だったとしても、あかり兄のあかりに対する暴言や行動が目に余るものだし。なにより、あかりがああなった原因は間違いなくあかり兄で。そんな自業自得人間に、どうして手を貸してやろうと思うのか。

「でもあかりちゃんは徹と仲良くしたいって思ってる筈だぜ?」
「…まぁ、それもそうなんだけどさ」


可愛い後輩を、いじめっ子兄に返してやるにはまだ早いと思うんだ。そう言うと、黒尾はそれはもう楽しいおもちゃを見つけた子供のように笑った。


「ほんと、みんなあかりちゃん大好きだよな」


はは、本当にな。と俺は笑った。
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