大好きを共にして
ナルトとの修行中。
昼食を買うため、オレは一旦里に戻った。
(今日はどこの弁当にしようかな)
毎度同じというのも飽きてくるし。そろそろ選ぶのも手間に感じる頃合いだ。
看板を眺めて歩いていると、知っている気配が目の前に降り立った。
「カカシ隊長!」
「もう隊長じゃないけどね」
「わたしにとっては隊長です」
テンゾウがオレのことを先輩と呼ぶのと同じ感覚なのだろう。
腕に暗部の印を刻まれた彼女は、歴としたオレの後輩で。付けていた狐の面を外したと思ったら、その細腕からは到底想像に及ばぬ力でオレの胸ぐらを掴み上げた。
「そんなことどうだっていいんです!昔のテンゾウ先輩を返してください!」
「昔のテンゾウ……?」
彼女の手を解いて聞き返すと「惚けないで」と怒られる。
「わたしを檻に三日三晩閉じ込めてくれやがった、あのドSですよ!」
そういえば、そんなこともあったっけ、と記憶が脳裏に蘇った。
テンゾウとこの子と一緒に任務に当たったはいいが、どうにも二人の馬が合わず、顔合わせたら喧嘩ばかりで。テンゾウが「躾し直します」と言うから任せておいたが、結局芋虫の一歩程度の距離しか縮まらなかった。
「そのドSがどうしたの」
「昨日たまたま会った道中で、普通の人になってて気持ち悪かったんですよ」
「いや、普通の人でしょ」
「ドSが妙に優しかったんです。アレは絶対裏があると思う……」
「んー」
テンゾウはこの子のことを『頑固者』と言うし、この子はテンゾウのことを『ドS』と罵る。その相手が優しくなったというなら、喜ばしいことだと思うけど。それとも、ひょっとして。
「お前、実はそういう趣味だったとか」
「ないです。貴方自分のカノジョなんだと思ってるんですか」
弄り甲斐のある子だと思ってる。
と、言いそうになってやめた。怒られそうな気がする。
キャンキャン吠えながら戯れてくるところが、子犬みたいで可愛いなと思ってる。
と、言い直そうと思ってやっぱりやめた。オレまでドSで括られそうな気がする。だから。
「可愛い子だと思ってるよ」
端折って伝えたら彼女は目を見開き、スッと視線を逸らした。口をきゅっと結んでは、ほんのり色付いた両頬が軽く膨らむ。
(照れてる)
微笑ましくて目を細めると、彼女がチラリとこちらを見ては堪忍したように肩を竦めた。
「それ、テンゾウ先輩も同じ顔してました」
「え」
「やっぱりうずまきナルトでしたか。隊長のみならず、先輩まで絆したのは」
いい加減正式にライバル認定するしかないか、と零れた言葉にオレは首を傾げた。
「ライバルってなんのこと」
「カカシさんの心を絆す相手です」
「オレの、心?」
彼女は後ろ腰につけたポシェットから巻物を取り出した。
「貴方のカノジョになったわたしのライバルは、カカシ隊長に想いを寄せるくノ一や女性たちじゃあありません」
「じゃあ、誰」
「ガイさんとテンゾウ先輩とパックンたちです。それからナルトも。
みんな隊長を想ってて、その心と表情を豊かにするから」
「え」
「わたしもそう有りたいので、勝手にライバルにしてます」
初めて聞いた宣言に少なからず驚いて彼女を見つめると、向こうは向こうで目を丸くした。
「あれ。隊長、聞いてませんでした?」
「なにを」
「わたしが三日三晩檻にいた時、テンゾウ先輩と言い合ってたことです。どっちがカカシ隊長のことをより慕っているかって話してたの覚えていません?」
気配感じたから、てっきり聞かれたのだと思っていましたが。
そう言われて、オレは後輩に任せっきりにしていたあの晩のことを、再び記憶から引き摺り出した。
(睡眠取ってたらふと目が覚めて、覗きに行ったような)
確か、三日目の最終日だった。
木の柵を挟んで二人で向かい合って座っていた。一見、ただ睨み合ってるようだったが、目を凝らすと声なしで口だけ動かして言葉のドッヂボールをしているのが見て取れた。
『ボクはお前の先輩だよ。ボクの方が先輩のことを長く見てるし、ボクの方がよく知ってる』
『大切なのは長さではありません、愛の重さです。重量と分厚さです。重さなら負けません』
『それならボクだって負けてない。カカシ先輩の頼みなら、たとえどんなことでも根を上げない覚悟だからね』
『それはわたしだって同じですよ。むしろ頼まれていないこともやります』
『それはありがた迷惑でしょ。先輩はそういうの笑顔で受け取るけど、内心苦手なタイプだって分からないのかい』
『先輩もご存知ないんですか。内心苦手だって思ってても、その心の奥ではちょっぴり嬉しかったりしてるんですよ』
『!じゃあ、ボクももう一歩踏み出せば』
『そうです!テンゾウ先輩のことを自慢の後輩で、わたしのことを自慢のカノジョだって認めてくれるに決まってます!』
『こら。なに、どさくさに紛れて先輩のカノジョになってるの』
『これからなるんだから、今なったって同じじゃないですか。好きの大きさなら負けませんから』
『じゃあ、ボクたちはライバルってことか』
『そういうことになりますね』
あー、思い出した。
真夜中に何くだらないこと話してんのよ、コイツら。だから、三日間徹夜とかアホなことしないでちゃんと睡眠取れと言ったのに。
そう思って早々に切り上げた翌朝。
芋虫の一歩程度の距離しか縮まらなかった理由がコレだったのか。当時、必要ないなと思って丸々記憶から消してたけど。
「オレのために争わないでよ」
「素でそれ言う人初めて見ました。恐ろしく似合いますね」
「それほどでも」
彼女は開いた巻物から、三人分の弁当を口寄せしてオレに差し出した。
「任務からつい昨日帰ってきたのですが。カカシ隊長が部下の修行してるってことを、テンゾウ先輩が教えてくれたんです。弁当でも作ってあげたらどうかって。あの人は普段、ライバルに塩を送るなんてことはしないので驚いてしまって」
ああ、テンゾウが優しかったっていうのはそういうことね。
(でも、弁当買いに行くのが面倒だから焚きつけただけだと思うよ、って教えてあげた方がいーのかな)
とはいえ、カノジョの手料理は逸品だ。
それを修行の合間に食べられるのは純粋に嬉しい。やはり、何も言わないでおこうと思った。
(よくやった、テンゾウ)
持つべきはデキる後輩と、可愛いカノジョだな。……とはいえ。
(自分も疲れてるだろうに)
オレは、こちらに差し出す彼女の手を取りそっと引き寄せてその額にキスを落とす。
「ありがとね」
「どう致しまして」
笑顔を返したら、はにかむ照れ笑いに不意打ちを受け、ついその甘い唇を食んでしまった。
外でされたことに恥じらってか、びくりと肩を揺らして離れようとする彼女の後ろ頭に手を回し、啄むように繰り返し触れる。彼女の下唇を軽く舐めてからそっと離れた。
「ん、ごちそーさま」
触れるだけのキスだと言うのに。
彼女の熱い息が唇に触れ、口元がゆるりと弧を描く。
「……隊長の馬鹿。大好きです」
「オレも大好きだよ。だからーーー」
無理せずちゃんと休んでね。
耳元で囁くと、彼女は「それを言うなら隊長もですよ」と口を尖らせる。耳が痛いのを苦笑いで誤魔化して、彼女の頭を撫でた。
「オレを気遣ってくれるのは嬉しい。こうしてお弁当を作ってくれるのも嬉しい。会ってくれるのも嬉しい。でも、お前が元気で笑っていてくれることが一番嬉しいから」
そう告げると、彼女は真っ赤に熟したトマトのような顔色を面で隠す。
「わたしも、カカシさんが元気で笑っていてくれることが一番嬉しいです」
と一言落とし、一瞬でその場を立ち去った。
「ふっ、そういうところだよ」
お前はオレがナルトに絆されたと言う。もちろん、その自覚もあるけれど。
それを言うなら、それよりずっと前にも絆されている。
(今だって)
暗部に身を置きながら、入ったばかりの頃と何ら変わらない。何色にも染まろうとしない。『頑固者』にね。
オレは口元を布で覆い直し、まだ温かい弁当を抱えて演習場へと踵を返した。
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桃良さぁぁぁんっっ!!なんっって素敵なお話!!相変わらずの会話のテンポの良さ!
そして夢主の事が可愛くて仕方ないんだろうなってひしひし伝わってくるカカシ先生の表情!!仕草!!
全てが最高でした。こんな素敵な甘いお話を書いてくださってありがとうございます。。
これからもサイトTwitter等でお話ししましょう。大好きです。
ハル
2023.1.9