両片思い
上忍待機所「人生色々」
ここにいると、決まって現れる一人の男。
俺の事を"永遠のライバル"だと豪語するソイツは、けたたましい音を立て扉を開き目の前に来るや否や、やれライバル勝負だのやれ熱い青春を送ろうだの、飽きもせずに挑んでくる。
慣れてしまえばなんて事はないし、ライバル勝負も一種の修行だと思えば結果的に自分の為になったりもする。……だが、ここ最近どうにも困ったことがある。
それは―――……
「カカシィィイイイイイッッ!!!」
(まぁた来たよ……飽きないねぇホント……)
待機所でいつものように読書をしていた時、部屋の外から聞こえた声に小さく溜息を吐く。
勢いよく開かれた扉から現れたのは外見も中身も濃い男で、ズンズンと近づいて来て俺の目の前で足を止めると、キラリと歯を輝かせた。
「カカシよ!!勝負だ!!」
「ヤダ、お断りします」
「何故だ!?この熱き魂を拳に乗せ互いにぶつけ合いたいとは思わんのか!?」
「あのね、昨日勝負したばっかじゃない。俺もそんなヒマじゃないの」
「む、確かに昨日は俺としたな…ならば今日は別の者が相手だ!!」
その言葉に本のページを捲る手を止め視線を上げると、待機所の扉が開き一人の人物が早足で近づいてくる。そしてガイの横で足を止め、
『はっ、はたけ上忍!!今日は私と勝負しましょう!!』
そう言葉を発したのは、後輩のくノ一……名前だった。両の手で拳を握り、若干頬を染める名前を見て本日二度目の溜息が漏れる。
「ねぇ、名前どーしたの。なんでガイみたいなこと言い始めちゃったのよ」
ここ最近の悩みごと…それはガイのライバル勝負を受ける度に名前も挑んでくるようになったということ。
最初挑まれた時は何かの冗談かと思ったが、どうやら彼女は本気らしく度々こうして俺の前に現れて勝負をしましょうと言ってくるようになったのだ。
「カカシよ!名前はお前と熱き青春を送りたいのだと、そう俺に涙ながらに訴えてきたのだ!!いい加減受けてやれ!!」
『!?ちょっ、ガイさん変なこと言うのやめてください!!それに私泣いてませんから!!』
「いいや、俺の目には見えていたぞ!!お前の瞳の奥に揺らめく熱い「はーい、ストップ。ガイは黙ってて」
名前と話したいのにガイが口を挟むばかりでまったく話が進まないので、どうにか言葉を遮り名前を見ると更に顔を赤らめて俺から視線を外す。
「……で、名前。なんでまた勝負?俺とそんなことして何の意味があるの?」
『………え、っと……その……』
「何か理由があるんでしょ?ほら、相談あるなら乗るよ?」
『………っ……』
まぁ、何でこんなことをしているかなんて大体の予想はついているのだが……それでも敢えて知らぬふりをして問いかける。
と、暫く俯いていた名前が勢いよく顔を上げ、
『……っ兎に角、私はたけ上忍が勝負受けてくれるまで諦めませんから――っ!!』
そう叫ぶと、そのまま背を向け走って待機所を飛び出してしまった。
その後を追うようにガイも部屋を後にし、二人が出て行った扉を無言で見つめていると。
「…カカシ、お前そろそろちゃんとしてやれよ。お前がそんな態度だから名前がおかしくなっちまうんだろ」
隣で一部始終を見ていたアスマに呆れ口調で指摘されてしまった。
「えー…俺のせいなの?アレは」
「とぼけんなよ。…わざとだろ、その態度」
「いやぁ、ハハ…まぁ、ね?」
やはりこの男には全てお見通しだったかと頬を指で掻きながら名前の事を思い浮かべる。
名前と任務を共にこなすようになり数年。
最初こそ先輩として俺の事を純粋に慕ってくれていた彼女が、いつからか好意を寄せてくるようになった。
女性からそういった感情を向けられるのは別に初めての事ではなかったのだが、
名前の純粋でいじらしいアピール、そして一々頬を染める初々しさに自身も次第に気持ちが芽生え、いつしか彼女の事を好きになっていた。
けれど俺を振り向かせようと一生懸命な名前を見るとどうにも可愛く、からかいたくなってしまうもので。その姿を見続けたいが為に自分の気持ちを隠し彼女の気持ちにも気付かぬフリをし続けていた。
(……でも、まさかこんな風に攻めてくるようになるなんてねぇ……)
大方自身の気持ちが伝わってないと思い、切羽詰まって俺のライバルであるガイに相談したのだろう。
そして青春バカのあの男が勘違いをし、今に至ると。
(ほーんと、相談相手間違っちゃってるよ名前…)
せめて紅とかアンコにすればいいのに、変なところで天然が入るというか……まぁ、そこが可愛いところでもあるのだけれど。
「でもこのまま変な方向に行くのもイヤだし、アスマの言う通りそろそろ行動に移そうかな」
「漸くか……今まで散々振り回したんだ、今後は存分に甘やかしてやれよ?」
「いやいや、これからもたーっぷり揶揄うよ」
「……名前に同情するぜ、まったく」
「好きな子ほどイジメたくなるタイプなのよ、俺」
「嫌われねぇ程度にしとけよ?」
「分かってるって」
***
『はぁ……』
「む!?どうした名前!!溜息などお前らしくもない!!」
第三演習場。
待機所からその場所へと足を運び木陰に腰を下ろして深く溜息を吐いていたら、目の前に立っているガイさんに声をかけられた。
『ガイさん…本当にこれでいいんでしょうか?』
「何を言っている!これだけカカシにアタックをし、そしてヤツも少しずつ応えようという気持ちが芽生え始めている!!それ即ち、お前の熱い想いが伝わっているという事ではないか!!ただの後輩という立ち位置が変わる日もそう遠くはないぞ!!」
『そうですかね…そうだと嬉しいんですけど…』
任務を共にするようになり、いつでも優しく接してくれる彼にいつしか恋心が芽生えて。
"好き"と告白する勇気はなくても食事に誘ったり、一緒にいられて嬉しいという想いを言葉で伝えたりと、少しでも意識してもらえるよう今まで頑張ってきた。
それでも彼には少しも伝わっていないのか、昔から何も態度が変わらず後輩という位置付けから動かない現実に悩んでいた時、丁度目の前を横切ったガイさんに相談をした。
そうしてはたけ上忍の永遠のライバルと言われる彼の指導を受け、今現在このような行動に出ている訳なのだけれど……
『はたけ上忍、これで私のこと少しは女として意識してくれるといいなぁ……』
そう小さくぼやいた時、ガイさんが次に発した言葉で思考が停止した。
「……?何を言っている?お前はカカシの特別になりたいと相談してきた……それは永遠のライバルになりたいと、そういう事ではないのか?」
……………………。
………………………………え?
『え…ちょ、なんですかその話!?私が言ったのは恋愛面での特別って意味だったんですけど!!』
「む、なんだそうだったのか。てっきり俺とカカシのような関係になりたいのだと思っていたぞ」
きょとんとしながらそんな事を言うガイさんを見て一気に肩の力が抜け、彼に相談した自分を後悔した。けれどそれと同時にはた、とあることに気付く。
(じゃあ今までしてきたことって恋愛とは真逆のことだから……)
もしかしなくとも、はたけ上忍が私をそういう目で見る事から遠ざけてしまったのでは――?
『……え、これってマズイんじゃない?ダメな方向まっしぐらなんじゃない!?ガイさんどうしましょう!!』
「知らん!!!」
元々恋愛ごとに疎い彼にバッサリ切り捨てられてしまい、更に絶望に打ちひしがれる。
(……でも、後悔したってもう遅いし……)
それに今までみたいなアピールでは全く気づいてくれなかった。だったら少し別の視点から攻めてみてもいいかもしれない。
そう思い空を見上げると、雲ひとつない晴天に向け新たな決意を胸に意気込んだ。
『……こうなったらもうヤケクソだ!!ただの後輩って位置付けから何としても脱してやるんだから!!』
「おお!!それでこそ名前だ!!」
『よし、早速もう一度勝負を――「なぁに話してんの?」ひゃぁ!!』
突如背後から聞こえた声に驚き、つい前方にいるガイさんに飛びつきそうになってしまった。
しかし腕を掴まれ後ろへ引き戻されると、背中にトン、と何かが触れ、頭上から先程と同じ声が聞こえて。
「こら、何ガイに抱きつこうとしてんの」
見上げると予想していた通り、はたけ上忍がじとっとした目で私を見下ろしていた。
『はっ、はたけ上忍なんでここに!?』
「なんでって、名前と話がしたかったから」
はたけ上忍が私に一体何の用が…と思うも、これはチャンスなんじゃないかと気付く。
思うが否や彼から離れ向かい合い、待機所で言った言葉を再度彼に向け放った。
『は、話がしたいならまず私と勝負してください!』
少しの沈黙。
彼は眉を下げると唯一出ている右目を右手で覆い隠し、盛大なため息を吐いた。
「…だからさ、勝負なんかしてどうしたいの」
『う…っ、い、色々事情があるんです!!』
「事情ねぇ…でも簡単に背後取られた名前が俺に勝てると思う?」
「カカシよ、絶対などと言うものは存在しない!
故に名前がお前に勝つ可能性もゼロではないだろう!!そして勝ち負けより拳を交わし合う事に意味があるのだ!!」
よくわからない持論を言い放つガイさんに再度溜息を吐いた彼が「…あー、もう。」と呟き頭を抱える。
「ガイ、悪いけど名前と2人にさせてくれない?お前がいると話が進まないのよ」
「何故だ!?お前と名前の組手を俺は「しないから。話すだけ。頼むからどっか行って」
組手をしないという言葉にガイさんはあっさり納得し、「名前、よく分からんがこういうのは直球勝負だ!!」などと無責任な事を言い残しこの場を去っていった。
残された私たちの間に少しばかり重たい空気が流れて、何か話さなければと口を開くも中々言葉が出てこない。
「……で、勝負をしたい理由はどうしても教えてくれないわけ?」
私が悩んでいる間に彼がこの沈黙を破り、顔を上げるとまっすぐ私を見据えるはたけ上忍がそこにいて。
『……そ、れは……』
"貴方にどうにか意識してもらいたいからです"…なんて言えるわけない。
私が返事を返せずにいると、彼が「じゃあ質問を変えるよ」と言葉を続けた。
「前から気になってたんだけどさ、なんで名前は他の奴らは下の名前で呼ぶのに俺だけ苗字呼びなの?しかも"さん"じゃなくて"上忍"だし」
『えっと、ですね…何故かと言われると…』
本当は名前で呼んでみたい。
けれど"好き"の二文字を伝える次くらいに、名前で呼ぶのは凄く勇気がいることで。
彼の質問に何も答えられていない…早く何でもいいからそれっぽい理由を答えなければと思っていた時。
「そっか…やっぱ俺って嫌われてたんだ…」
彼が眉を下げ、悲しげな表情で目を伏せた。
『え!?なんでそんな……っ』
「だって俺だけ苗字呼びってめちゃくちゃ壁作られてる証拠じゃない。一緒にいれて嬉しいとかなんとか言ってるのもお世辞でしょ?」
『ち、違います!!私は本当に嬉しいって思ってます!!』
ダメだ、このままじゃ意識してもらうどころかどんどん誤解されていっちゃう……!
『あ、あのじゃあ……っはたけ上忍が嫌でないのなら名前で呼びたいです!!』
意を決してそう伝えると、彼は「うん、どーぞ」とニコリと微笑んで。
その笑顔を見ただけで顔に熱が集まるのを感じた。
『カ、カカ……カカ……』
「……俺の名前そんな"カ"ばっかじゃないんだけど」
緊張で震える手をぎゅっと握って小さく深呼吸をし、彼の名を呼ぶ為再度口を開く。
その時、何故かガイさんに言われた言葉が脳裏をよぎった。
―――・・・・
「名前、よく分からんがこういうのは直球勝負だ!!」
―――・・・・
(……そうだ。どうせ、名前で呼ぶなら……)
いっそのこと、このまま―――
『私…っ、カカシさんが好きです…!!』
顔を見られず俯き、目を硬く閉じて漸く伝えられた。
ずっと呼べなかった名前も。
ずっと言えなかった想いも。
(……でも、どうせ振られるんだ……)
彼はなんて言うのだろう。
謝罪の言葉を口にして、後輩にしか見れないからと言うのだろうか。…いや、そもそも女として見れないって言われ――
「うん、知ってる」
『………へ?』
発せられた言葉が予想していたものと違い、つい気の抜けた声がでてしまった。恐る恐る顔を上げると、彼が優しい眼差しでこちらを見つめていて。
「お前の気持ち、ずっと前から知ってたんだ」
『え、し、知ってた………?』
「そ。お前があんまりいじらしいアピールしてくるから、つい知らないフリしてたのよ」
彼は一歩近づくと私の頭の上にポンと手を置いて。
「俺もお前が好きだよ、名前」
そう言って、右目を弓形にし微笑んだ。
…言われた言葉をすぐに理解できなくて。
それでも少しずつ、少しずつ頭の中に浸透すると同時に視界もぼやけていく。
「あーもう、泣くなよ」
彼が困った顔をして、頭に置いていた手で涙を拭ってくれた。
その手も声色も全てが優しくて、気持ちの整理がつかなくて涙ばかりが溢れてしまう。
『だ、だって…っ知ってた、って…!しかも俺もって…っ、し、信じられな…っ』
「はは、そうだな。俺が悪かった」
ごめんごめん、なんて言いながら私の身体を引き寄せて抱き締めてくれて。そうして暫く背中をさすってもらい落ち着いた後、自身も遠慮がちに広い背に腕を回す。すると彼も抱きしめる腕に力を込めてくれて、胸の奥が熱くなった。
『…あれですね、結果的にガイさんが恋のキューピットですね』
「……変なこと言わないでよ。想像しちゃったじゃない、気持ち悪い」
その言葉に思わず笑っていると彼が抱きしめていた腕を解き、親指で私の唇をそっとなぞって。
「ね、そんなことよりもっと名前呼んで」
触れる指に、先程同様顔に熱が集まるのを感じつつも、言われた通り彼の名を口から紡いだ。
『カカシ、さん…』
「うん」
『……カカシさん』
「うん」
『カカ……んぅっ』
一瞬、だった。
気付いたら唇に温かい感触が降ってきて、視界はカカシさんでいっぱいになって。
恥ずかしさに目を瞑ると腰を引き寄せられ食むようなキスを繰り返される。
漸く唇が離れた時、初めて見た彼の素顔に更に鼓動が跳ね上がった。
『カ、カカシさんマスク……っ!』
「ん?そりゃキスするなら外すでしょ」
『それはそうですけど……ってキスも!!なんですか急に……っ!!』
「だーって名前が可愛すぎてつい」
『か!?かわ……っ!?』
(可愛いなんて今まで言われたことなんてなかったのに……!)
想いが通じた途端この甘い対応に心がついていかず、しどろもどろする私に彼は変わらずニコニコと笑みを浮かべている。
「そんな顔真っ赤にしちゃって…これ以上のことすると名前はどうなるんだろうね?」
『こ、これ、以上……とは?』
「…え、なに知りたいの?」
言った瞬間しまった、と思ったが時すでに遅しで。
ふわりと体が宙に浮き、気付いたときには横抱きに抱えられていた。
「仕方ない、積極的な名前ちゃんに応えて今からじっくりたーっぷり教えてあげよう」
『へ!?あ、いえあの、いいです!!
もう分かりましたからいいですってば!!』
「大丈夫、存分に可愛がってあげるから」
『展開が早過ぎてついていけません私!!』
「頑張って慣れてちょーだい」
私を抱きながら軽やかに駆ける彼の横顔は至極楽しそうで。
その顔を見て抵抗する気力も失せてしまった。
……片思い時期に散々彼に翻弄されていた私。
漸く想いが通じて両思いになったけれど、これからも変わらず翻弄され続けるのだろうと彼の腕の中で小さく溜息を吐いた。
――それでも、そんな日々も悪くないなと思いながら。
fin.