19忍というもの
***
翌朝、私は予定通り退院することができた。
そして帰り支度をしていると、朝早くにも関わらず昨日知らせを受けた紅さんが病院まで来てくれた。
「名前!!大丈夫なの!?昨日お店で襲われたって……!」
『紅さん!はい、大丈夫ですよ。特に異常もなかったので退院もできましたし。』
不安げな顔でこちらを見つめる紅さんにこれ以上心配をかけないように笑顔で答えると、彼女はホッと息を吐いた。
「そう…それなら良かったわ。じゃあ一度私の家に帰りましょう。それから準備をして本戦の会場に向かうわ。」
『わかりました。私、初めて忍の方が戦っているところを観るので本当に楽しみです!』
そう言うと、紅さんは優しく微笑んで「そうね、じゃあ行きましょうか。」と家へと歩き出した。
あの後、紅さんの家で準備を終えアスマさんと合流する。
彼も私の顔を見た途端焦った表情で体の心配をしてくれたが、私が笑顔で答えると安堵の表情に変わった。
そして――――――………
『……すごい……』
中忍試験本戦が行われる会場…その場に到着し驚きに言葉を失っていた。
まさかこれ程大きな規模で行われるとは思っていなかったからだ。
「まぁこの試合、各国の大名達も注目してるからな。…じゃあ中に入るか。」
私が会場を茫然と見つめているとアスマさんがそう言葉を発し、会場内へと足を進めた。
中に入るとすでに客席は人で埋め尽くされ、試合が始まるのを今か今かと待っていた。
(人混みは……キツいかも……)
目に映る人々の"気"に気圧され、すでに気分が悪くなりそうになるのを必死に堪える。
「……お、あそこちょうど3席空いてるな。」
アスマさんの視線の先を見ると確かに3席分空きがあった。…しかし、中間列の為周りは人に囲まれてる席だ。
『…あの、私1番後ろの手すりのとこで観ます。
立ってた方が見やすいですし…。』
アスマさんと紅さんが席に座る中そう伝えると、2人は不思議そうな顔で私を見つめて。
「でも、ここで見てもあまり変わらないと思うわよ?それに座っていた方がラクでしょう?」
「そうだぞ名前。お前退院したばかりなんだから無理してもいけねぇだろ。」
それはもっともな話だが、私はこの席に座る方が体調が悪くなる。
しかし2人に本当の事を話すわけにもいかない。
(あまりこういうのを理由にしたくはなかったけど…)
小さく息を吐き、意を決して口を開いた。
『…それに、お二人の邪魔になりたくないんです。』
「え?それってどういう…『お付き合いされてますよね?アスマさんと紅さんって。』
私のその言葉に、2人は目を見開いた。
「…え!?えっと、私、名前にその話したかしら!?」
『いいえ。でも…お二人の纏う空気感でそうかなって…』
本当は私が見える"気"でわかったのだけど、それは言えない為言葉を濁す。
「…あ〜、俺達ってそんなダダ漏れか…?」
『…そんな事はないですけど…でも大切な方同士なんだなっていうのは、わかりますね。』
…2人が互いに向け合う"気"で分かるだけだけど。
「……もう少し自重するわね……」
顔を赤く染めバツが悪そうにする二人を見て若干罪悪感を覚えてしまう。
『じゃ、じゃあそういう事なので私後ろ行きますね!』
けれどここにいるのが辛くなってきたので、気まずい空気を出す2人にそう告げ足早にその場を離れた。
そのまま一番後ろの手すりまで辿り着くと、深く深呼吸をする。
(……ここなら、まだ大丈夫そう。)
人が多い事に変わりはないが、それでも囲まれているわけではないのでだいぶ楽になった。
(確か一回戦はナルトくんが出るって言ってたよね。大丈夫かなぁ…)
試合が始まるまでまだ時間はある…そう思い少しソワソワしながらその場で待っていた時、不意に背後から声をかけられた。
「…名前さん、早速約束を破ってどうするんですか。」
驚いて振り返ると、そこには昨日と同じ面を被ったテンゾウさんの姿。
『テ、テンゾウさ「まったく…あれだけ先輩が1人になるなと言っていたでしょう。何故紅さん達のところで一緒に観ないんです?」
…しまった、"気"の事ばかり考えて約束の事すっかり忘れてた。
むしろそれを条件に私がここに来るのを承諾してくれたのに、いきなり約束を破ってしまったものだからテンゾウさんの"気"は若干怒りを含んでいた。
『えっと…ごめんなさい。私人が沢山いるところだと気分が悪くなってしまうので…なので、この場の方が体調も崩れないのでいいかなって…。』
「…わかりました。ここで観戦してください。ボクは姿を見せないよう、なるべく近くで護衛しますので。…では。」
私の言葉にテンゾウさんは深くため息を吐くと、その場からフッと姿を消した。
(……どうしよう、絶対後で怒られる……)
どうも2人が言うような危機感を持てない自分がいる。
命を狙われたことなんて一度もないから、現実味が湧かないのだ。
そんな事を思っていると、また別の誰かに声をかけられた。
「…あれ?名前さんじゃない!!まさかこんなところで会えるなんて!!」
そちらを見ると、サクラちゃんが笑顔で手を振っていた。
そしてサクラちゃんの後ろには、以前カカシさんの素顔を見る為に共に作戦に協力してくれたいのちゃん姿も。
『サクラちゃん!…それに、いのちゃんも!』
「名前さんじゃなーい!久しぶりね!1人で観戦に来たの?」
『えっと、途中まではアスマさんと紅さんといたんだけど…ここの方が見やすいから私だけ移動したの。』
「そうだったのね〜!…あ、でも名前さん!
そこの席空いてるから一緒に座りましょう!」
そう言っていのちゃんが指をさしたのは、丁度私が立っている手すりの前の席だ。
『ほんとだ、気付かなかった…うん、じゃあご一緒してもいいかな?』
最後列で通路側の席だから、ここなら大丈夫だろうと思いそのお誘いを受ける事にした。
そうして暫く二人と談笑していた時、会場のざわめきが一際大きくなった。
「あ!ナルト達でてきたみたいよ!」
サクラちゃんの言葉に闘技場に視線を向けると、この本戦に出場する子たちが一列に並び客席に顔を向けていて。
そこでふと、ある事に気付く。
(……あれ、サスケくんがいない。)
その事に気付いたのは私だけではなかったみたいだ。
「サスケくん、まだ来てないみたいね…」
いのちゃんは不安の声を漏らし、サクラちゃんは目を伏せ何か思い詰めた顔をしていた。
(…確か、カカシさんが側にいるはず…)
だからきっと大丈夫、彼らは必ずこの会場に来るはずだ。
そう思い、尚も不安そうな表情をする2人に笑顔を向ける。
『大丈夫、サスケくんは絶対来るよ!
それまで信じて、他の子の応援をしよう?』
「……そうですね!初戦はナルトがでるし、ちゃんと応援してあげなくちゃ!」
「私も、折角だからシカマルも応援してあげなくちゃねー!」
2人の纏うソレが少しだけ明るくなった事に安堵し、再度闘技場に目を向ける。
すると既にその場には審判と一回戦で戦う2人だけが残っており、あとの子たちは場外へと下がっていた。
そして――――――
「では、第一回戦……始め!!」
審判の声が響き、中忍試験本戦が始まった。
―――――――・・・・
『……すごい……、』
初めて見る、忍の戦い。
それは私の理解の範疇を優に超えていた。
影分身の術で一斉に攻撃を仕掛けたナルトくんだったが、ネジくんはその攻撃を回転で弾き、更にものすごいスピードの"突き"でナルトくんに打撃を与えた。
私はその姿を追うのに必死で、一体何をしたのか、どこにどんな攻撃をしたのかさえわからなかった。
(……あんな、まだ子供なのに……)
その壮絶な戦いを見て、息を呑む。
昨日カカシさんから言われた言葉を、今この瞬間やっと理解できた。
――"ここは、それ程平和じゃない"――
――"命を狙われる事だってある"――
まだ12.3歳の子どもが、これだけの戦いをする世界。
ならカカシさん達は、どれだけ命の危機に晒されて今を生きているのだろう。
茫然とその戦いを見つめながら考えていると、ネジくんが自身の過去の話を始めた。
その話もまた、私には計り知れない程の悲しみと闇が詰まったものだった。
ネジくんが話している時の彼の纏うソレも、ナルトくんがその話を聞いた後に変わったその"気"も。
すべてが辛くて、悲しくて――――……
「……名前さん?」
『……え?』
気付いたら、涙が溢れ出していた。
「え、ちょっと名前さんどうしたの!?」
『あっ……ごめんね、なんでもないよ……』
彼らの纏うソレを見て、つい感情移入し過ぎてしまった。
(…感情が目に見えるのも、慣れたはずなんだけどなぁ…)
この世界に来てから、どうも涙腺が脆くなっている。
心配するサクラちゃんに涙を拭き笑顔を見せ、再度場内に視線を戻すとナルトくんが反撃を開始していた。
先程とはまったく違う動き、スピード。
劣勢だったナルトくんが、徐々にネジくんを押して優勢に立ちつつある。
そして―――――……
「オレが火影になって日向を変えてやるよ!!」
そう叫び、2人は激しく衝突した。その衝撃で2人は別々の方向に飛び、地面に激突する。
土煙が立ち込める中、
最初に立ち上がったのは――――……
『……ネジくん……』
ナルトくんは衝撃でその場に倒れ込み、
意識を失っているようだった。
「…落ちこぼれくん、悪いがこれが現実――」
そう、ネジくんが言葉を発した時。
激しい音を立てて地面を突き破りネジくんの真下からナルトくんが姿を現す。
そして拳を振り上げ、思いきりネジくんの顎下を殴りあげた。
その衝撃によりネジくんはドサリと地面に倒れ込み動かなくなる。
それを見た審判は暫く沈黙し、
遂にその判断を下す―――――……
「勝者―――うずまきナルト!!」
審判の掛け声と共に、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「アハハ…あいつ、勝っちゃった…っ!」
周りの歓声とナルトくんの勝利に、サクラちゃんは嬉しそうに言葉を溢した。
『すごいね、ナルトくん…!あんな凄い相手に勝っちゃうなんて!』
そう笑顔でサクラちゃんに話しかけると、彼女の"気"が不安で揺れ動いた。
『……サクラちゃん?』
「え?…あ、いえ、なんでも『サクラちゃんも、
まだまだこれからだね。』
『これから沢山色んな事を覚えて、吸収して、強くなっていくんだろうね。』
そう微笑むと、彼女も不安げな表情から笑顔に変わる。
「……はい!私だって負けてられないですから!」
力強く言葉を放ったサクラちゃんを見て、ホッと息を吐いた。
(……この世界の子どもたちは、皆強いな。)
私にも、何かできるだろうか。
守られてばかりではなく、私にも何か――……
「あーー!!名前姉ちゃん来てたのか!」
はっとして声がした方に振り向くと、既に闘技場内から客席に移動したナルトくんがこちら目掛けて走ってくる姿が見えた。
『…っナルトくん!!おめでとう!!すっごくかっこよかったよ!!』
笑顔で出迎えると彼は「オレってば、結構やる男なんだってばよ!」と、親指を立てて笑顔で答えた。
そうして次の試合が行われようとしたが、次の出場者であるサスケくんはまだこの会場に到着していない。
本来こういう場合は不戦敗になるらしい。
しかしどういう訳か、サスケくんの試合は後回しにされる事になった。
「とりあえず、首の皮一枚繋がったわね…。」
サクラちゃんがホッと安堵の息を漏らすも、纏う"気"は不安で揺れ動いている。
(……カカシさん、サスケくん……)
絶対来るとは信じているが、私自身もさすがに少々不安になってきた。
そんな不安をかき消すように頭を振り、次の試合に出場するシカマルくんの応援をする為、再度闘技場へと視線を向けた。