07鳳仙花

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***



「やっと帰ってこれた…」

2週間程の予定だった護衛任務。
しかし蓋を開けてみると嘘の依頼だったり、抜け忍との交戦があったりと中々にハードな任務となった。

(……名前はどうしてるかな)

予想より長引いてしまった為、不安にさせているかもしれない。そう思うと早くその不安を取り除いてやりたいという気持ちから、報告書を出すより先に家へと足を進めていた。


(まだ午前中だ、きっと家にいるはず…)


「ただい――『カカシさん!!』


自宅に辿り着き鍵を開錠し扉を開けると、バタバタと走りながらこちらに駆け寄ってくる名前。その目は心なしか潤んでいるように見えた。


『お、おかえりなさい…!どこも怪我していませんか!?予定より遅くて…っ、何かあったのかと…心配で…っ!』

「……あぁ、大丈夫だよ。どこも怪我してない。心配掛けて悪かったな」


本当はそれなりに怪我だってしたし、写輪眼の使い過ぎで倒れたりもしたけど。でも今目の前に居る彼女にこれ以上心配を掛けさせたくなかった。


『そ…うですか…っよかっ…!』


名前は言葉を途切れさせると、次第にその目からポロポロと涙が零れ落ちていく。


――途端に、胸の奥が締め付けられる感覚に陥る。


(……あぁ、好きだ)


目の前で涙を流す彼女を見て、どうしようもなく彼女が好きだと。

そう思ったら自然と手が彼女の方へ伸びていた。
そしてその頭に手が触れ―――


『…っそうだ!私この後出掛けようと思ってたんです!』


涙を拭き、ふぃ、と踵を返し部屋の中へと戻っていく名前。俺の手は行き場をなくし、ただ空を掴んでいる。

……え、なに今の。

明らかに、不自然だった。まるで触れられる事を拒むかのように。


(…気のせいだよな…?)


そんな俺の考えを余所に、名前がギターを抱えて戻ってきた。


『カカシさんはお家でゆっくりされますか?』

「え?あぁ…いや、これから報告書を提出しなきゃいけないから、もう1度出なきゃいけないんだ。…途中まで一緒に行くか?」

『はいっ!』


以前と変わらない笑顔をこちらに向ける名前を見て、やはり先程のは気のせいだったのだと再度頭を撫でる為彼女の方へ腕を伸ばす。
ビクッと肩を震わせ、明らかに俺の手から逃げるように名前が後ずさった。

『「………」』

気まずい沈黙が流れる。


『……っさ、早く行きましょうカカシさん!』

「…………ああ、」


明らかにおかしい名前の態度に動揺を隠せなかったが、彼女に促されるまま外に出て各々の目的地へ歩き出した。







「………はぁ。」

先程から溜息ばかりがでて、肝心の手が動いていない。手元にある報告書はまだ真っ白なままだ。


(なんだ…?俺がいない間に何かあったのか?)


いや、それとも任務へ出かける直前抱きしめたのが原因か…!?
慰霊碑で抱きしめた時"今だけだ"と言ったのに、また抱きしめてしまったものだから怒ったのかもしれない。

そんな事を悶々と考えていると、後ろから声を掛けられた。


「よぅ、カカシ帰ってきたのか。」


アスマが煙草を咥えながらこちらに向かって歩いてくる。隣にはいつも通り紅もいた。


「アスマ、紅。相変わらず仲のいい事で…。今帰ってきて報告書を提出するところなんだけど…。」

俺の手元の報告書を見て、アスマが「なんだ、真っ白じゃねぇか」と言葉をこぼす。


「ちょっと考え事をね…「名前の事か?」

「……は?なんでアスマが名前の事知ってんの?」


アスマの口から名前の名前が出て驚きを隠せずにいると


「名前があなたの取り巻きに絡まれてるのを助けてあげたのよ。」


紅が、爆弾発言をした。


「…………ちょっと待て。今なんて言った?」

「だから、あなたの過去の行いの所為で名前が被害を被ったって言ったのよ。」

意味、わかったかしら?と冷ややかな目を向けてくる紅。


(……だとしたら、今朝のあの拒絶は……)


「……俺、嫌われたかもしれない。」

「嫌われるだけだったらいいけどな。」

「……どういう意味だよ?」

「そのまま家出てったりしてな。」

「………。」


なんて不吉な事を言うんだ、この男は。


「とにかく、あなたの口からちゃんと名前に謝りなさいよ。」


そう、紅に釘を刺され項垂れていると


「カカシさん、三代目火影様がお呼びです。」


三代目から呼び出しがかかった。


(早く報告書を書いて名前の所に行きたいのに…)


心で深いため息を吐き、2人に別れを告げ足早に三代目の元に向かった。





三代目との話を終え、名前がいるであろう公園へと向かう。気持ちばかりが先走って、上手く走れていないような気がする。

やっと目的の場所に辿り着き呼吸を整え公園の中に足を進めると、そこに彼女は居た。
歌うことなく、ただベンチに座り空を見上げている。

俺に気付いた名前がこちらに顔を向けふわりと微笑んだ。


『カカシさん、もう用事は終わったんですか?』

「……あぁ、終わったよ。だから名前を迎えにきたんだ。」


一緒に帰ろう、と声をかけながらギターを背負うと、名前は立ち上がって、


『この公園からカカシさんと一緒に帰るなんて初めてですね。』

そう言って、嬉しそうに笑った。



──────・・・・



家への帰り道、先程三代目に聞かされた話を名前に伝える。


「名前……監視、解けるって。」

『…はい、火影様とお会いした時聞きました』


数日前、名前の監視が解かれる事が決定した。
里に害があるとは判断されなかったという事だ。名前に何か隠し事があると疑っていたが、この3ヶ月何もない事から、そういう結論に至ったと。


「……それと、もう一つ聞いたんだけど……」


心臓の音が早くなる。名前の顔が、見れない。


「住み込みで働かないかって話…ほんと?」

『………』



監視する必要がない今、名前が俺の家に居る理由がない。
そして元の世界に帰るまでの生活を木ノ葉で送る為、きちんと働いて生計を立てなければいけない。

それはもっともな話であり、拒否する方が不自然というもの。


だけど、俺は──────────


『……はい、そのお話、受けようかと思ってます。』


名前のその言葉に、心が急速に冷えていく。


(な、んで…側にいるって、言ってたじゃないか……)



そう言いたいのに言葉が出ない。

咄嗟に名前の方へ腕を伸ばしたが、
彼女はそれに気付き、スルリと数歩先へ進む。


……俺が任務に出ている間、こんなにも距離ができてしまった。


(……っショックを受けてるヒマがあったら、まず昔の俺の行いの所為で名前を傷つけた事を謝るべきだろう!)


そう思い声をかけようとするも、名前が先に口を割った。


『…あ、ホウセンカ!』


何やら見つけたのか、少し離れた場所まで駆け出す。そこには赤い花が咲いていた。


「…ホウセンカ、好きなの?」

『はい、母が好きだったのでよく育ててたんです。…もうそんな季節なんですね。』


これから暑い夏がくるのかぁ…、と言葉を溢す名前。


『……カカシさん、ホウセンカの花言葉知ってますか?』

「いや、知らない……なんて言うの?」


名前が真っ直ぐこちらを見据える。


その顔を、俺はこの先一生忘れないだろう。


――――悲しみと苦しみで溢れた、その微笑みを。






『………"私に触れないで"………』



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