06揺れる心、揺るがぬ約束

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***



「じゃあ留守にする間、家の事よろしくね」
『はい、気をつけて行ってきてくださいね』

いつものように、任務へ出るカカシさんを見送る。でも今日の見送りは少し状況が違う。なぜなら暫くカカシさんは帰ってこないからだ。今回の任務は波の国まで行くものらしく、2週間程帰ってこれないのだそう。


「……あ〜、やっぱり心配だ。名前、本っ当に気をつけるんだよ?変な男に…ガイとかに声掛けられても全力で逃げて、お願いだから」

『……なぜそこでガイさんを出すのか疑問ですが、カカシさんは心配しすぎです!私だって子どもじゃないって何回言ったら…』


その時、カカシさんが私の後頭部に手を回し、そのまま自身の胸へ引き寄せた為言葉が途切れた。


「…ほら、こんな隙だらけなのにまだそんな事言うの?」

耳元で低い声でカカシさんが囁く。

『…っ抱き締めるのはあの時だけって言ってたじゃないですか!』

「あ、そうだった、ごめん。じゃ、これが最後ってことで」

悪びれる事なくそう言うと、パッと体を離し荷物を持って玄関を開けた。

「じゃあ、行ってくる」
『はい、いってらっしゃい』

カカシさんに笑顔を向け、手を振る。バタンと音を立てて扉が閉まり、彼の姿が見えなくなった。

『………。』

振り返り家の中を見ると、そこは普段となんら変わりない静けさなのになぜかその静寂がとても怖く思えて。

『……まだ行ったばかりなのに、寂しいなんて思ったらだめ。しっかりしろ、私!』


2週間なんてきっとあっという間だ。
その間このお家は私がしっかり守らなきゃ。







…しかし、2週間経ってもカカシさんは帰ってこなかった。

(なんだろ…何かあったのかな?)

忍は、常に死と隣り合わせ…そうカカシさんに教えられていた。


―――瞬間、ゾクリと背筋に冷たいものが走る。


(…っ違う!考えたらダメ!!ちゃんと信じて帰りを待つの、じゃなきゃ―――)


その時不意に脳裏に過ったのは、燃え盛る炎と愛しい人の姿。

―――「名前、ごめんな」―――


『……〜っ!』

気付いたら、ギターを持って外へ飛び出していた。夢中で走っていつもの公園へとたどり着くと、ギターを取り出し、音の調整もしないまま思いきり掻き鳴らす。


言葉にならない苦しみは全て歌に吐き出す。
そうしないと、息ができなくなるから。

もう、あんな苦しみは味わいたくない。
あんな悲しみは―――………



「これはこれは、美しい声が聴こえると思ったら名前さんじゃったか」


声を掛けられ、歌うのをやめる。
振り返るとそこには―――


『……っ、火影さま?』

それは、こちらの世界に来た日に会った三代目火影様だった。

『こ、こんなところでどうしたんですか!?』

「いやいや、ちと散歩をの。書類仕事ばかりじゃと息が詰まってしまうのでな、こうしてたまに里を回っておるのじゃ」


そう言いながら火影様がベンチへと腰掛けたので、私もその隣に腰を下ろす。


「しかし、やはり噂はただの噂に過ぎなかったということか」

「……?何がですか?」

「いや、ここ最近公園で歌を唄う幽霊が出るという噂が広まっていての。その声はとても美しいがその者を見たら呪われる、なんて言われておったのじゃ」


なんて物騒な幽霊だ…、と思い聞いていたが、はた、とあることに気づく。


『……それってもしかして……』

「あぁ、おぬしの事だったみたいじゃ」

『………あの、噂の出所は?』

「それはさっぱりわからん」


……その噂流した人、箪笥に足の小指思いっきりぶつければいいのに!

そんな小さな呪いを心の中で唱えていると、火影様がこちらを見て微笑んでいた。


「…少し、元気になったようじゃな」

『…っ!気付いていらっしゃったんですか?』

「先程の歌声は、何かを必死に抑えているように聞こえたのでな。……カカシが、心配か?」

カカシさんの名前がでて、ビクッと反応する。

『……心配です。2週間って言っていたのに、まだ帰ってこないんですから。何か怪我でもしたんじゃないかって…』


言葉に出すと、改めて不安が掻き立てられる。そんな不安を取り除くかのように火影様が話し始めた。


「カカシは、そう簡単にやられはせん。彼奴はあれでも優秀な忍じゃ。…それに、今は貴女という存在もあるからの」

『わたし、ですか…?』

驚いて火影様を見ると、とても優しい笑顔を向けてくれて。

「彼奴はな…辛い過去を背負っておる。それ故に、自分の死を顧みないところがあった。…しかし今は名前さん、貴女を独りにしない為に生きようという気持ちが芽生えておる」

「最近の彼奴を見ていると、とても嬉しく思うんじゃ。…名前さん、貴女のおかげじゃ。ありがとう」


火影様の言葉に、気付いたら頬に温かいものが流れ落ちた。


『…あれ?なんで…わ、わたし…っ』


ソレに気付くと、止める術がないように次々と溢れ出てくる。


これはなんの涙?

わからない、わからないけど。
心が苦しいって叫んでる。


『すっ、すみませ…っすぐ止めま「いいんじゃよ」

私の背中に手を当て、ゆっくりさすりながら火影様は言う。

「涙は、流す為にあるものじゃ」


あぁ、なんで。
なんでここの人達は、こんなにも―――





『…すみません、もう大丈夫です。ありがとうございました』

あの後結局たくさん泣いて、その間火影様に背中をさすってもらった。そのお礼を言うと、火影様はニコリと微笑んだ。


『……なんで忍の方は自分達に厳しいのに、そんなに優しいんですか?』


忍は、涙を流したらダメなのだと教えてもらった事がある。

…忍は、道具なのだからと。

でもそれを教えてくれたカカシさんも、今目の前にいる火影様もとても優しい。自分達は泣けないのに、泣いていいんだと言う。


「そうじゃな……それは、悲しみを知っているからかもしれん。沢山の傷を抱えているからこそ、周りにはその傷をつけて欲しくないと、そう願ってしまうのかもしれんの」


遠くを見つめていた火影様が私に視線を戻し、言葉を続ける。


「しかしそれは、名前さん…貴女にも言えることじゃ。貴女も、悲しみと優しさを兼ね備えている。…ワシにはそう見えるんじゃ」


火影様の言葉に、俯き沈黙する。
私は優しい人間なんかじゃない。こんな自分の事ばかり考えるような…そんなのの、どこが優しいのか。


「……さて、少し長居し過ぎたようじゃな。そろそろ行くとしよう……あぁ、そうじゃ。2つほど名前さんに話があったのを忘れておった」


ベンチから立ち上がり、何やらゴソゴソとした後私の方にある物を差し出してきた。

『…!私のバック!』

それは、以前から火影様に預けていた私のバックだった。中を確かめると携帯なども全て入っている。


「長い間すまなかったの。これで全て返し終えたと思うが…」

『はい、大丈夫です。ありがとうございます』

「そうか、よかった。…して、あと1つの話というのが…名前さん、おぬしピアノは弾けるかの?」

『…へ?ピアノ、ですか?一応弾けますけど…』

「そうか、実はな―――」





火影様と別れたあと家に戻って暫くソファに座り、最後に火影様と話した事を考える。

(私にとっては凄く有難い事だけど…まずはカカシさんが帰ってきたら相談しなきゃ…)

火影様からあんな頼み事されるなんて思わなかったけど、とても嬉しかった。私に、ここで生きる為の居場所を与えてくれているみたいで。

ふと、今日流した涙の意味を考える。


『……私を、独りにしないため……』


それが彼の生きる理由につながる。もしそれが本当にそうだとしたら、彼はなんて優しい人なのだろう。

(……じゃあ、わたしは……?)


私の、生きる理由は?
そんなの簡単だ、だって私は。わたしは―――



―――「名前」―――


不意に聴こえたのは、愛しい人の声ではなく。
銀髪の髪をしたいつも温かい眼差しで私を見る――


『……っな、んで……』

咄嗟に頭を両手で抱え、蹲る。

『蓮…レ、ン……っ!』


先程の想いをかき消すように、愛しい人の名前を呼び続けた。







――――――身体が、熱い。
纏わり付く熱気と、息苦しさを誘う灰色の煙。その中で瓦礫に足を挟まれ身動きができない人の前に蹲る。


『蓮…っいやだ…イヤだよ!!こんなのってない…っこんな…』

「名前、お前だけでも早く『いや!!』

『私は蓮の側にいるの…っ!貴方がいなきゃ…わたしは…っ!』


涙と煤でぐちゃぐちゃな私の頬を、彼がそっと撫でる。そして私の大好きな笑顔で、貴方は残酷な言葉を口にする。


「名前、俺ね…お前の歌、好きだよ……また、きっと会えるから。だから、」


「だから忘れないで…俺の為に生きて、歌って…」


途端、辺りが炎で埋め尽くされる。その炎は蓮を囲うようにして、私と彼を引き離す。


……っ蓮!!イヤ、独りに―――





ふと気付くと、今ではもう見慣れた寝室の天井。部屋の中は自身の荒い呼吸音と、時計の針が進む音だけ響いている。

上半身を起こし、額に手を当てる。その手を見ると、汗でぐっしょり濡れていた。


『そう…だよね、蓮。ごめんね…大丈夫だから』


貴方にまた会えるその日まで、私は貴方を想い唄う。
それが貴方との「約束」―――







『……うぅ……頭痛い』

蓮の夢で目が覚めてしまったあの後、結局寝付けずに気付いたら朝日が登っていた。その為寝不足からくる頭痛に悩まされていたが、それでも1日の日課である歌を歌う為公園へ足を運ぶ。

『……あれ?』

公園にたどり着くと、いつもは誰も居ないのに今日はその公園の中心に人が立っているのが見えた。こちらに気付き、3人の女性が私の方を見る。

「あぁ、やっと来たわね」

その口ぶりから、どうやら私を待っていたみたいだ。

(……3人とも綺麗な人……)

その人達の容姿に見惚れていると「何ジロジロ見てんのよ」と睨み付けられた。

途端に、身体が萎縮して動かなくなる。
…久しぶりに"悪意"を向けられた。

『わ、私に何か用ですか……?』

「貴女、カカシさんの何なわけ?最近一緒にいるところを見かけるけど」

私の問いかけにそう答えた女性からは、悪意のほかに"嫉妬"の感情が見えていて。


―――……あぁ、そういうこと。


『……別に、ただの親戚です』

「はぁ?ただの親戚の分際で、カカシさんと一緒に暮らしてるっていうの?」

『………』

「とにかく貴女が居るとカカシさんに迷惑がかかるの。貴女のお守りをする為に彼が自分を犠牲にしているの、わかってる?」


(そんなの…言われなくたってわかってる)

私が何も発さない事に怒りを露わにした女性が詰め寄ってきた。

「…っわかってるのかって聞いて「おーおー、寄ってたかって一般人相手に何してんだ?」


その女性の声を遮るように、背後から男性の声が聞こえてきた。振り返ると、煙草を咥えている大柄な男性とその横に黒髪の綺麗な女性が立っていた。

「……っアスマさん、紅さん……!」

私の目の前にいる3人は怯えた表情になり「何でもないです…」と言って走り去ってしまった。

「あなた、大丈夫だった?」

ふわりと微笑み、男性の横にいる女性…紅さんが話しかけてきた。


『あ…はい、ありがとうございました。あの、カカシさんの同僚の方、ですよね?』

「なんだ、俺達のこと知ってんのか?」

『カカシさんから少しだけお話を聞いてましたから。アスマさんに、紅さんですよね。…初めまして苗字名前と申します。宜しくお願いします』

「えぇ、よろしくね。…それにしても、あなたに会えると思ってここに来てみたのに、まさかあんなのに絡まれてる所に出会すなんて…あの子達が言ったこと、気にしちゃダメよ?」


カカシは私が懲らしめておくから、と綺麗な笑顔を向けられる。

『いえ…そんな凝らしめるなんてしなくていいです。全部本当のことですから…』

「でも、『すみません、私体調悪くて…失礼します』

紅さんが何かを言おうとしたのを遮り、その場を後にした。






「……こりゃあ一波乱あるな」
「……そうね、あのバカのせいで」


2人はカカシが帰ってきた後の事を想像し、深いため息をついた。

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