05願わくば、今だけ

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***


カカシさんとの小さなケンカ(?)があった日から数日が経った。

あの日の夜、外でご飯を食べに行った時お互いの事を沢山話した。
好きなものや嫌いなもの、カカシさんの同僚の方達の話。最近教え子を持つようになった事。

カカシさんの事を沢山知れて、自分自身の事も知ってもらえて…少しだけ2人の距離が縮まったように思う。

私には言えない事がまだ沢山あるけど、それでも少しずつ彼に心を開いている自分がいる。

それが怖くも、嬉しくもあって。

(今日の御夕飯は何にしようかなぁ…カカシさん和食が好きだからやっぱりお魚?)


『早くカカシさんの好きな秋刀魚の季節にならないか……あれ?』


最近の日課である公園での歌の練習を終え夕飯の買い物をする為お店へと歩いていた時、ふと遠くの方で見覚えのある後ろ姿が目に映る。

彼は私に背を向け、金髪の男の子と何やら話してた。その近くに、桜色をした長い髪の女の子、そして黒髪の男の子がいる。


(あれって……もしかして!)


この間の外での夕食の時に話してくれた話を思い出す。



――――――・・・


「やっとね、俺の想いが伝わったんだ。あいつらが初めてだった。だから今はあいつらの成長が一番の楽しみなんだ」


――――――・・・


そう言って、嬉しそうに笑う彼を見て私まで嬉しくなった。

いつか会わせるよ、と言ってくれていたけど、まさかこんな偶然に会えるなんて……っ!


嬉しさから気付けば4人がいる方へ駆け出していた。あと少しでカカシさん達の場所へ辿り着く、という時にカカシさんがこちらに振り向く。


「…名前、偶然だな。こんなところで会うなんて」


私を見て右目を弓形にし微笑むカカシさん。それを見て私も微笑みながら答えた。


『はい、こんな風に偶然お会いするのは初めてですね!』


そんな風にカカシさんとやりとりしていると、横からひょこっと顔を出した金髪の男の子。


「カカシ先生〜、この姉ちゃん誰だってばよ?」

「あ?あぁ、お前らにまだ紹介してなかったな。この子は俺の遠い親戚で、名前は……」

『初めまして、苗字名前って言います』

言いながらお辞儀をし、金髪の男の子に微笑んだ。

「ふ〜ん、名前姉ちゃんな!あ、俺ってばうずまきナルト!いずれ火影になる男だから覚えてくれよなっ!!」


ニシシ、と人懐っこい笑顔で言うナルトくん。


「へぇ〜…カカシ先生にこんなキレイな親戚がいるなんて…。あ、私春野サクラって言います!よろしくね、名前さん!」


あどけなく笑うサクラちゃんに、私もよろしくお願いしますと笑顔で答える。

ちら、と黒髪の男の子の方を向くと

「……うちはサスケ」

ぼそっと、自身の名前を伝えてくれた。
その様子にクスッと笑い、よろしくお願いしますと答える。


「なぁなぁ!名前姉ちゃんってお昼もう食べたのか!?」

『え?そういえば…まだ食べてない、かな』


私がそう答えると、ナルトくんが目をキラキラ輝かせた。


「じゃあさ!じゃあさ!一緒にラーメン食べに行こうってばよ!一楽のラーメン!!」

『え!?でも私…っ』

「名前姉ちゃん、一楽のラーメン食べたことあんのか?」

『えっと、ないけど…』

「じゃあ尚更行かなきゃだろ!あそこ1番美味いんだってば!」


その言葉にしどろもどろしていると、
横からカカシさんにポン、と肩を叩かれた。


「名前がよければ、こいつらに着いてってやってくれるか?さっき俺も言われたんだが、生憎これから任務でな。」

『……カカシさんがそう言うんでしたら。私もその一楽のラーメン食べてみたいですし!』


そう伝えるとカカシさんは「ん。じゃあこれでこいつらの分も払って食べておいで。」と私にお金を渡し、そのままスッとその場から消えてしまった。


『……消えちゃった』

「カカシ先生ったら、逃げ足だけは速いんだから…さっ!名前さん!一緒に行きましょう!ほらサスケくんもっ!」

サクラちゃんは私とサスケくんの手を掴んで一楽に向けて歩き出した。

後ろで「サクラちゃーん!俺を置いてくなってばよー!」と慌てているナルトくんを無視して。







「…で?名前さんってカカシ先生の彼女なんですか?」

『……んぐっ!』

ラーメンを食べている時にサクラちゃんからの爆弾発言を受け、危うく麺が喉に詰まりそうになるのを水で流し込む。


『…っけほ!サクラちゃ、いきなり変な事聞かないで…っ!』

ケホケホとむせながら涙目でサクラちゃんを見る。

「え、だって一緒に住んでるんですよね!?てっきりそうなのかと思ってたのに」

『ちっ違います!本当にただの親戚で居候の身なだけだからっ!』

「なぁ〜んだ。せっかくカカシ先生の弱みを握れるかと思ったのに」


とても残念がるサクラちゃんを見て、先生の弱みを握って何をするつもりなのかと疑問に思ったが聞くのはやめておいた。


「……ん?名前姉ちゃん、カカシ先生と一緒に住んでるって事は…もしかしてマスクの下見た事あんのか!?」


ラーメンを夢中で食べていたナルトくんが、ハッと気付いたような顔をしてこちらを見る。


『えっ?…うん、あるよ…?』

「「え〜〜〜〜っ!!!」」


私の返答に驚きの声を上げるナルトくんとサクラちゃん。さっきまで黙々とラーメンを食べていたサスケくんでさえ、今は驚いた表情でこちらを見ている。


「で!?で!?どんな顔してるんだ!?カカシ先生ってば!」

『え?どんな顔って言われても……』


ナルトくんに問われ、ふとカカシさんの素顔を見た時の事を思い出す。


『…見たら寿命が縮まるから、見ないほうがいいかも』


顔に熱が集まるのを感じながらそう答えと、3人は頭にハテナを沢山並べた。


「う〜ん、謎は更に深まるばかりね…」

サクラちゃんが頭を抱えている姿を見ていた時、その向こう側に座っているサスケくんに声をかけられた。


「そういえばあんた、一緒に住んでるならもう少し奴の起きる時間なんかを管理してくれないか?」

『え?起きる時間?』

「奴は平気で2.3時間遅刻してくるからな。待たされる身にもなってほしいもんだ。だから、あんたからもカカシに言っといてくれ」


そう言い、ラーメンを食べ終えると
「じゃあな。」とどこかへ消えてしまった。


「サスケくんったら、一緒に帰ろうと思ってたのにぃ〜」

残念そうに項垂れるサクラちゃんの横で、先程言われた言葉を考える。


(……カカシさんって、いつも早くに家を出ているはずなのに……)


小さな疑問を残し、その後2人ともお別れをして夕飯の買い物をする為商店街の方へと歩き出した。







そうしていつものように夕飯を終え、カカシさんはソファで寛ぎ私は後片付けをしていた時。

「名前、今日あいつらと一緒にいてどうだった?」

読んでいた本から視線を外し、私の方を見るカカシさん。
洗い物も終わり彼の居るソファに移動し、そのまま横にストン、と座ると先程問われた質問に答えた。

『3人とも個性が強くて…でも、とても可愛かったです。カカシさんが成長が楽しみって言った事、私にもわかる気がします』

お昼の時の3人のやりとりを思い出し、ふふっと笑みを溢していると、カカシさんも同じように微笑んで「そう言ってくれて嬉しいよ、ありがとう」と頭を優しく撫でてくれた。

最近、こうして撫でてくれる回数が増えたように思う。

初めの頃は触れられる事自体を恐れていた私だったけど、今ではこの撫でられる感触がとても好きになっている。

目を閉じてその感触を楽しんでいると、横からため息が聞こえてきた。目を開けてカカシさんを見ると、なぜか明後日の方を向いて私と視線を合わせようとしない。

『?カカシさ「名前、最近無防備すぎ」

そう言うと、向こうを向いていたカカシさんがいきなりこちらに体を向け、私の肩を掴みそのまま力を入れる。

トサッと背中に柔らかい感触。視界は天井と、カカシさんの顔しか映さない。


『な、なにを…「そんなに無防備だと」


私の頭の横に手をついた彼が、徐々に顔を近付けてきて。
鼻と鼻が触れる寸前、ピタッと止まった。


「………襲われても、文句言えないよ?」


低く、少し色気を含んだ声で囁く。その声は何かを必死に押さえ込んでいるようにも聞こえた。


『あっ…あの私そんな…っ「なーんてね」


私が今の状況にパニックに陥っていたら、カカシさんがひょい、と体を起こし私から離れた。
その顔を見ると、もういつも通りのカカシさんに戻っていて。


『……っまた私をからかったんですか!』

「あのね、俺は名前が無防備すぎるから忠告してやったの。男なんてみんな考えてる事同じなんだから、俺含めもっと警戒してちょーだい」

「それに、」とカカシさんは口布に手をかけながらこちらを見る。

「コレ外して迫らなかっただけマシでしょ?」


言われた瞬間、顔が赤くなるのを感じる。その様子を見てカカシさんはにやりと笑い、またもやズイッと顔を近づけてきた。


「…なんならコレ外してもう一回実践する?」

『なっなんの実践ですか!なんの!!』

「ん〜?名前が迫られてもちゃんと抵抗できるかどうか?」

『けっ結構です!!』


そんな事されたら心臓が保たない…っ!

ソレを外そうとするのを必死に止めながらカカシさんから距離をとると、彼はクツクツと笑いながら立ち上がって。
そして私に背を向け頭を掻きながら、何やらボソリと呟いた。


「…ま、そんな事したら俺がヤバいからしないけど」

『えっ?』

「いや、こっちの話」


さ、風呂でも入るかなぁ〜と首をコキコキ鳴らしているカカシさん。その時、ふとある事を思い出す。


『あっ…そういえばカカシさん!』

「ん〜?なに?」

『いつも朝早く出掛けているのに、集合時間に遅刻してるって本当ですか?』


それを聞いた瞬間、カカシさんはピタリと動きを止めた。
そして…纏う"気"が変化したのに気付く。


―――ああ、これは彼の"闇"だと。

心の、奥深くの、黒い部分。
人が容易に踏み込めない程の、そんな―――


『…すみません、何でもないです。今言ったこと忘れてくだ「名前」


「………今から、少しだけ俺に付き合ってくれないか?」


こちらを見るカカシさんのその表情からは、何を思っているのかまったく読み取れなかった。







『………ここ、』

木々が風にさわさわと揺れる。空には無数の星が輝き、あたりは静寂に包まれていた。

あれから、カカシさんに連れてこられた場所。それは私が最初に倒れていた"第3演習場"というところだった。

「名前、こっち」

そう言ってある方向へ足を進めるカカシさん。その後を追うように私もついていく。
少し歩くと小さな石碑が建設されている場所に辿り着き、そこでカカシさんは足を止めた。

「……これ、慰霊碑なんだ」

ぽつぽつと、小さな声で彼が話し始める。

「任務で殉職した忍達の為のものだ…俺の師と友も、ここに名が刻まれている」


私に背中を向けている為、カカシさんが今どんな表情をしているのかはわからない。

ただ彼の纏っているソレが、とても重くて。彼の"コエ"が、触れていないのに聞こえてきそうな程、その身体からは"悲しさ"と"後悔"で溢れていた。


『………悔いて、いるんですか』


ピク、とカカシさんの肩が小さく震える。


「……ここにくると、昔のバカだった自分をいつまでも戒めたくなるんだ」


―――……あぁ、同じだ。

この人もきっと、"寂しさ"を独り抱えて生きている。
それを表には出せず、心で泣いている。

それが…彼に課せられた贖罪であるかのように。


ゆっくりとカカシさんの横に行きその場でしゃがみ込むと、そのまま手を合わせ目を瞑った。


『……誰か、大切な人を失ってしまったら…自分の心に、ぽっかり穴が開くんです』

目を開き、慰霊碑を見つめる。

『その穴は…他の誰かでは決して埋める事はできなくて…埋める必要なんて、なくて。だって、それはその人が自分の中に居る証だから』

『….カカシさんが抱える、悲しみや後悔の気持ちはカカシさんにしか抱えられません。それは貴方だけのものだから。私には、無理な事だから。だけど……』


言いながら、立ち上がってカカシさんの方を見る。彼の漆黒の右目が私の姿を映す。

私にはカカシさんの悲しみを知る術はない。
それでも、だからこそ、私は。


『…だけど私は、貴方の側にいる事ができます』


死んでしまった人の代わりにはなれないけれど。それでも、側にいる事ならできるから。


『毎日、おはようの挨拶をして、ごはんを食べて。家に帰ってきたらその日の出来事を話したりなんかして。そういう何気ない日常を――』


続く言葉は、でてこなかった。

気付けばカカシさんの腕の中にいて。
力強く、抱きしめられていた。



     

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