想いのかたちー番外編ー

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心は些細なことで揺れ、そこに伴う想いは儚い。
…そして人を想うということは、全てが優しい色に染まるわけじゃない。

揺蕩う細波のように穏やかな時もあれば、濁流の様な激しい感情の波に溺れてしまうこともある。


それは…自分自身でもコントロールできない程に。




柔らかな空気の中、不意にひんやりとした風が流れ込んだ。踏みしめていた地面の側で乾いた落ち葉が音を立ててすり抜けていく。
春めいた天気が続いていたけれど、やはりたまに吹く風はまだ冷たい。

「名前、少しそこの岩場で休憩しよう」

それでもそんな冷たさに負けることなく心が晴れやかなのは、初めて里外に出た嬉しさが上回っているからだろう。…そして、隣に彼が居てくれるということも。


"旅行にいこうか"―――1週間前いつものように無事任務から帰ってきた彼を出迎え、二人で食卓を囲んでいた時告げられた言葉。
それを初めて聞いた時とても驚いたのを覚えてる。普段は忙しく休みを取れても2日が最長で、休暇を過ごす時は繁華街に行ったり散歩に出かけたり、必ず里内で過ごしていたから。
けれど今回は任務依頼も落ち着いていること、長らく長期休暇を貰えていなかったこともあり少し長めのお休みを貰えたのだそう。
その休暇を使って、ずっと里外に出たことがなかった私の為に温泉旅行を提案してくれたのだ。


水の入った竹筒を手渡され、それを飲みながら一息ついていると、口布を下げ同じように水を飲んでいた彼が私と視線を合わせる様に首を傾けた。

「もう少しで着くけど、名前平気?疲れたでしょ」
『はい、少し…でも大丈夫です、まだまだ歩けますから』

確かに、こんなに沢山歩いたことなんてなかったから足は痛いし疲れは出ている。けれど彼とこうしてこの世界を見て回れるという事実が疲れを緩和させていた。

「そう?ま、ダメだと思ったら言ってね。名前を抱えて歩くくらい訳ないから」

『へ!?い、いいですそんな…っ恥ずかしいですし!』

「え〜、俺としては大歓迎なんだけど。こう、横抱きにしてさ…俗に言うお姫様だ『自分で歩きます!!』

抱きかかえる仕草をする彼を見てつい想像してしまい、顔が熱くなっているのを悟られないように彼を置いて先に歩き出す。すると、背後から聞こえた笑い声。

「はは…っ、ホント名前は変わらないねぇ」

振り向くと、目尻を下げて笑っている姿が目に映る。くつくつと喉を鳴らす様に、可笑しそうに笑いながら私の隣に並ぶ。

……出会った頃から、彼は優しかった。
右目を弓形にし微笑みながら、優しい言葉をかけ続けてくれた。

けれど以前よりも沢山笑ってくれるようになったと思う。口布を下げ顕になっている口元を綻ばせ、声を上げて。

それは私に心を許してくれているからなのか。
私と一緒にいて、幸せだと思ってくれているからなのか。

昔と違い"コエ"も聴こえず感情も目に見えないから心意は分からないけれど、そんな彼の姿を見る度に私の心は温まっていく。蝋燭の火の様にじんわりと、優しい色を灯して。




あれから更に歩き数時間、空が茜色に染まり始めた頃漸く目的の場所に到着した。
街は人が溢れ、観光地ならではの賑わいを見せている。

『すごい…里も人が多いですけど、ここはそれ以上ですね…!』

「火の国の中でも人気のある観光地だからねぇ。それに隣接している湯の国に影響を受けてるから、温泉街として有名なのよ」

『湯の国…ですか?』

「そ。また国外にも一緒に行きたいけど…それはまだ先になりそうだな」

中々長期休暇も取れないし。
そう呟く彼から視線を外し辺りを見回すと、石段が長く続き、その両端には茶屋、土産屋、足湯等お店が軒を連ね、風情ある街並みが広がっている。観光客の中には浴衣を着て散策している人もいた。

その雰囲気だけですでに楽しくて彼方此方に視線を巡らせながら歩いていた時、ふいに名を呼ばれ左手を引かれた。見上げると、眉根を下げ苦笑している彼の姿が目に映る。

「こら、きょろきょろしながら歩いてたら人にぶつかるでしょ」

『ごっ、ごめんなさい!見かけないものばかりで、つい…』

「まぁその気持ちはわかるけど。ん〜…じゃあ宿に寄る前に少しだけ見て回る?」

『え!?いいんですか!?』

「そんなキラキラした目向けられたらねぇ」

嬉しさに自然と顔が綻ぶと、彼もまた笑顔を向けてくれて。
それから彼の提案通り少しだけお店を見て回ることになった。…とは言ってももうすぐ陽も沈むから、本当に少しだけ。

それでも、疲れを忘れるくらい楽しい時間を過ごした。

お土産屋さんで皆さんに買う物を考えたり、辺りを散策しながら明日のお昼はこのお店で食べようだとか、以前この街にガイさんと来た時はどうだったかとか、他愛ない話をしたり。

(カカシさんといると、初めて味わう感情ばかりだなぁ…)

普段もこうして手を繋いで歩くけれど、場所が変わるだけでこんなに気持ちも変化するなんて思わなかった。

初めての街、初めての旅行に、ずっとふわふわとした感覚が身を包み込んでいる。何より大好きな人がこうして隣にいてくれる。その事実が、自分で思っている以上に嬉しく幸せだと。


「…だいぶ暗くなってきたな。明日も一日ゆっくりできるし、そろそろ宿に向かおうか」

その言葉に空を見上げると、茜色だった空はいつしか濃い藍色へと変化していた。
完全に陽が落ちる前に宿に行かなくちゃ…そう思い彼に返事を返そうとした、その時。


「誰かソイツを捕まえてくれ!!」


響き渡った声に驚き、咄嗟に振り向く。視線の先には「待ちやがれ!!」と叫んでいる男性と、逃げる様に走っている男性が一人。腕には小さな鞄らしき物を抱えている。

(え…ひったくり!?どうしよう、誰か呼んだ方が――)


「名前、ちょっとごめん」

言葉と同時に繋がれていた手がスルリと離れていく。『え…』と思ったのも束の間、次に彼の姿を捉えた時にはもう男性の腕を捻り上げているところだった。

あっという間の出来事に呆然としている中、彼はその後警備の人を呼んで男性を引き渡し迅速に対応していく。一時騒然としたその場も活気を取り戻していた。

「アンタ凄いな、おかげで助かったよ」
「いいえ、そんな大したことは…」

取られた鞄を持ち主に渡し「じゃあ、俺はこれで」と、何事もなかったかの様に踵を返して此方に近づいて来る。けれどその人は何か考える仕草を見せながら彼を引き止めた。

「…ん?ちょっと待てよ…アンタまさかはたけカカシか?」

「へ?あ〜…はい、そうですが…」

「やっぱそうか!あの木ノ葉の忍"はたけカカシ"!!」

なんだか話が続きそうだと思い側によると、興奮気味に語る男性を前にして彼は困った様に苦笑を漏らしていた。

今は休暇中だから額あても忍服も着ていない。けれど彼特有の銀色の髪や、左の目に縦一本入った傷跡はそのままだから、解る人には解ってしまうのだろう。

「俺は忍には少し詳しくてよ、いやぁまさかこんなところであの"写輪眼のカカシ"にお目にかかれるとはなぁ…」

「はは、そんな大層なモンじゃないですよ…」

「何言ったんだ!他里に名が知れ渡ってる程の忍のくせしてよ!!なぁ嬢ちゃん、木ノ葉でもコイツは有名だろう!?」

急に話を振られドキリと心臓が跳ねる。彼が凄い忍だということは周りの反応で知っているけれど、知識としては何も知らないし、"写輪眼"というものも初めて聞いて、つい言葉に詰まってしまう。

『え!?えっと、私は…そう言ったことはあまり…』

「なんだ嬢ちゃん、こんな凄いヤツの連れなのに何も知らないのか?第三次忍界大戦で伝説を作った男だぞ!?中でも神無毘橋の戦いは――「すみません」

「…もう陽も暮れますし旅疲れもあるので、そろそろ…」

不意に彼が男性の声を遮り、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。その仕草に、漸く男性も興奮が収まったようで「おお、そうか!」と頭に手を当てながら笑みを浮かべた。

「いや、邪魔して悪かったな!!そこの通り沿いで店やってるんだ、よかったらまた明日にでも寄ってくんな!サービスするからよ!!」

「ありがとうございます。名前、行こう」

彼はお礼の言葉を口にすると足を進め、私も男性に頭を下げてその後について歩いた。




「結局陽も完全に落ちちゃったな…足元、気を付けてね」
『……はい』

そう優しく声をかけてくれる彼に返事を返す。けれど頭の中では、先程の男性の言葉が支配していて。


――こんな凄いヤツの連れなのに何も知らないのか?――
――第三次忍界大戦で伝説を作った男だぞ!?中でも神無毘橋の戦いは――


…あの言葉で、彼の事をよく知らないという事実が突きつけられてしまった。
以前少しだけ紅さんから過去の話を聞いたけれど、それでもほんの一部だけだし、結局彼の口からは何も聞かされていないから。

それに、今まで気にならなかったわけじゃない。忍としての彼のこと……その左目は、何故違う色をしているのかも。

でも以前慰霊碑前で見た彼の後ろ姿が…"後悔"と"悲しみ"の感情を色濃く背負う、その姿が。
知りたいと思う度に脳裏をよぎって躊躇ってしまい、結局私からは何も聞けず今に至っている。

そんなことを考えていた時、大きな橋がかかっている場所に辿り着いた。
鮮やかな朱色の橋で左右には木々がひしめき合い、頭上には細い枝が幾重にも重なっている。橋自体は暗くても歩ける様にと明かりが灯っていた。

「ああ…確かこの橋も観光スポットとして人気なんだよ」

橋を渡りながら彼が教えてくれて、ふと頭上を見上げる。今でこそ葉をつけていないけれど、きっと春になれば新緑が、秋になると紅や黄色の葉で彩られて綺麗な景色が見られるのだろう。

「…次は紅葉時期に来れたらいいな」

聞こえた声に隣にいる彼を見ると、目を細め微笑んでいて。その姿に進めていた足が自然と止まってしまった。

先程までの楽しかった気持ちが急速に萎んでいく。こんなに近くにいるのに、何故か遠い存在になってしまったように思えて。

「…名前?どうした、ボーっとして…もしかして人混みに酔った?」

『……!あ、いえ…ごめんなさい、大丈夫ですっ!』


(…っ、いけない、せっかくの旅行なのに…!)

心配して顔を覗き込んでくれる彼に笑顔を向け、再度歩き出す。心に渦巻く気持ちを必死に悟られないようにしながら。




   

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