何気ない日常ー番外編ー

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求めていたモノがあったんだ。

父さんが死んで…オビトやリン、先生もいなくなって。ひとりになった俺が、ずっと心の奥深くで求めていたモノ。

けれど忍である俺にはあまりにも不釣り合いで、それを欲すること自体間違っているんだと諦めていた。

でも―――……









「…まったく、またお前は無茶をして…」

「ハハ…いやぁ、すみません。少し新術を試したんですが、どうにもまだコントロールが難しくてですね…」

先の任務で敵忍と交戦。その際敵の数が多かったこと、そして最近漸く扱えるようになった万華鏡写輪眼を使用し、いつもの如くチャクラ切れで病院へと運ばれ今に至る。

ベッドの上で起き上がることも出来ずにいる俺に対し、盛大なため息を漏らす五代目。


「…まぁその眼は元々お前のものじゃないから、それ相応に負荷がかかってしまうのは仕方ないが…あまり無理はするなよ。でなきゃ心配する方の身が持たんだろう」


(……え、五代目が俺の身を案じてる…?)


こんなチャクラ切れなんかで俺の事を心配するような人じゃ無いだろう…という考えが顔に出ていたのか、五代目が再度ため息を漏らしながら眉間に皺を寄せて。


「馬鹿者。私じゃなくてーー『カカシさん!』


突然病室の扉が開き驚いてそちらに視線を送ると、焦りの表情を浮かべる名前と目が合う。
…瞬間、五代目が言っていた言葉の意味を理解した。


『カカシさ…っ、大丈夫ですか!?』

「名前…大丈夫だから。心配かけてごめんな」

『でも入院って聞いて…っ、お怪我は…っ!』

「名前、少し落ち着け。カカシならこの通り大した怪我もない。ただ少しバテただけだ」


目に涙を浮かべ近付いて来た名前に五代目がそう伝えると、彼女は漸く安心したのかホッと息を吐いて手の甲で涙を拭った。
その様子を見て以前イタチの幻術を喰らい2週間意識がなかった時のことを思い出し、名前に対し罪悪感を募らせる。

こうして入院するのは今に始まった事ではないが、名前の前ではこれが初めてで。だから彼女がこれだけ取り乱すのも無理はないだろうと思っていると、五代目が話を続けた。


「チャクラ切れで入院なんてのは、コイツにはよくある事なんだ。だからそんな心配せずとも2週間程でーーー………」


その時途中で言葉を途切らせ、俺に視線を移し口元が弧を描く。…この顔は何か企んでいる時の表情だと瞬時に悟った。


「…そうだ名前。1週間もすればコイツもある程度は体を動かせるようになるんだが、そうなったらお前が家で看病してやってくれないか?」

「五代目…何を言い出すんですか。」

「何って、別にいいだろう。今までは一人暮らしで面倒見てくれる奴もいなかったが、今はこうして名前がいる。それにお前も家で名前といた方が嬉しいんじゃないか?」


確かに1週間もすれば体は今より動くようになるし、病院にいるより名前の側に居たい気持ちがあるのも確かだ。…しかし彼女にそんな負担はかけさせたくない。
その自身の思いと、彼女の事だから拒否しないだろうという考えで俺から断ろうとした…が、先に口を割ったのは名前だった。


『はい、わかりました。』

「……。名前、気持ちは嬉しいけどお前も働いてるし、そこまで負担をかけるような事は『いいえ、させて下さい!少しでもカカシさんの為に何かしたいんです!』


俺の声を遮り、そう言葉を溢した彼女の顔には
"絶対譲れません"と書いてあって。

(…名前って変なところで頑固だからなぁ…)

これはもう何を言っても無駄だろうと思い、言葉を発する代わりに小さく息を吐いた。







あれから1週間。
まともに動かせなかった体は大分動くようになり、衣類の着脱や少しの距離なら補助なしで自力で歩けるまで回復した。

とは言っても任務に復帰するのは勿論のこと、普通に一人で生活するには難しいこの状況。それでも以前言っていた通り退院し、自宅療養することとなった。


「名前夕方から仕事でしょ?ごめんな、無理させて…」


自宅に着いてから部屋着に着替えベッドに入ると、すぐ横で膝をついて俺と視線を合わせる彼女に謝罪の言葉を口にする。
これから一週間程は彼女に負担をかけてしまう事実に申し訳なく思っていると、名前が笑みを浮かべながら首を振った。


『謝らないで下さい。私がしたくてしている事なんですから。それに大丈夫ですよ、今日お休みを頂いてるので。』

「…へ?そうなの?」

『はい。実はマツバさんに事情を説明したら、3日間お休みを頂ける事になりまして。その後もカカシさんが回復するまでの間は早めに上がらせてもらえる事になったんです。』


(わざわざマツバさんまで…これは今度お礼言いに行かないとな。)

気を遣って配慮をしてくれたマツバさんに対し心で感謝をしていると、名前が立ち上がり言葉を続けて。


『あの、じゃあ私お夕飯のお買い物に行ってくるので、カカシさんはゆっくり休んでくださいね。』

「ああ、ありがとう。」


そう言って名前は部屋を出て行き、暫くして玄関の扉を開け鍵を施錠する音が響く。途端に家の中が静寂に包まれ、起こしていた身体をベッドに沈めると小さく息を吐いた。

(…ホント、五代目の言う通り写輪眼を使う度にバテてちゃ名前も身が持たないよな。)

もっと修行を積んでチャクラ量を増やしていかなければ…そう思い、復帰した後の事を考えながら瞼を閉じた。






…耳に届いた微かな音に、ふと目を覚ます。
やはりまだ本調子じゃない事もあり、気付いたらそのまま寝てしまっていたようだ。

その時再度部屋の外から足音が聞こえ、馴染みのある気配を感じる。

(…名前、帰って来てたのか。)

普段なら玄関の扉を開ける音で目覚めるはずなのに、そうならなかった自分に少々驚く。

そのまま耳を澄ませていると、一定のリズムで刻まれる包丁の音。
夕飯の準備を始めたのだろう…その音を聞いていたら暫くしてパタリと止み、次に聞こえてきたのは彼女の歌声だった。

小さい声だが鼻歌にしてはやけにしっかりと歌っているそれは、偶に無意識に漏れてしまう彼女の癖で。それを指摘したら気にし出してしまい、俺が同じ部屋にいる時なんかは意識して歌わないようになっていた。


(……そうか、今は俺が別室にいるからあまり気にしてないんだろうな。)


そもそも彼女の歌声は心地いいと思っているのだから、普段もこうやって歌ってくれればいいのにと思うのだけれど。

そうして瞼を閉じ、キッチンに立っている彼女の姿を想像しながらその歌声を聴いていたら、自然と頬が緩んでしまって。


(…なんだろうな…)


何の変哲もない、日常。
なんならチャクラ切れで倒れているこの状況は、普段なら己の不甲斐なさや未熟さに少々気落ちするのに。
扉の向こうにいる彼女が奏でる生活音は、そんな気持ちにさせることなく、心を落ち着かせてくれる。

その時ノック音が聞こえ、少しの間を置いてゆっくりと寝室の扉が開いた。


『…カカシさん、起きてますか?』

「ああ、起きてるよ」

『お夕飯出来たんですけど、動くのが辛いようでしたらここに持って来ますよ?』

「いや、大丈夫。そっちで一緒に食べる」


そう言って上体を起こしベッドから出ると、名前が側に来て支えてくれて。
これくらいの距離歩けるからと伝えるも『私が支えたいんです!』と首を振るので、やはり変なところで頑固だなと苦笑を漏らした。

そうしていつものように2人で他愛ない話をしながら食事をし、風呂は流石にまだ一人で入れないから身体を拭くだけにしようと思っていたところ、名前が背中を流すと言い出した。

未だに一緒に入った事がないのに、それでも顔を真っ赤に染めながら申し出てくれた彼女を見て更に心の中が温かくなる。


「いや〜…まさか名前が背中流してくれるなんて思わなかったよ」

『一緒に入るのはまだ恥ずかしいですけど…でもシャワーを浴びた方が身体もスッキリするかと思いまして』

「ああ、スッキリした。ありがとな」


ソファに腰掛けながら伝えると、その言葉に彼女が嬉しそうに笑みをこぼすものだから。もう少しだけ甘えてもいいだろうかという想いが膨れ上がる。


「ね、名前…髪乾かして」

『え?』

「…ダメ?」


首を傾げて見つめると、二度瞬きした彼女が小さく頷き洗面所からドライヤーを持ってきて俺の横に腰掛け、そっと髪に触れる。


『…ふふ、今日のカカシさんは甘えたですね』

「こんな時くらい名前に甘えても許されるかなって思って」


優しい手つきで髪を乾かしてくれる彼女に触れたくなり、つい腰に腕を回し引き寄せると『これじゃあ乾かしにくいです!』と怒られてしまった。…でもそんな時間ですら愛おしく感じてしまうのは、彼女の存在が自身の中でそれだけ大きくなっているからだろう。




そうして穏やかな時間を過ごし寝る時間になった為ベッドへ入ると、暫く経ってから夕飯の片付けや風呂を済ませた名前が寝室へと入ってきた。
久しぶりに一緒に寝られると思っていたが、俺の予想に反して彼女はベッドの横に布団を敷きだして。


「…名前、何で布団敷いてるの?」

『え?何でって…当分は下で寝ようと思いまして』

「えー、なんでよ。いつもみたいに一緒に寝ればいいじゃない」

『ダメです!カカシさん療養中なんですから、しっかり体を休めてもらわないと!』

「名前を抱き締めて寝ないと休まらない」

『そ…っ、そんな事言っても絆されませんからね!!』


そう言って尚も寝る準備をする名前を見ながら、もしかして…と思った事を口にした。


「名前…まさか俺が襲うと思ってる?」

『へ!?そ、そんなこと思ってません!』


明らかに動揺し出した彼女に、本当に顔に出やすいな…と心で笑いながら言葉を続けた。


「安心してよ、そんな元気流石に今はないから。だからほら、ね?ここおいで」


自身の横をぽんぽんと手で叩く。その様子を暫く見つめていた彼女だったが、諦めたのか小さく息を吐いてベッドに上がってきた為、いつものように優しく抱き締めた。

途端にそのぬくもりや匂いに安堵し、幸福感で身体と心が満たされていく。

抱き締めているのは自身なのに、何故こんなにも包み込まれている感覚に陥るのだろう…そう思った時、ふと気付いた。


(……ああ、そうか。)


名前の帰る家はここだと、以前彼女に伝えた言葉…でも気付いたら、俺自身もその言葉に救われていたのかもしれない。

"おかえりなさい"と出迎えてくれる彼女がいるこの家こそが、俺の帰るべき場所なのだと。


『…?カカシさん、何で笑ってるんですか?』

「ん?…いや、たまには倒れるのもいいかなと思って」

『な…っ、何言ってるんですか、もう!!私は凄く心配するんですからね!!』

「…ふ、そうだな、ごめん」


俺の腕の中で怒る彼女が可愛くて、愛しくて。堪らずぎゅっと抱きしめる腕に力を込めると、同じように抱き締め返してくれた。





―――求めていたモノがあったんだ。

ひとりになった俺が、ずっと心の奥深くで求めていたモノ。

おかえりなさいと出迎えてくれて、
食事をしながら他愛ない会話をして。

何の変哲もない日常を…穏やかな日常を与えてくれる人を。

共に過ごしてくれる、人を。


「名前、」
『なんですか?カカシさん』
「ありがとう」


手を伸ばせばすぐそこに居て、側にいてくれる人。


………俺だけの、たった一人のひと。





fin.
(2021.3.3)


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