甘い香りに包まれてー番外編ー

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『……っよし、出来た!』

ふぅ、と息を吐きながらテーブルの上に並んでいるものを見て、我ながら可愛くラッピング出来たんじゃないかと思わず顔が綻ぶ。

今日は2月14日、あちらの世界で言うところのバレンタインデー。
こちらの世界に来て似たような風習があると知り、折角だからお世話になっている人達に配ろうと朝から準備をしていたのだ。


(青い袋はアスマさんとガイさんと…あとテンゾウさん。ピンクの袋は紅さんとアンコさん…それに、マツバさんの分。)


きちんと数が合っているか確認しホッと息を吐くと、少し離れた場所に置いてあった"ソレ"を手に取りじっと見つめる。他の方達に渡すものとは違い、白いリボンを掛けた紺色のボックス。

それは、今現在任務に出ているカカシさんに渡す分。

甘いものが苦手な彼の為に、甘さを抑えたカカオの効いたチョコレートを使用して作ったはいいけれど…

(……やっぱり、渡すのやめようかな……)

甘くはないとは言っても、所詮チョコレート。彼の苦手なものに変わりはない。

きっと食べてはくれるだろうけど、もし無理をさせてしまったら…そう思うと渡すべきじゃないかもしれないという考えが頭に浮かぶ。


『…っいけない、もう出かけなきゃ!』


そんな事を考えていたら出かける時間が来てしまい、彼に渡す分は冷蔵庫に、他の人達に渡す分は紙袋に入れ家を出てある場所へと向かった。







「あー!名前、こっちこっち!!」

とある和食屋さん。そこの扉を開けて中に入ると、アンコさんが席に座り手を振っている姿が目に止まった。
その向かいの席には紅さん…そしてガイさんの姿も。
今日は皆さんが非番だったり、任務があっても夕方からだったりと聞いていたので、久々にランチをしようという話になっていたのだ。

『みなさん、お待たせしました…って、あれ?アスマさんは?』


アンコさんの隣に座りながら疑問を抱き辺りを見渡していると、紅さんが答えてくれた。


「それがさっきまで居たんだけど、召集かかって今出て行ったところなのよ」

『え?そうなんですか、急ですね……』


その話を聞き、折角休みを貰ってもこうして呼び出しがかかるなんて…忍の人は中々休める時がないんじゃないかと心配になってしまう。その考えが表情に出ていたのか、ガイさんがいつもの眩しい笑顔を向けてくれた。


「名前さん、そんな不安そうな顔をしなくても我々は常日頃から鍛えていますからね!ちょっとやそっとのことじゃあ潰れませんよ!!」

『それは、そうかもしれませんが……』


やはり忍も人間。休息は大事だろうと思っていた時、アンコさんに肩を叩かれた。


「ねぇ、名前。さっきから気になってたんだけどその袋なに?」


そう問われ彼女の視線の先を見ると、私が持ってきていたチョコが入った紙袋。


『あ…っ、えっと、これ皆さんにお渡ししようと思ってチョコレートを作ってきたんです』

「チョコ?…あー、今日って確か2月14日だったわね。…って、私ら貰っていいの?」

『はい!普段お世話になっているので、お礼にと思って。お口に合うかわかりませんが…』


言いながら、ラッピングされたそれを一つずつ渡していく。アスマさんの分は紅さんが渡してくれるとのことだったので、お言葉に甘えることにした。


「名前って律儀ね〜、そういとこアンタらしいわ。でも嬉しいわ!ありがとね!!」

「名前さん、ありがとうございます!!これがあれば夕方の任務も頑張れそうだ!!」

「ありがとう名前。…でもカカシには渡してないのよね?まだ任務から帰ってきていないし…」


皆さんにお礼を言われ笑みを返していると、紅さんが少しの間を開けてそう問いかけてきて。

カカシさんが任務に出ていることは、同じ忍である皆さんは知っている事なのだろう。
……今回は国外に出る為、3週間という少し長めの任務だということも。


『はい、彼にはまだ…あ、でも今日の夜には帰ってくるって聞いてるので、その時に渡そうかと思ってます』


そう伝えると紅さんはホッとした表情に変わり「そう、なら良かったわ」と、いつものように微笑んでくれた。

何故そんな事を聞いてきたのか少し疑問を抱いたけれど、あまり気に留める事なく、そこからは他愛無い話をして久々に皆さんとの食事を楽しんだ。







あの後ランチを終え紅さん達と別れると、家路へは就かず別の場所へと足を進める。
今日はお休みをもらっていたけれど、いつもお世話になっているマツバさんにチョコレートを渡す為にお店へと向かっていた。

そうして目的であるチョコを渡し日頃の感謝を伝えると、マツバさんは笑顔で受け取ってくれて。その足で今度はテンゾウさんのお宅へと向かい、呼び鈴を鳴らす。


「………へ?名前さん?」


微かな音を立てて開いた扉からテンゾウさんが顔を覗かせ、驚いた表情で私を見つめる。
正直任務に出ていていないのではと思ってたから、彼が出てきてくれてホッと息を吐いた。


『よかったです。いらっしゃるか不安だったので…』

「どうしたんです?ボクに用事って…珍しいですね」

『えっと…これを渡しにきたんです』


そう言って紙袋の中に入っていた最後のチョコを手渡す。するとテンゾウさんは二度瞬きをした後、先程よりも更に目を見開いた。


「…これ…もしかしてチョコですか?」

『はい…って、もしかして甘いもの苦手でした!?』


そういえばテンゾウさんが甘いものを食べられるか聞いていなかったと一瞬焦るも、彼は首を思い切り横に振って言葉を発した。


「いえ、そんな…っむしろ好きです!!…あの、でもこれボク貰っちゃっていいんですか?」

『勿論です!テンゾウさんにはいつもお世話になっているので。それに他の方にもお渡ししていますし』

「そうですか…じゃあ、有り難く頂きますね…っと、すみませんボクこれから任務で。もう出ないといけないんです」

『あ、ごめんなさい!そんなお忙しい時に…っ!!』

「いいえ、むしろ嬉しいです。まさか名前さんからチョコを貰えるなんて思っていませんでしたから…任務も頑張れそうです」


先程のガイさんと同じ発言をするテンゾウさんに、思わず笑みが溢れる。
こうして日頃の感謝の気持ちを伝えられて、相手が喜んでくれると作ってよかったなぁと思った。






そうしてテンゾウさんとは別れて今度こそ家へと帰宅し、カカシさんが帰ってくる前に夕飯を作ってしまおうと髪を一つに纏めて準備を進める。


(今日は久々にカカシさんに会えるし…ご飯も好きなものを作ってあげよう。)


そう思い、和食が好きな彼の為に魚や煮物の準備をしていた時、ふと冷蔵庫にしまってある彼の為に作ったチョコレートのことを思い出した。


(そういえば、まだ渡すか渡さないか決めてないんだった…)


でも皆さんに渡して彼には渡さない…なんて不自然すぎるし、何よりそれをして彼が納得するはずがない。…むしろ不貞腐れて怒る姿が目に浮かぶ。


(…となると、やっぱり渡す以外選択肢はないよね…)


渡した時に微妙な顔をされたら、その時は無理して食べなくてもいいですって伝えて返してもら―――


「……名前?」
『ひゃぁっ!!』


突如背後から声をかけられ、驚きのあまり変な声が出てしまった。振り返るとそこには3週間会えていなかった彼の姿があり、慌てて言葉をかける。


『カ、カカシさん…っおかえりなさい!』

「ああ、ただいま。…って、何回か玄関で呼びかけたんだけどね。全然来てくれないからちょっと心配しちゃったじゃない」

『ごめんなさ…っ、考え事してて全然気づきませんでした…!あの、お夕飯もうできるので座って待っててくださ―――』


まさかこんなに早く帰ってくるとは思っていなかった為、急いで作らなければと止めていた手を動かそうとした、その時。
背後にいた彼が私を囲うような形でシンクに両手をつき、首筋に顔をうずめた。その行為に一瞬息が詰まってしまう。


『っ、どうし「んー…やっぱり匂う…」

『え…?何がですか?』

「名前から甘い匂いがする」


言いながら首や肩辺りに擦り寄ってくる彼。髪を一つに纏めている為肌が露出していて、口布越しとはいえ彼の体温を直接感じ、つい身体が反応してしまう。


『……っ、今日…日頃お世話になってる人達にチョコを作ったので…たぶんそのせいかと…』

「ふーん…で、配ったんだ?」

『はい、そうですけど…あの、お夕飯を「俺のは?」

「俺、名前から貰ってないんだけど。同じのちょーだい」


スルリと腰に回された腕に引き寄せられ、身体が先程よりも密着する。
鼓動が早まるのを必死に隠して、漏れそうになる吐息を飲み込んで、言葉を返す。


『えっと…でもカカシさん甘いもの苦手ですよね?ですから「…なに、まさか俺のはないってこと?」

『え、いえそんな――…っひゃぁッ!カカシさん何して…っ』


……抑えて、いたのに。
いつの間にか口布を下げた彼の唇が直接首筋を這う。その感触に思わず声が漏れてしまって、身体が勝手に熱くなってしまう。


「だって俺にはチョコ用意してないんでしょ?なら甘い匂いがする名前を喰べようかと思って」

『ち、ちが…ん、あ…っカカシさ、話を聞い「イヤ。俺怒ってるんだからね」


「わかる?3週間の任務明けで漸く名前に会えると思って早く報告書出して帰ろうとしてたところにさ、テンゾウに出会して。名前からチョコ貰ったってデレデレして言われた俺の気持ち。なぁんでテンゾウなんかにあげちゃったのよ。特別なわけ?アイツが。」


耳元で囁きながら、舌を這わせて。腰にあった腕は徐々に上へと上がっていく。その話を聞いて嫉妬しているんだと理解し、誤解を解こうと口を開いた。


『ん……ッ、と、特別って…違います!テンゾウさんだけじゃないですから!!紅さんやガイさんにも…っ、お世話になった人全員に「…は?ガイにも?」


瞬間カカシさんの声が低くなり、周りの空気も冷たくなった気配がした。

…まずい。これは…墓穴を掘ってしまった可能性が―――


「へぇ…名前は恋人に用意せずに他の男には渡すんだ」

『ち、違い…っ!…ふ……んん……ッ』


ちゃんと用意してあります…そう伝えようと彼の方へ振り向いた瞬間、唇を塞がれてしまった。

咄嗟に顔を逸らそうとするも、抱きしめる腕とは反対の手で顎を固定され動くことすらできず、触れていただけのキスはすぐに深いものへと変わる。
舌を絡め強く吸われて、まるで話す隙を与えないような激しいキスに徐々に身体の力が抜けていく。

何とか彼の腕にしがみ付いて立っていた時、唇が離れ再度首筋へと移動する気配。と、熱い舌が這わされたと同時に少し強めに首筋を噛まれ、このままじゃ本当に食べられちゃうんじゃないかと危機感を感じ咄嗟に叫んだ。


『っ、ちゃんと用意してありますから……っカカシさんの分!!』


その言葉に、彼の動きがピタリと止まる。
うずめていた顔を上げ抱き締めていた腕を緩めると、私の顔を覗き込むようにして見つめられて。


「……ホント?」

『本当です…甘いの苦手だから、カカシさんのは苦いチョコレートを使って作ったんです…だから皆さんとは同じ物じゃない、ですけど…』


解放されて上がる息を整えながら伝えると、漸く納得してくれたのか小さく息を吐いて優しく抱き締められる。


「…良かった。俺だけ貰えないんじゃないかと思った」

『もう…本当に…っちゃんと話は聞いてください!!』



その後何とか彼の誤解も解けて食事の準備をし、久しぶりに2人で食卓を囲む。
先程まったく話を聞いてくれなかった彼に少し腹を立てていたけれど、眉尻を下げて反省する彼にその気持ちも直ぐどこかに飛んでしまった。

そうして食事を終えると冷蔵庫から紺色の箱を取り出し、ソファに座る彼の横に腰掛けそれを差し出す。


『…これ、カカシさんを想って作ったんです。受け取ってくれますか?』


そう伝えると、彼は箱を受け取りながら
「…ありがとう」と言葉を溢して。
その声も表情も柔らかくて、あまりに嬉しそうにするものだから。

こちらも嬉しくなって思わず顔が綻び、心の中がほっと温まる。


「開けてもいい?」

『はい、どうぞ。…あ、でも本当に無理して食べなくていいですからね?』

「何言ってんの、名前が作ってくれたものは全部食べるに決まってるでしょ」


言いながらリボンを解いて箱を開け、中に入っている4つのチョコの内一粒を取り出すと、それを口に入れる。


「…ん、おいしい」


少しの間をあけて発せられた言葉にホッと息を吐いた。表情も先程と変わらず嬉しそうにしているので、きっと嘘じゃないのだろう。


『良かったです、お口にあって』

「ああ、これなら俺でも食べられるよ。甘すぎず苦すぎずで、丁度いい」

『そうですか…私はカカオの効いたチョコレートってあまり食べないので、カカシさんに合う甘さかどうか不安だったんです』

「…そう?なら名前も食べてみる?」

『え?いえ、私は―――』


私が何か言う前に彼の手が後頭部に回ると、そのまま引き寄せられ唇に彼のそれが重なって。舌先が口内に侵入してきたと同時に、ほろ苦い味が口の中に広がる。


「……ど?美味しい?」


唇を離して至近距離で呟く彼に、眉を顰めながら口元を手で隠した。


『うう…私には苦くて無理です……』

「…っはは!名前は甘党だからねぇ、やっぱり無理だったか」


あまりの苦さにそう呟くと、彼は笑いながら私を抱き寄せ頭を撫でてくれて。そのまま身を委ねている間に彼はチョコを全て食べ終えたようで、頭上から優しい声が降ってきた。


「ごちそーさま。美味しかったよ、ありがとう」


見上げると、その声色通り優しい表情の彼と視線が交わる。途端に幸せな気持ちが心に広がり、こちらも彼に笑みを向けた。


『いいえ…また、来年も作りますね』


そう想いを伝えると、更にぎゅっと抱き締められ首筋に顔をうずめるカカシさん。
肌に彼の柔らかい髪があたってくすぐったさに身を捩らせると、彼が「んー…」と小さく声を発した。


「やっぱり名前からは甘い匂いがする…俺、甘いのも食べたくなってきたかも」

『……へ?』

「ね、いいでしょ?名前…」


低く掠れた、色気を含んだ声で囁かれ。
太腿を掠めるように撫でられ。

先程キッチンでされた時の熱が、再度胸の中に広がっていくのがわかる。
これからされる事に恥ずかしさはあっても、彼を拒む理由にはならない。…むしろ、私自身もっと触れ合いたいという気持ちが強くなる。

同意するように小さく頷くと、身体を抱えられ寝室へと移動し、ベッドに優しく降ろされた。そして彼は私の身体を跨ぐようにして覆い被さると熱の籠った目で真っ直ぐ見つめ、徐々に顔を近付けながら一言呟く。




「じゃあ、ま……頂きます」




―――……そうして沢山彼に愛されて、
心も身体も熱くなる程に満たされて。
彼の胸の中で眠りに落ちる寸前、心で願った。


できれば来年も、再来年も…この先ずっと。
こうして彼と幸せな時間を過ごせますようにと。



fin.
(2021.2.14)

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