32守りたいモノの為に
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牢屋に入れられてから、ずっとカカシさんを想って泣き続けた。自分が弱いせいで、不甲斐ないせいで、大切な人を失くしてしまった悲しみが心の中を支配していく。
(………っ、全部、全部私のせい……っ)
こんな自分なんて嫌い、大嫌い。
こんな、迷惑しかかけない自分なんて
いっそのこと―――――………
──────・・・・
「そうやって泣いてばかりでいいんですか?」
──────・・・・
『………っ……』
以前テンゾウさんに言われた言葉が、頭の中で木霊する。
その言葉は自分の心を少しだけ落ち着かせた。
(……そうだ、私…泣いてばかりじゃだめだ。)
泣いていたって現状は変わらない。
誰も助けにこない。
それなら今…自分ができる事を精一杯やらないでどうするの。
自身の心を落ち着かせるように、ゆっくり深呼吸をする。
何度かそれを繰り返す内に、やっと頭の中が冷静になってきた。
(…やっぱり今の私は、木ノ葉の人たちのおかげでできてる。)
それを再認識し、あの人が木ノ葉を襲う事は何がなんでも止めなければという気持ちが強くなった。
(でもどうすればいいんだろう…あの人の考えを知りたいけど、心の"コエ"が聴こえる事を知っているから、私の前では本心は出さないはず。どうしたら――)
頭の中で考えていると、ふと違和感を覚えた。
(…待って、あの部屋であの人と会話をした時…蓮はなんて言ってた?)
そう思い、あの時の蓮の言葉を鮮明に思い出す。
―――――――・・・・
「大蛇丸様…名前は触れている者の心の"コエ"が聞こえ、また自分の心の"コエ"も人に伝えることができます。なので話したければそのように…」
―――――――・・・・
『………っ!』
蓮は、私に触れる事で"コエ"が聴こえると思っている。… …でもそれは、昔までの話だ。
私は今、触れなくても聴こえるし伝える事もできる。
もしかしたらこの出来事は、彼等からしたら予想外の事だったのかもしれない。
何故かは分からないけれど、あの封印が解かれた事で私の中で"何か"が起こったんだ。
(……だとしたら、チャンスかも……)
あの人が私に触れていない時に、こっそり心の"コエ"を聴いてみよう。
そう頭で考えていると微かな足音が耳に届いた。それは複数人の足音で、次第に大きくなっていく。その音がする方へ目を向けると、暗闇の中から3人の人影が浮かび上がった。
「……さぁ、答えは決まったかしら?」
その内の1人…先程話をした彼が冷たい笑みを浮かべる。
牢屋の鍵を開け3人が中へ入ってくると、その人は眼鏡をかけた青年に声をかけた。
「……カブト、口布を外してあげなさい。」
その言葉に青年は私の元へ来ると口布を外しながら言葉を発する。
「名前さん、またお会いできて光栄です。」
『……えっと、私お会いした事ありました?』
「ああ、アナタは意識を失っていたので分からないのは当然ですよ。ボクがアナタの封印を解いたんです、あの店でね。」
それを聞き、あの時背後から声をかけてきたのはこの青年だったのだと理解した。それと同時に怒りが込み上げる。
『貴方が…貴方が封印なんて解くから…っ!』
「やだなぁ、ボクのせいにしないで下さい。あれはアナタがやった事でしょう?」
そう言われ、ぐっと言葉を詰まらせる。
その様子を見ていた蓮が口を挟んだ。
「おいカブト、あまり煽るな。名前がこちらに来にくくなるだろ。」
「はいはい、すみません。…で、名前さんは結局ボク達につくんですか?」
3人の視線が注がれ、私は静かに息を吐き目線をその人に合わせ問いかけた。
『…貴方は本当に今後木ノ葉を襲いませんか?誓ってくれますか?』
「ええ、もちろん。アナタがそれを望むならワタシはその願いを聞き入れるわ。」
そう言葉を溢す彼を見て、心の"コエ"にも耳を傾ける。…しかし彼の"コエ"は聴こえてくることはなかった。
(…だめだ、今この人は心に何も浮かべていない。これじゃあ真意がわからない。)
もう時間がない…私がここで答えを決めなければ。
この人の言葉を信用して、ずっとこの人たちと共に過ごす覚悟を持つの。
……それで木ノ葉が救われるのなら、私はどんな事だってしてみせる。
俯きながら目を瞑り、大好きな人たちを思い浮かべる。
(…今まで、ありがとうございました。)
心で彼らに感謝を伝え閉じていた目を開くと、目の前に佇むその人に言葉をかけた。
『…わかりました。貴方達に従います…その腕も治します。』
それを聞くと彼はニヤリと笑みを溢し、両腕を私の前に差し出した。
「ああ…よかった。アレを使ってしまったらきっとこの腕は治らなかっただろうから。アナタが心を決めてくれたおかげよ。安心しなさい、木ノ葉には二度と手を出さないわ。…さぁ、早くこの腕を治して。強く想いを込めて"声"で唱えなさい。」
そう言われ、再度目を閉じて強く想う。
"この人の腕が治ってほしい"
"元通りの腕に"
途端、喉が熱くなるのを感じた。そしてそのまま想いを"声"に出そうとした時―――
― 「これで今度こそ木ノ葉を潰せる…!」―
頭に響いた"コエ"を聴き咄嗟に口を噤んだ。彼はそれを不審に思ったのか、再度私に言葉をかける。
「…どうしたの?さぁ早く腕を『嘘つき。』
『…腕を治したら今度こそ木ノ葉を潰すのが貴方の本心なんですね。』
そう呟いた瞬間、眼鏡の青年が私の側に来てガッと口元を手で塞いだ。
『………っ!』
一瞬の出来事に目を見開き再度恐怖に駆られていると、その人は私に冷たい視線を向け声を荒げた。
「……蓮、どういうこと?この女触れずにワタシの"コエ"を聴いたわよ。話と違うじゃないの!!」
蓮は戸惑いの表情を見せ、その人の質問に答える。
「そんなはず……っ!名前は触れる事で初めて
"コエ"が聴こえると以前本人から聞いた事です!!」
言いながら私に視線を移し、"怒り"をその身に纏い声を荒げた。
「…っ名前、お前いつからだ!?いつから触れずに聴こえるようになった!?あれだけ俺を裏切るなと言ったのに…っ、お前は…っお前は本当に「あ〜あ、1年も頑張ったのに時間の無駄でしたね、蓮さん。」
カブトという青年が、蓮の言葉を遮り話を振る。
「そもそもアナタが木ノ葉なんかに落とすからこんな事になったんでしょう?そのせいで彼女に心の拠り所ができてしまって…あ、もしかして蓮さんわざと「カブト、お前誰に向かって口聞いてんだ?」
蓮が殺気を向け凄むと、彼は肩をすくめた。
「そんな睨まないで下さいよ、冗談ですよ冗談。…さ、大蛇丸様どうします?今ボク、彼女に使う為の薬を持っていますけど…これを使うと腕は完全には治せませんが。まぁそれ以外の事ならある程度叶えられそうですけどね。」
そう問われ、目の前にいるその人が呼吸を乱しながら私を見据え小さく囁いた。
「…腕は完全に治らなきゃ意味はないのよ。まぁ薬を使って操れるならそれだけの価値はあるから……カブト、それを使いなさい。それにまだ腕を治す方法は1つ残っているしね…蓮、ワタシ達を音の里にこのまま送りなさ――」
途中で言葉を途切らせ、廊下の方を見る。
他の2人も同様何かに気付いたのかピクリと肩を揺らした。
「……どうやら、お客が来たようねぇ。なぜこの場所がバレたのかしら。」
「…わかりませんが、まぁ大体誰が来たのかは想像できますけどね。…ここは狭い、迎え撃つなら1番広いあの部屋へ移動しましょう。」
蓮が眉を潜めイラついた口調で呟く。その様子を見ていたカブトという青年が蓮に声をかけた。
「……で、蓮さん。大蛇丸様から許可を頂いたのでこのまま名前さんに薬を打ちますが…多分貴方の事も忘れてしまうと思いますけど、何か伝えたい事とかありますか?」
その言葉を聞き、私は目を見開きその青年にコエを伝える。
『…っ!?忘れるってどういう事!?』
そう問うと彼はニコリと笑い、私の質問に答えた。
「ああ、アナタの人格なくなっちゃうんですよ。簡単に言うと"大蛇丸様に逆らうな"という強い想いを植え付けられた操り人形になるって事です。」
その言葉を聞き、深い絶望感に襲われる。
私が、私じゃなくなる。
今まで出会ってきた人達のことも忘れ、
ただの操り人形になる――――
『いや…っそんなの嫌だ!!蓮、助け「裏切ったのはお前だ。」
私を見下ろし、冷たい視線を向ける蓮。
「お前がそんなバカだったとは思わなかったよ。せっかくチャンスを与えたのに、俺よりたかが数ヶ月いた里を取るなんてな。…まぁ俺はその"声"があれば十分だし、さっさと消えればいい……」
次の瞬間、肩にチクリと痛みが走り注射を打たれたのだと理解する。
途端に視界がボヤけ、徐々に意識が遠くなっていく。
そして私が"私"として聞いた最後の言葉は――
「お前自身なんて誰も必要としてないんだよ。」
……感情の篭っていない、恐ろしい程冷たいものだった。