25繋いだ手のぬくもり
***
あの後カカシさんは暫くして寝室から出てくると、「本当に悪かった。気の済むまで殴っていいから。」と深々と頭を下げた。
私はそんな彼に慌てて顔をあげるように言い、まったく気にしていないと気持ちを伝える。
すると、
「……それもそれで傷付くんだけど……」
複雑な表情をして、そう小さく呟いた。
『あ、えっと……お茶淹れますね!』
なんとなくその場にいるのが気まずくなりお茶を淹れる為キッチンへと逃げる。
準備をしながら、先程カカシさんにされた行為を思い出してしまい顔に熱が集まるのを感じた。
(…気にしてないなんて嘘に決まってるじゃない)
本当は嫉妬されて嬉しかった。
抱きしめられて嬉しかった。
もっと触れ合いたいと思ってしまった――……
そう思えば思うほど、頭の中に蓮の存在がチラつく。
(後悔しないように、なんて…できるはずない)
カカシさんに気持ちを伝えられずに私の前からいなくなってしまうのも。
この気持ちを伝えて、蓮が私の中から消えてしまうのも。
どちらも、後悔するに決まってる。
(……っ、考えるのはやめよう。
それよりも、もっとすべき事がある。)
今は気持ちに蓋をして、この"声"の事を1番に考えなくては。
そう思い、お茶を淹れ終えカカシさんのいるリビングへと戻った。
――――――・・・・
それからは、今までカカシさんが眠っていた間の事を話したり、今日会った綱手様の事を簡単に教えてもらったりした。
そしてまだカカシさんも体が本調子ではないという事、明日は早くに出て綱手様の元へ私の事を説明しに行かなければならないのもあり、簡単に夕食とお風呂を済ませ早々に休むことにした。
「名前、寝る前に少しいいか?」
布団を敷き寝る準備をしていると、ベッドに腰掛けていたカカシさんに声をかけられる。
『はい、なんですか?』
「…明日綱手様の元へ行って名前の素性、そして心の"コエ"を聴く力の事を説明する。でも1つだけ…お前の"声"の力の事は伏せておこうと思ってる。だから名前も言わないようにしてほしい。」
それを聞き、以前テンゾウさんから言われた言葉を思い出した。
―"里の掟に背いてまで、貴女を守ってる"―
小さく深呼吸をし、彼の目を真っ直ぐ見据える。
そして自身の思いを口にした。
『…カカシさん、私…この里が好きです。皆さんやカカシさんがいるこの場所が、私にとって何よりも大切なものになりました。』
私の言葉に耳を傾け、静かに聞く彼。
『私は……この里で生きていきたい。もう元の世界へ帰れなくてもいい。私の帰る場所は、ここなんです。だから…』
『隠し事は…したくありません。私は綱手様を、この里の人たちを騙してまでここに居たくない。だから明日…きちんとこの力の事も「ダメだ。」
今まで静かに聞いていた彼が苦痛の表情を浮かべ、私の言葉を遮る。
「その力の事は絶対言うな。…名前は分かってない。それを伝えたらお前がどうなるか『幽閉される可能性がある。…そうですよね?』
私の言葉にカカシさんは目を見開いた。
「……っ、分かってて言おうとしてるのか!?なんで…!」
『黙ってることによって、カカシさんが里の掟に反してしまうのが1番辛いんです。…私を守る為にそう言ってくれたのは嬉しいです。でも「違う!!!」
声を荒げベッドから立ち上がり、先程よりも一層苦しげな表情を浮かべ私の腕を掴む。そしてそのまま引き寄せられ、強く抱きしめられた。
「…違うんだ、違う。そうじゃない…俺が…俺が嫌なんだよ……。お前がここからいなくなるのが…それが1番怖いんだ…」
小さく呟かれた言葉。
…その声は、少しだけ震えていた。
「…頼むよ、俺が絶対守るから…だから側にいてくれ。…その力の事は…言わないでくれ…」
こんなに不安の色を浮かべる彼を見るのは、初めてだった。
震える声も、私を抱きしめるその腕の強さも。
彼の全てが私をつなぎとめようと必死になっていて。
その姿を見て、私はそれ以上自身の思いを伝える事ができず
『…わかりました。"声"の事は言いません。』
そう、言葉をかけることしか出来なかった。
それを聞いて、カカシさんは漸く身体を離してくれた。しかし彼を見上げると、未だ悲痛な表情を浮かべている。カカシさんの纏うソレも"不安"と"恐れ"で揺れ動いていた。
『…カカシさん、まだ何か「ごめん名前。」
両頬をその手で包み込まれ上向きにされると、額をコツンと合わせられる。突然顔が至近距離にきたことで、自身の心臓が大きく跳ね上がる。
その行為に体が固まっていると、カカシさんが小さく呟いた。
「…誓って何もしないから…今日だけ一緒に寝てくれない…?」
『……え!?一緒にですか!?』
「…うん、できれば名前を抱きしめたまま眠りたい。……ダメか?」
カカシさんの瞳が、私を映す。
それを見て胸が締め付けられる思いをした。
言葉でも"コエ"でもなく、その瞳に「好きだ」と言われているような気がして。
(……そんな目で見られたら、断れない……)
私のこの気持ちまで伝わってしまわないように、ゆっくり息を吐き心を落ち着かせる。
『……今日だけですよ……』
そう言うと、彼は安堵の表情に変わり「…ありがとう。」と小さく呟いた。
合わせていた額を離し、変わりに私の手を引いてベッドに入る。
カカシさんがベッドに寝転び、片腕を伸ばしもう片方の手で自身の隣をぽんぽんと叩いた。
「……ん、ここ来て。」
その仕草に、更に鼓動の音が加速する。
『…お、お邪魔します……』
そう言って、カカシさんの腕に頭を乗せ同じように寝転んだ。
するとそのままそっと抱き締められ、二人の距離が更に近くなる。
緊張で目をぎゅっと瞑り黙っていると、頭上から優しい声が降ってきた。
「…ふ、緊張してる?凄い体強張ってるけど」
『あっ、当たり前じゃないですか!むしろ緊張しない方がおかしいです!!』
「でも抱きしめて寝るの初めてじゃないでしょ?名前がうなされてた時、よくこうして眠ってたし。」
『……っそれとこれとは話が別です!!それにあの時は気持ちに余裕がなかったから…!』
そう顔を真っ赤にして言うと、頭上からカカシさんが可笑しそうに笑う声が聞こえた。
顔を上げその表情を見ようとした時、更にぎゅっと抱き寄せられ頭を撫でられる。
「…お前は、あったかいね。」
私の存在を確かめるようにキツく抱きしめられ、私自身も彼のぬくもりを感じて心がほっと温まる。
『…カカシさんも、あったかいですよ。』
いつからか彼の匂いやぬくもりが、何よりも自分を安心させるものになっていた。
そうして互いの存在を確かめ合うように、その日はカカシさんの腕に抱かれたまま眠りについた。