えふえふ | ナノ



猫ネコこ寝子3




 夢を、見ていた。
ジタンの飼い猫になって一緒に寝食を共にする温かい夢だ。
出生による嫉妬心から一方的に牙を剥いてしまうが、本当は仲良くしたい。兄弟を超えた想いだってある。
 夢の中では、幾度も願いが叶った。キスもした、風呂も入った、裸も見た、情欲もぶつけ合った。
それでもまだ足りない。心も体も繋がりたい。日に日に行き過ぎた欲望は膨れ上がり、抑えられなくなっていた。
それは彼も同じであった。目の前には欲情した男の青い目がギラギラと光っていた。もう、繋がるのも時間の問題。そんないい所で覚めるのが夢である。

 目が覚めたら猫の耳が生えていた。トランスまでしているし、横にはジタンが眠っている。どうしたものか、と考えて提案がうまれる。このまま猫の振りをして反応を見てやろう、という悪戯心だ。
頬を舐めながら覚醒を促すと、ゆっくりと翠の目が開いた。クジャの姿を認めると、にっこりと笑う。

「なんだぁ? 腹が減ったのか……?」

 「にゃあ」と慣れない鳴き真似で返事をするとゆっくりと口づけが落ちた。何をされたのかわからなかった。
驚いて目を丸くしていると、手が伸びてきて布団へと引きずり込まれてしまった。

「ミルクを入れてくるから、ここで待ってろよ……」

 寝ぼけながらもベッドから出て行く後ろ姿を、ただ見送るしか出来なかった。顔が熱い。
キスをした事なんてなかった。なんで今日に限ってこんなに優しいのだろうか、わからなかった。誰かと一緒に眠るなんて初めてだから、それすらも混乱を呼ぶ。
尻尾をたぐり寄せると、落ち着く為にも弄り回す。猫の耳は垂れ下がったままだ。
 しばらくしてジタンが戻ってきた。皿と瓶を手にベッドの前の机に置くと、なみなみとミルクを注ぐ。欠伸をかみ殺す姿には罪悪感が湧く。お礼の意味を込めて「にゃあ」と鳴けば力なくもヘラリと笑う。スプーンですくうと、鼻先に突きつけられてゆっくりと舌を這わせる。
甘い物はダイエットの敵だ。しかし適度な甘さと体温並みに温めてくれたらしい、ちょうど良い熱に思わず夢中になってしゃぶりついてしまった。
 すっかり瓶一本を飲み干すと、口の回りを拭ってくれる。世話を焼いてくれることに困惑するが、子供を見るような優しい笑顔に絆されてしまう。

「ごちそうさまか?」

 「にゃうん」と返事をして胸にすり寄れば疑問もなく抱きかかえられてしまう。一体彼の中で何が起きてこんなにも優しいのだろうか。考えてもわからないのならば、今は甘える事に集中しておこう。猫のふりを止めて言葉を発しようとした。
 声は出なかった。「にゃんにゃん」と相変わらず甘ったるい猫なで声が出て彼も笑顔で頭を撫でてくれるだけ。

「今日も甘えん坊だな……ふああ、もう少し寝かせてくれよ」

 「僕はそれどころじゃないのに!」なんて言葉にならない。シャツを引っ張って覚醒を促すが、どんどん布団に飲み込まれていく。同時に白く逞しい手が伸びてきて共に引きずり込まれてしまった。

「よしよし、寒くないか?」

 まるで恋人の優しい声に温かい手。抗議をしたいが、流されてしまうのが悔しくてたまらない。徐々に襲い来る睡魔に負けて、長い睫毛を閉じる。
今だけは、ペットのような扱いも、気の利かない眠気も許してやろう。
起きたら引っ掻いてやる。そう心に誓いながら彼にすり寄り「にゃん」と鳴いた。
 再び目が覚めた時には、隣は空洞だった。布団だけでは肌寒く、丸くなって震えているとジャストタイミングで扉が開かれた。現れたのは勿論弟だ。1人にされたことにふてくされ、ぶっきらぼうに鳴くと乱雑に撫でられ誤摩化される。それでも流されてしまうあたり、相当弟には弱くなってしまった。自分に呆れるばかりである。

「じゃあ俺は外に行ってくるな。お前はどうする?」

 寒いのも、誰かに見られるのも嫌というのが答えだ。だが、彼と離れる事を考えたら比べるまでもない。
服に爪を立てて上目遣いをすれば、頬をかきながらも笑顔が見えた。立ち上がる姿を眺めていると、ゆっくりと腕が広げられる。
もしかして飛びついていいのだろうか。感情のまま抱きつけば、頭を優しく撫でられて体が宙に浮いた。

「やっぱりお前は可愛いよ」

 お姫様のように抱き上げられて悲鳴すら上がらなかった。驚き耳が立ち上がって、目はまん丸。可愛い猫の反応に気を良くしたように、彼は笑い歩き出した。
どこへ行くかなんてわからない。だがどうとでもなれ、と思う。
 一緒ならどこでもよかった。どんな場所でもよかった。大の男を抱き上げてもびくともしない逞しい体に身を預け、ゆらゆらと尻尾を揺らす。
怖いくらいに大好きが溢れ出す。

 目的地はクリスタルワールドだった。途中で何か素材を集めていたようだが、きっとそっちが本命。こちらはただ立ち寄っただけのように思えた。
赤や青、淡い色で輝くクリスタルたちが2人を照らす。まるで夜の星を見ているような儚く、それでも美しいこの場所は2人の運命の場所である。
空は汚れた色をしているのが更に宝石の美しさをひきたて、無風がまるで異世界に迷い込んだような不思議な空間を作り出す。
 ジタンは何をするわけでもなく、クジャを見つめていた。
膝に乗せて、優しく毛を整えるよう撫でながら慈しむように笑っている。いたたまれないが、悪い気はしない。

「今日はおとなしかったな」

 やたらと「今日は」と何かと比べる発言が多々有るが、一体何と比べているのだろうか。
なんだか最近の記憶がぼんやりしているが、何かされたのだろうか。不信感がわき上がり眉を寄せる。噛み付いてやろう、と心に決めて爪を出せば突然頬を撫でる優しい手。
 この手に撫でられるだけで「今回は許してやろう」と思ってしまうから恐ろしい。不満と喜びがこめて「にゃうん」と鳴き、目を合わせると切ない表情。何故そんな顔をしているのだろうか。情緒不安定な彼を慰めようと指を伸ばせば、ゆっくりと同じものが絡まった。

「いつもは止めろって言うけど、なくて寂しい……なんて」

 女々しい発言も相まって段々腹がたってきた。引っ掻いてやる約束を思い出して爪を立てると、いきなり口づけられてしまった。何が起こったかなんてわからない。
角度を変えて何度も味わうようなキスをされて意識も蕩けてきた。
 今日のジタンはなんだかおかしい。これは悪い夢なのか、何かの劇にでも紛れ込んでしまったのか。引きはがそうとした手は、彼のシャツを強く握りしめていた。
クチュクチュ、と卑猥な音に犯されていく。何も考えることが出来なくなり、体すら支えられなくなった。くたりと彼の体に身を預け、解放されるまで感受した。
 やっと自由になったと同時に咳き込み、荒い息をつく。優しく撫でられる手から愛情を感じて背中がむずがゆくなる。安堵して「にゃうぅん……」と鼻につく熱を漏らす。彼は嬉しそうに口を拭いながら、視線はこちらを見ていなかった。どこを見ているのだろう、不安になっていると手が体を滑り、股間で止まると勃ち上がった中心を握り込まれた。

「まだ発情期なのか? ちょっと待ってろ」

 周りには誰もいない。
何をするのかと思いきや、クリスタルを背に降ろされて雄をくわえこまれてしまえば驚くのも無理はない。舌を這わせて慣れた動きでイイ所を刺激される。男相手に経験があるのかと疑う舌使いに、怒りが湧けども抵抗は出来ない。足を広げて体をくねらせると、女を彷彿として興奮する彼。
愛撫も過剰になり腹に這う手がくすぐったくて甘い息が漏れた。

「今日は一段と可愛いな……」

 うっとりと太ももを撫でられ、抗議をしようとすれば玉の裏側へと舌を這わされる。思わず悲鳴に似た甘い声を上げれば、気を良くして先端へと舌を這わせていく。

「イきたいならいつでもイけよ」

 飴でも舐めるように先端を愛撫され、腰を揺らしてしまう。わざと歯に当たるように腰を振れば、痛みが心地よい刺激となり雄をかすめる。断続的に大きくなる声が甲高くなり、彼の頭を掴むと勢いよく精を吐き出した。
 止らない液体を余さず飲み干すと、彼は男らしく面妖に笑う。荒い息を整えながらも手を伸ばすと、頭を優しく撫でられて微笑まれた。

「可愛いぜ……俺の可愛い猫……」
「……悪趣味……」

 やっと出た言葉は掠れた憎まれ口だった。甘い瞳で見つめると、見る見る大きくなる瞳。何を驚いているのかはわからないが、ゆっくりと距離を置こうとするのが見えた。

「え、お前、元に戻って……」
「な、にが?」
「記憶がなかったんじゃ」
「なんだか頭と記憶はぼんやりしてる……」

 痛む頭を抱えて火照る体を抱き寄せると、真っ青になった彼が見える。何を慌てているのかはわからないが、愉快である。クスクス笑うが、憎まれ口は帰ってこない。

「忘れろ」
「は」
「忘れろって言ってんだ」
「なんで」
「いいから」

 背中をむけて頑に訴える姿にイライラしてきた。もしや今の行為を恥じているのではなかろうか。一方的に襲われたのは確かに腹正しいが、なかった事にされるのはもっとイライラする。
 望んだ事、といえばおかしいかもしれないが同意の上だ。それなのに強姦をしてしまったかのような反応をされるのも心外である。

「元に戻ったなら、お前はもう帰るんだよな」
「戻った、って何さ」

 元に戻った、という表現も不可解で気に入らない。それよりも離れていく彼がもっと気に入らない。
尻尾を振り乱しながら、女豹のポーズでにじり寄ると尻尾に負けない赤い顔の出来上がり。

「途切れた僕の記憶に何があったか。知る権利は十分にあるはずだ」
「いや、それは、その」
「話してもらうよ。知っていること、全部」

 もう逃がさない。端に追いつめられた彼に面妖な笑いを浮かべ、唇は弧を描く。真っ赤な顔で床を見つめ、何かを思案していたが、意を決したように顔を上げる。なんだかんだで思い切りのいい、男らしい彼の性格は好感を持てる。

「お前、猫になってたんだよ」
「は?」
「見た目はそのまま、でも中身が本物の猫みたいになってたんだ」
「嘘だ……ど、どれくらいだい」
「1ヶ月とちょっと、だな」

 信じられない言葉に押し黙った。口元を覆いながら青ざめる姿に、ジタンも申し訳ない表情で視線を逸らす。本当なら何があったかを一日ごとに聞きたいところだが、恐ろしくて聞けない。
後ずさった体を支えるように伸びてきた手すらはね除けてしまった。

「……その間、何を」
「ずっと、俺の所に……いたぞ」
「君の?」
「離れたくないって、すりよってきた」

 獣の本能のままに行動してしまったようだ。望みではあるが彼にはまだ明かす気ではなかった。思わず青くなり更に距離を置くと、拒絶に落ち込む彼が見える。

「やっぱり忘れろ」

 止める間もなく走り去っていく彼の背に、慌てて手を伸ばす。
掴もうとした腕はするりと抜けて、去っていく後ろ姿に焦りを覚えた。
この機会を逃せば、永遠にやってこない気がした。か細く鳴いた猫の声は、彼には届かなかった。
 クリスタルワールドと彼の寝床以外、行きそうな場所なんてわからない。困り果てて周囲を見回しながらも歩いていると、2人組に出会った。
確か、ジタンと一緒に旅をしていた2人だ。向こうもクジャに気がつき、バッツが笑顔で近づいてきた。

「あれ、クジャじゃねえか。戻ったのか?」
「……うるさいよ」
「猫のときはあんなに可愛かったのにな」

 睨みつけると「おっかない」と肩をすくめてみせる姿がわざとらしい。横に立つスコールにも目配せをして、頷き合う信じ合った様子が無性に気に食わない。もう用はないから帰ろう、と踵を返せば周囲を忙しなく見る姿が見えた。

「そういやご主じ、ジタンは?」
「君たちはボクがどうなっていたか、どこまで知っているんだい?」

 鋭い目と眉間の皺はそのままで、威嚇しながら問えば顔を見合わせて首を傾げる姿が見える。
人の仲のいい姿を見るのが気に食わなかった。自分よりも幸せな者を見るのが我慢ならなかった。手に入れ損ねたものを見せつけられるのが、心を締め付けた。どんどん気分がささくれ立って魔力の収縮する空気の音すら甲高く鳴り響き始めた。

「えっとな、お前の素直な心がそのまま形になった……みたいな?」
「抽象的すぎるぞ」
「だってそうとしか言えねえだろー?」
「その根暗君の言う通りだ。もっと詳しく」
「俺のスコールを悪く言うと怒るぞ」

 いつにもない真剣な表情で怒る彼に気圧されて尻込みをしてしまった。どうしようかと考えていると、赤くなりながらもスコールが宥めて気が和らいだ。

「お前はずっとジタンから離れたくないって、引っ付いて甘えてたんだ」
「僕、が? 本当に?」
「嘘は言っていない」
「あいつの事は好き、だろ?」
「君に決めつけられる筋合いは……」
「ご飯もらって、一緒に寝て、風呂も入って。他の皆がすると嫌がるのに、ジタンにだけは喜んでたぞ」

 信じたくはないが、本心なのは紛れもない真実だ。
素直になれない心で、何度も彼と一緒にいたいと願った。恋人のように甘えたいと思った。会えば戦う運命でも、憎まれ口が先走ってしまっても、兄弟以上の愛情は嘘ではない。
 尻尾が丸まり、汐らしく股間を隠す。何も言わずに見ていたスコールが急に前に出て、相変わらずの仏頂面で吐き捨てる。

「ジタンと一緒に暮らしているお前は、本当に嬉しそうだった」
「そんなわけない、だって、僕は」
「ご飯も、アイツが全部準備してたんだぜ」

 自分が獣になったからと言って、偏食なのは変わらないだろう。それでも、空腹なんがないということはちゃんと食べたということだ。試行錯誤を繰り返し、残さず食べる物をわざわざ研究したというのだろうか。
少し、胸が締め付けられた。

「もう、素直になったらどうだ」
「そうそう。夜な夜な俺たちの所に」
「バッツ!」

 まだ秘密があるようだが、真っ赤な顔のスコールに妨害されてしまっては仕方ない。
ここまで必死に隠そうとするものはなんだろう、無理矢理聞き出そうとしたが、鋭い目で睨みつけられる。怖いとは思わないが、赤すぎる顔が痛々しく可哀想に思えてしまった。

「君たちの言う事、全て信じたわけじゃないけど。感謝はしておくよ」
「ま、頑張れよ。俺たちまではいけるとは思わないけどな!」
「お前は口を開くな」

 友人、いや恋人の漫才は当てつけられるだけで笑うところなんてない。ため息を漏らしながらも急いで背を向けると、魔力をふんだんに使い彼を捜すことに専念した。

****

 彼は、月の民の兄弟の因縁の場所で丘に登って月を眺めていた。
ぼんやりと空を見つめる姿は子供らしさもなく、大人びて男らしく見える。真剣だが、はっきりとした物を見ているのではなく、見えない心を見つめていた。
 金糸の尻尾を揺らしながらも明けない夜空を眺めていると、後ろから誰かが近づいてくるのがわかった。
 重い鎧の音が規則正しく響いてくる。振り返るまでもないだろう。背中越しに「なんだよウォーリア」と問えば、驚いた様子もなく足音が止まる。

「今日は珍しく1人か。兄は寝ているのか」
「アイツならもういねえよ」
「いない?」
「元に戻ったから、帰った」

 声が冷たくなっているのは自分でもわかる。ウォーリアに罪がないのもわかっている、これでは子供の八つ当たりだ。それでも、このモヤモヤとして渦巻く感情の霧を晴らす方法を他に知らなかった。
 大切な者を失うのが、こんなにも空虚なものだなんて。険しい顔を隠すように膝を抱えると、座る事すらせずに沈黙だけが降り注ぐ。空も何も言わない、彼も何も言わない。ただ耳鳴りだけが頭を回っていた。

「別に一生会えないわけではないのだ、そう落ち込むな」
「もう、あんなに仲良くはなれねえって」
「何故そう決めつける」
「アイツは俺のことが嫌いだから」

 ふてくされている自覚はしている。せめて感情のまま当たり散らさないよう、膝を抱える手の力を強くして、地へ踏ん張るしかない。
彼は相変わらず腰を落ち着かせるわけでもなく、ただ月を見上げていた。つられて空を見上げたが、雲1つない星空が憎らしいまでに美しく続いているだけだ。この平穏が逆に落ち着かない。尻尾が激しく動き出したのを横目に、彼はまた口を開く。

「嫌い、ならば一緒にいるのか」
「あれは、ただ寂しいだけだろ」
「自分に言い訳をするのはやめろ」
「な、にがだよ」
「お前は嫌われるのが怖いだけだ。だから言い訳をしようとする」

 腹がたつのは的を得ているからだ。思わず肩を怒らせて立ち上がろうとして、真っ直ぐ見つめてくる青い瞳に気圧されてしまった。

「早く行ってやれ。待っている場所はわかるだろう」

 静かにそう告げると、腰を下ろして月を眺め始めた。
 相変わらず何を考えているかわからない人である。だが、仲間を想ってくれる優しい戦士なのはよくわかっているつもりだ。慌てて立上がると「サンキューな」とすれ違い様に呟く。素直に礼を言うのも癪なほどに心は煮えたぎっていたが、彼のおかげで重い腰を上げる事が出来た。
振り返らない彼のどっしりとした後ろ姿に手を振りながら、自慢の足を絡まるくらいに動かす。
 目指すは、2人の約束の場所。

 クリスタルワールドも静寂に支配されていた。
日が暮れてきたが、夕日なんてない世界はただ薄くぼんやりと水晶が赤と青の光を放つだけだった。
彼は、光源となるクリスタルの上にいた。猫のように丸くなり、寒そうに体を振るわせながらも動かなかった。
全力疾走してきたつけで、痛む喉と息を整えているとゆっくりと白い肢体が起き上がる。眠そうに伏せられた目が見開かれ、不機嫌に細くなる。

「ジタン」

 怒りに任せた音色だが、名前を呼んでくれたというだけで心が高鳴ってしまう。これも一種の病気だと思う。赤い顔で名前を噛み締めていると、小さな舌打ちが聞こえてきた。

「聞こえているだろう。無視をするつもりかい」

 クリスタルの上に足をたたむ座る姿は女にしか見えない。赤い尻尾を振りながらハレンチな姿を晒され、思わず赤くなる。
相も変わらず耳は付いており、小刻みに揺れている。これは機嫌が悪い証拠だ。可愛い、とも思っても口にしたら最後機嫌を損ねて大惨事になるのは目に見えている。

「やっと来たね。こなければ君の寝床を破壊してでも燻り出そうと思っていたのに」
「なんで、そこまで」
「僕にあんな事をして逃げられるとでも?」
「忘れろって言ったろ。嫌だろ、男にフェラされたって」
「嬉しかったよ」

 真っ直ぐと自分の素直な気持ちを伝えるなんて珍しい。もしかして何か企んでいるのだろうか。目を剥きながら様子を伺うが、足をもじもじと擦り合わせるだけで策を仕掛けてくる気配はない。

「こんなところ舐めてくれる人、そうそういないよ」
「いや、その」
「初めて、だったから驚いただけ」

 ゆっくりと目の前に舞い降りる姿はまるで鳥だ。
尻尾をゆらしながらも近づいてくると、唐突にズボンに手をかけた。何を考えているのか、未だに読めない。混乱している間に剥ぎ取られ、濡れた下着が見えた。興奮しているのがバレて笑みが漏れる。
 鼻をくっつけ、青臭い匂いを胸いっぱいに嗅ぐ姿に血が登るのがわかる。恥ずかしいが、愛おしくもある。大切そうに両手で脈打つ雄を包み込むと、夢中で匂いを確かめて頬を寄せる。そんな痴態を見るだけで段々勃ち上がるのがわかった。

「はぁ、舐めたい……」

 男の物なんて汚いのに、物欲しい美味しそうでたまらない。
気持ちはわかる。好きな相手だと、どんな所でも愛おしく思えてしまうのだ。恋は盲目、一種の病気とは思うが、本能がそうさせるのだから仕方がない。火照る体と興奮する雄に任せて優しく口づける。

「待てって! お前、くぅ……」

 プルプルと震える物をしっかりと包み込み、頬張る。臭さも苦しさもなく甘い。彼もこんな気持ちだったのだろうか。無性に惹かれて、我慢出来なくて、幸せで。先端から出てくる精子を余す事なく舐めとると、唐突に頭を抑え込まれた。
 無理矢理抑え込まれた状況に興奮して噛み付けば、精液が一気に口内へと吐き出された。抑えきれなかった精は顔を汚して思わず咳き込んでしまった。

「くっ、はぁ、はぁ、ごめん……」
「甘い……美味しいよ……」

 男になんて触りたくないのに。あんなに憎かった弟が特別になった。
生臭い雄に舌を這わせ、強く吸い上げる。まだ足りない。もっとほしい。猫のように舐め回すと荒く男らしい息が間近で聞こえた。

「わりい、我慢してたけどもう限界だ……」

 唐突にひっくり返る視界に覆い被さる影。目を瞬かせていると、余裕のない獣の表情をしたジタンがいた。
はあ、はあと断続的で興奮した声が聞こえる。男に迫られるのは怖気が走るが、求められるのは悪い気がしない。流し目で誘うと唾を飲み込む音がこちらまで聞こえてきた。

「なあに? 君も発情期?」
「お前の事、抱きたい……」
「君が僕を? 冗談」
「冗談じゃねえよ。お前の事ずっと抱きたいって思ってた」

 真っ直ぐな瞳に嘘はない。本気の彼に気圧されながらも抵抗する気は起きない。このまま流されてしまってもいいかもしれない。答えるように手を伸ばせば赤い尻尾が絡まった。

「僕、そんなに綺麗?」
「綺麗だよ……色っぽくて綺麗で可愛い……」
「女みたいな褒め方をするんだね」

 毛で覆われた乳首を探し当てて吸い付かれる。毛が濡れて不可解な快楽を産むし、男に舐められてこんなに感じる日が来るとは思わなかった。
抑えずに声を上げると嬉しそうに息がかすめる。首筋に優しく食いつかれ、甘噛みをされる度に体が震えて子猫の悲鳴が上がる。
 体が覚えているように次を待ちわびて心が高鳴る。
甘えた視線に答えるように腹を撫でられて、股間部を弄られる。汗に濡れた毛と手の冷たさが体を刺激して新たな快感を生み出していた

「んもう……そんなに急がなくても、もう逃げないよ……」

 元より快感には弱い。ストイックに見られるが性に関しては奔放である。ただし、金を貰わないと抱かれたくも抱きたくもないし、美しい者しか認めない。
乱暴にサディスティックに責め立てるのも好きだが、男に欲情されて後ろを使った事もある。
 強く責められるもの嫌いじゃない。ただ、一時の温もりを得られるだけで寂しかった。

「君は僕をどうしたい?」

 ジタンも同じだろうか。抱けばそのまま離れてしまうのだろうか、それとも執着して何度も行為を強いてくるだろうか。お金を払ってまで襲いかかってくるとは思わないが、一時のなぐみ合いだと思うと胸が痛んだ。

「お前が嫌がることはしたくないぞ」
「やめて。って言ったらやめてくれる?」
「お前が嫌ならやめる」
「じゃあ、酷くして」
「は」
「君の事、忘れられないくらいに酷くして」

 痛みはより強く記憶に残る。ならばどれだけ記憶がなくなろうが、遠くに離れようが忘れられないようにしてほしい。
それでも恐怖に震える体を抱きしめると、上から温もりが重なる。

「それは聞けない」

 額に口づけられ、体を擦り付けられて身震いした。火照る体は演技なんかじゃない。甘えて「にゃー」と鳴けば唇が合わさった。
ずっとこうしていたかった。罪悪感でもいいから彼を縛り付けて独り占めしたい。お金なんていらない。女になんて目移りしないで。ずっと傍にいて。
頬を紅潮させながら尻尾を揺らせば、黄色と赤が絡まった。

「お前のこと、好きだから」

 何度も何度も唇を重ねて互いを求め合う。健康的で嫉妬するほどきめ細かい頬に手を滑らせると、無邪気な笑顔に照らし出された。

「トランスしてるお前も可愛いけど、いつものお前が見たいな」
「無茶を言うね……戻れないんだ」
「耳のせいか?」
「知らない」

 彼の意思通りに動く三角の耳に好奇心旺盛な手が伸びてきた。左右同時に掴むと、薄い皮を堪能するように揉み込まれて、くすぐったさに上擦った声がでる。
初めは不快感しかなかったが、徐々に快感がわき上がり体の力が抜ける。擦り寄り鳴き続けると、口にくわえられて驚いた。

「君はっ、本当に信じられない事をするね……っ」
「可愛い声。もっと鳴けよ」
「僕は猫じゃないよ」
「知ってる。お前の声で、好きなだけ鳴けってことさ」

 あざとく「にゃー」と鳴けば「そうじゃねえよ」と笑い声。猫ネコ寝子。夜でも昼でもネコは鳴く。

++++
本用(過去形)

修正18.3.5


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