えふえふ | ナノ



化け狐の嫁入り1

※フリオ×狐マティ
※皇帝女体化


 静かにしんしんと、雪が空から舞い落ちる。まるで時を刻む砂時計の中のような、静けさと丸い空。暗い空から降り注ぐ雪は、天からの贈り物にも見えた。
今日も吹雪がやってくるのか、と静かに呟くと青年は上着を握りしめる。
 足首まで積もった雪に負けないよう、強く一歩を踏み出していた時だった。
遠くから、か細い声が聞こえてくる。一体なんなのか、人すらなかなか近づかない場所だから、獣なのはわかる。
 しかしこんな雪の日に一体何があったのだろうか。
それは近づいてわかった。
 それは一匹の狐だった。
 遠目にビルが見える住宅街に、動物なんて珍しい。前足に鉄の針金が刺さり、痛々しく血がにじむ。か細い声で鳴きながら助けを求める姿に痛ましい気持ちになる。美しい金の毛並みは乱れて、雪に隠れてはいたものの汚れているもの見て取れる。

「すぐに助けるからな」

 毛を逆立てているのも気にせず、手の痛みに耐えながらも取ってやる。聞こえてくるのは元気な声ではなく、威嚇をするような鼻息のみ。
怪我をしている腕を見ようと抱き上げると、反射で噛み付かれてしまった。
 野生の獣は人間になれていないのは仕方ない。別に礼が欲しくて助けたわけでもない。肉を抉り、痛みを訴える腕は気にしないことにしてゆっくりと背中を撫でてやる。

「怖くないぞ。おとなしくしてろ」

 触れると暴れる体に負けず、抱き込むと腕に噛み付いた歯を外して、毛並みを手櫛で宥めてやる。

「何もしない。ただ、お前を助けたいだけだ」

 今に暴れる体を思わず離してしまうと、怪我をした腕から落ちてしまった。ゆっくりと体を起こす姿を痛ましく思っていると、「見るな」と言うように睨みつけられた。
ここまで威嚇をされては仕方ない。心配ではあるが、伸ばした腕は容赦なくパンチでたたき落とされてしまう。
 マフラーを置いて立ち去ろうとすれば、丸い瞳がいつまでも追ってきた。
つぶらな瞳は家にまで付いてきた。
ドアを開けながら振り返ると、キュウと小さな鳴き声と見上げる紫色の目。まるで「はやく開けろ」と言うように前足で、脛を叩かれる。

「わかったから」

 すぐドアをあげると、片足をあげながらも玄関へと滑り込んできた。
治るまで安全な場所を確保したつもりなのだろうか。一番温かい暖房器具の前に有るソファで丸くなると、丸い背中が規則正しく動き始めた。
 触られたくない、と訴える割に住み込む気でいるらしい。もしかして懐いてくれたのだろうか。それでも柔らかい毛に手を出せば、虫を払うように尻尾が手を打った。
渋々手を引くと、満足したようにフスン、と鼻を鳴らして再び夢の中。
 新しい居候が増えてしまった、と綻ぶ顔が緩まなかった。

 狐は懐かなかった。
 家に居座りはしたが、簡単に触らせてくれない、ソファを取ると怒る、高いもの以外は食べない、気分で好物が変わる、物は散らかすし髪癖も酷い。怒ったとしても堪えていないようで、鼻を鳴らすと噛み付いて無視を決め込む。
王様気分の狐には困ったものだが、足が治るまでは追い出す事もできない。多少のおいたには目を瞑って、暴君の姿にため息をついて眺めていた。

「お前な。物は壊すなっていっただろ」

 今日も帰宅すると台所が荒れていた。お腹がすいたのだろうか、いつも遊ばせているリビングを見れば散乱したぬいぐるみも見える。狭すぎるわけではないが、人形を散らかされては座る事も出来ない。ため息をつきながらソファに避難して丸くなる狐を睨みつけた。
 人形は、狐が喜ぶかと思って貰ってきた品である。狩りの練習だろうか、汚れてほつれているのは仕方が無いが、綿が出ているのは余程攻撃的な気性をしているのだ。腕を見て、無数の噛み跡にため息が漏れた。

「全く……怪我が治ったらすぐに逃がさないと」

 もう随分歩くのもうまくなってきた。たまに舐めて傷を洗浄しているのも見かけた。もう調子も戻っているようではあるし、野に返すのは時間の問題だろう。
 名残惜しい気持ちはあるが、これ以上部屋を荒らされてはたまらない。いくら言っても聞かないのは、野生動物であるからだろう。ぼやきを聞いて、狐も耳を動かすだけでウンともスンとも鳴かない。
 人形を片付ける姿を眺めていた狐だったが、突然腕に噛み付いてきた。驚いて手から落とした物を、一陣の風が浚っていく。確か幼馴染みが悪戯で作った、フリオニールを模した人形だ。傷のついていないそれを、大切そうに抱え込むと狐は目を閉じた。

「人形よりも、本人を大切にしてほしいんだけどな」

 痛む腕を抑えると、視線が腕へと絡み付く。心配をしてくれているようではあるが、低い唸り声は続いている。
 懐いてくれないのは野生動物だから仕方がないのはわかっている。それでも同居するからには仲良くしたい。痛む手を擦りながら溢れる血に眉を寄せる。耳がピクンと動いたと思えば、体をかがめてか細く鳴いた。反省はしてくれているようだから許してやろう。
他のほつれた人形たちを全てダンボールの中に戻すと、狐がソファへと戻るのが見えた。
大切そうに、フリオニールの分身を抱えながら眠る姿に絆されてしまう。
もう少ししたら、懐いてくれるのではないか。そんな淡い期待を抱いて。

「……飯食べたら、俺も寝るか」

 疲れた体に鞭打ち、エプロンをつけると冷蔵庫を開く。最近狐の為にお金を使い、自分の為には無駄遣いが出来ない。隙間しかない冷蔵庫を眺めがなら、かろうじて置かれているキャベツとひき肉を取り出した。
 今日はロールキャベツにしよう。
丸くなり眠る狐を振り返って微笑んだ。

**

 眠るときは寝室なんてない。いつもリビングのソファーベッドで眠る。
薄いカーテンを締め切り、空調の為に窓を少し開けて羽毛の布団を被って眠る。
狐はバスケットにタオルを敷き詰めて、中で丸くなって眠っている。
数週間経った今では寒いのか、潜り込んできたり上で湯たんぽのように眠っていることが増えた。
 明日も早い。時計が12時に回った頃のことだった。カーテンが夜風に揺られてゆっくりと舞い、音が聞こえてきた。これは風の音ではない。人の声だ。

「起きろ平民」

 眠りを妨げる、不躾ながら心地よい声に目が覚めた。
月に顔を照らされ、眩しさに目を瞑れば、月を覆うように影が差す。一体何だろうか。体を起こして影を追うと、そこには天女が1人枕元に浮かんでいた。
 窓から差し込む月光を背に佇む姿は、見た事のないほどに美しかった。眠い頭を揺さぶるように響く声も、影が指す端正な顔立ちも美しく、そして人間とは思えないほど面妖だった。
洋服でもない、本で読んだような着物に近い服だ。まるで平安時代のような和服ではあるが、肩は露出していて花魁のようだ。谷間を見せる用途があるらしい。
何枚も重ねられた布の間から見えるのは白いおみ足。ベランダへと続く大きな窓が、まるでステージのライトのように彼女を照らす。
 寝ぼけて体を起こすが、おかまいなしに彼女は続ける。

「貴様の願い、1つだけ叶えてやろう」

 唐突にそんな夢物語を言われても困る。
 願いを叶えるなんて不可能だし、まず彼女が何者でどこから入ってきたかがわからない。それに、宙に浮かんで足を組む姿は人間とは思えない。頭に揺れる獣の三角の耳が、九本の狐の尾が人ではない事を訴える。

「早くしろ。私の気が変わる前に言え」

 一体誰なのか。どこから入ったのか。そんな夢物語が本当にあるのだろうか。言いたい事は山ほど有るが、不機嫌な声よりも白い足が目に入った。傷1つない足に。

「……足の怪我、治ったんだな」
「は?」
「お前が家に帰れるならそれでいいさ……」

 何故このような事を言ったのかはわからなかった。しかし、あの狐の事を思い出してしまったのは獣に似た風貌のせいだろう。
目を丸くして呆れる顔が見えたが、眠気に意識が支配されてしまった。ゆっくりと目を閉じると、「待て」と細い指が頬を叩いた。

「私にとっとと帰れと言いたいのか」
「違う……お前も帰りたかっただろう……」
「私は、貴様との生活は悪くない」
「そっか」
「信じていないな」
「眠い……」

 優しい平手打ちではこれが限界である。ゆっくりと夢路へとつくと呆れたような優しいため息が聞こえてきた。

「仕方のない奴だ。私の姿を見ても勃たない男など初めてだぞ」
「おやすみ……」

 ゆっくりと布団に入ってくる毛皮を抱きしめると、落ちるように眠りについてしまった。鼻孔をくすぐる甘い香りに、か細い鳴き声は狐のものだ。

「お前が元気なら、俺は何もいらないからな……」
「ならば私を傍に置け。帰れなど、言うな」

 耳元で女の声が聞こえた気がした。胸へと頭を擦り付ける狐の頭を撫でると、キュウと媚びた声をあげる。今日夕方に噛まれた腕を必死に舐めていると思えば、甘く噛み付きじゃれてくる。
 そんな戯れですら愛おしい。

 今か昔かもわからぬ話。これは1人の若者と獣の運命の出会いのお話。

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17.11.12


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