ててご | ナノ



蛇と貴族の神隠し2

※2
※女体化
※バイパー×イチハツ♀
※蛇人×人間


 貴族であるジョゼフが、故郷を離れて鬱蒼とした密林地帯にきたのは、不老不死の薬のためである。どんな疫病にも有効で、どんなに深い怪我すらも治し、あまつさえに死者すらも生き返らせる。その噂を聞いた時は、ダメ元のつもりであった。元より伝説上の理想の秘薬を夢見て探していたのだ、そう簡単に見つかるとも、一生をかけても見つからなくても文句は言うつもりはなかった。
 だが、この蛇神にの所持する薬は本物だ。長年消えることのなかった戦禍の呪縛が、跡形もなく消え去ったのだ。つい、感嘆の声が漏れ出てしまった。
この理想の薬は一体どう作られるのだろうか。人里に降りないという蛇の言葉を信じるのならば、自然にあるものから制作していることになる。熱帯雨林など既に探検家たちが隅々まで調べているだろうに。いや、この地だけは現神の怒りに触れると原住民たちが侵入を拒まれているのだ。その為に、まだ未発見の薬草があるのだろう。興味と妄想は尽きない。

「邪魔をしないなら、少女たちのように厄介になっても構わない」

 その言葉の通りに、彼の元に助手として邪魔することになったのだが、予想外なことばかり起きるのだ。
まず、彼は人間についての知識がほとんどない。少女たちと交流が少なく、体温があることや、性別が明確であることも知らない。「イドーラとルカですでに性別が違うではないか」と問えば「些細な違いであって、生活が変わったり体質が変わることはない」と。どうやら性別というものは本来なく、何かしら人間をモデルとし、化けてこの見た目になったらしい。もちろん、生殖も必要ない。
 次に薬であるが、彼が定期的に1人で作成するらしい。内容については気軽に聞ける仲ではないために、彼は無表情で口を閉ざす。尋ねるだけならば追い出されることもない、秘密を明かすチャンスも生まれる。胸にしまったロケットに念を込めるように手を当てては、目を閉じて心に誓う。必ず、例え手足が失われてもこの任務は貫き通すのだと、何度も自分に言い聞かせて。

「何をしてもいいのだったね。では一緒に住まわせてもらうよ」

 驚く蛇をまっすぐ見つめ、できる限り余裕を見せて笑う。
この一軒家のログハウスは、随分と狭く、寝床と研究室とリビングが一緒になっているような作りである。台所や風呂はどうしてるのかと聞けば「外で行っている」などというのだ。むしろ、料理に関してはほとんど行っておらず、食事もしなくて問題ないらしい。こんなところでも種族の差を感じてしまい、目眩がしてきた。
 男女で一つ屋根の下はどうかと思うがいた仕方ない。近くて見ていればこの神とやらの性質もわかるし、何より逃げられることがない。だが、最大の問題があるのだ。風呂がないこともさながら、ベッドが1つしかない、いや、ベッドと呼べる代物の上には謎の紙や素材が乱雑に置かれていて、本来の用途に使われていないのだ。

「睡眠はいつもどこで?」
「基本取らない」
「ならばベッドは私が使うぞ」
「いいよ」

 二つ返事で答え、もう彼女の用事が終わったものだと作業机へと戻っていく後ろ姿。ズルズルと隠すことのない蛇の尾が異質で、敷き詰められた草を編んだ絨毯に軌跡を残していく。

「基本的に、自由にしてもらって構わない。ああ、本は読めるかどうかわからないけれど」
「……見たことのない文字だな」

 試しに足元に積んでいた、色あせた古書を手に取ると、見たこともない言葉の羅列。絵も少ないために、なんのことについて書かれたものかも検討がつかない。現地の言葉は覚えたはずだから、きっと彼らにしかわからない神々の時代からの古代文字なのだろう。さすがに考古学まで精通はしていない。首を傾げつつ、だが初めて見るものに興味津々な貴族の姿を見て、小さく笑うと机へと向き直った。

「休みたいときは私もベッドを使うから」
「は? 同じところをか?」
「広さは十分にあると思うが、支障でも?」

 確かに、ベッドというよりは羽毛と獣の毛を敷き詰めた休憩所というスペースだ。キングサイズのベッドより広いだろう。だが、問題はそこではない。男女で同衾するという事実である。

「眠るならば寝床くらいわけろ!」
「何故?」
「普通だろう!」
「普通、とは」
「男が馴れ馴れしく女に触れるな!」
 
 感情のままに吐き捨てて、違和感に気がついた。どうにもこの蛇は、人間の女の言葉に首を傾げるばかり。言葉は通じているのだが、お互いの文化が通じていないのだ。顎に手を当てては悩む仕草を見せてから、彼はポツリと告げるのだ。

「女と男というものがよくわからない」
「前にも言っていたな」
「貴方は随分と性別にこだわる。そんなにも重要なことなのか?」

 至極真面目に、真剣にいうものだから嘘ではないだろう。彼も雄ではあるが、線が細くて中性的である。イドーラは雌だと一眼でわかるのだが、如何せん性格が強気で、怒るかもしれないが女性的な特徴が目立たっていない。人の姿をしているが、形を真似ているに過ぎず、女であること、男であることに意味はない。
 無邪気に、ニコニコと笑みを浮かべる男の皮をかぶった蛇は、まだかまだかと答えを待つ。人間の女は、初めて出会う無知で、聡明な男を黙って見つめ返し、困ったように眉を寄せるしかできない。知恵はあるのだが、あくまでも文明の宝となる知恵である。生きるための、人と関わるための知恵ではない。
 改めて説明しようにも、常識だと思っていたことを改めて言葉にするのは難しい。先程の蛇のように、しばらく悩んでから大きく頷いた。

「女と、身分の高い者は大切にするものだ」
「何故」
「私はデソルニエーズ家の者だ。私に協力すれば、謝礼はだすぞ」
「? 統治者か何かなのか?」
「デソルニエーズ家を知らないのか」
「知らない」

 名門貴族であるデソルニエーズを知らないとは、よほどの田舎者か。いや、こんな辺境のアマゾンの奥地にいる蛇だ。田舎者と比べるのも失礼かもしれない、原始人もいいところだ。無邪気に首を傾げては、無言で「教えてくれ」と普段は半分しか開いていないアメジズトの目すらも丸く見開く。
 子供っぽく、知識には貪欲で、疑い深いくせに、なんでも純粋に吸収してしまう。この不老不死の方法を知る子供の賢者を利用しない手はない。いくら女を知らないといえども、性欲はあるはずだ。この、目が肥えた数多な豪族たちすら魅了した美貌で誘惑すれば、辺境の地で美に縁のない男は必ず落ちる。
計算高く、上目遣いで彼の表情を伺い、目を潤ませてやるが、彼からの視線は無邪気な子供のままである。男の欲情した視線ではない。

「貴族くらいは知っているだろう」
「知らない」
「説明も億劫だな……」
「特別な身分か何か?」
「そうだ」

 まるで子供に教育しているようだが、「人間の社会」を現す言葉でなければわかるらしい。「特別な存在だ」と吹き込み続ければ、鵜呑みにしてはほう、と感嘆の声を漏らす。

「貴族は、権力を持つ人間のことだ」
「ふむ」
「知識を持つ人間が評価されるのと同じ、権力を持つ者も価値を持つのだ」
「ふぅん。確かに人々を纏める者がいなければ、統率はとれないな」

 今まで、蛇は人間に対してただ「いるもの」としか認識していなかった。だが、今は目を輝かせて「興味の対象」として見つめているのだ。貴族である以上、好奇心の混ざる視線には慣れているが、いい気分はしない。身を捩って体を隠すように抱きしめると、じわじわとにじり寄ってきては目と鼻が当たる距離で顔を覗き込んでくるのだ。

「貴方が、統治者や王にあたるのか」
「規模が大きくなっているが、悪い気はしない」
「ならば大切にしよう」

 単純で、純粋で、疑うことを知らない。急に彼女の細い体を2本の腕で抱きしめ、蛇の冷たい鱗に巻きつかれたと思えば、優しく頭を撫でるのだ。細く、節の浮かんだ指で、最近痛んできた銀の髪を撫で、嬉しそうに目を細めるのだ。

「うん。偉い偉い」
「バカにしているのか!」
「褒めているじゃないか」
「子供をあやす手つきはやめろ!」
「ふふ。可愛い」

 本当は知らないフリをしているのではないだろうか。見たこともない慈愛に満ちた表情で撫でくりまわしてくる手を、無愛想に払い除ける。
今まで、社交パーティーでも可愛がられたことなんてない。生きてきた年数の違いで、価値観も違うのだろうか。美女と唄われた大人の女を、生まれたばかりのお赤子のような扱いをするとは。大きな手の感触に、不快感と不満が溢れてくる。

「もういい。触るな」
「どうして? 手触りがいいのに」
「不愉快だ」
「私は、楽しい」

 怒りの感情などなんのその。無礼にも無遠慮に全身を撫で回すと、試合に満ちた笑みを浮かべては赤い舌をチロチロとへと這わせる姿は、獲物に固執する狡猾な蛇そのもの。今更ながら、立ち寄ってはいけない場所に来たのではないだろうか。払い除けようとするのだが、長い体を巻き付けては「逃さない」と寄り添ってくる。だが、向けられるのは情愛ではなく、もっと得体のしれない冷たい感情である。

「すまないね。人間と触れ合うことが珍しくて、つい観察をしてしまった」
「全くだ。誰も触れていいと許可をした覚えはない」
「人間はいつの時代の警戒心が強く、畏怖の念に怯えるものだね」

 突き放すような言葉に呼応するように、冷静で観察者の目になったかと思えば、冷たい手の甲がを撫でては去っていく。研究を終えた実験動物でも見るように、背中を向けては名前もわからない植物の積まれた古い木の幹を削っただけの木を机と呼び、向き直るのだ。

「未知に対する恐怖は、進化の妨げになるじゃないか」

 まさか先程のスキンシップは全て、感情からではなく研究のためだったのだろうか。つっけんどんな態度に、まるで近づいては逃げる猫を見ている気持ちになり、不思議ともやもやしてくるではないか。プライドが高い彼女は、興味を構われすぎるのも不愉快だが、目立たないのも腹が立つ。2人とも似た性質であるし、どうにも猫のじゃれあいだ。

「欺瞞だ。過ぎた知識は身を滅ぼす」
「探究心に踊らされることはない。だてに人間よりは長く生きていないよ」

 手に取った、使い古して丸くなった木の棒をひらひらと振り、謎の色水をかき混ぜる。
カンカンカン、と研究所でよく見る三角フラスコたちの1つに注がれている水である。薬の材料なのかはわからないが、観察していて無駄ではないだろう。

「邪魔をしなければ何をしてもいい、とは言ったが、そうだね。1つ条件をつけよう」
「なんだ。倫理観のないことならば断る」
「人間のことを教えてくれ。近代の人との付き合いがないために、文化というものがわからない」

 隙あらば体に触れようと手を伸ばしてはくるが、純粋な興味と関心以外の他意はないのだ。触れる手も冷酷だが丁寧で、モルモットとして扱っているのがわかる。それでも、確かな愛情がある。非人道的な実験を行いたいわけではないのだから。
 何度も手を払い除けていると、唐突に手を叩いてはキラキラと目を輝かせる。同時にお腹の虫がきゅるきゅる、と鳴り響く。蛇からではない。彼女からだ。
ここの場所を探すのに必死で、来る前にもまともな食事にはありついていなかった。しっかり音を聞かれ、興味を示して目を丸くする無邪気な研究者の目から逃れようと、真っ赤な顔で睨みつけては音源を細い両腕で押さえつける。
別にからかうつもりはない、腹の虫が鳴るということは、緊張が解けたということだ。人に恐れられている蛇にとっては喜ばしいことである。

「さて、貴女の好物は?」
「フランス料理といえば出るのか」
「見たことはあるが、味がわからないから再現しようがない」
「フン。ならば希望を聞くな」
「そうだね。では、肉と食用植物で我慢してもらおう」

 ニコニコと、友好的な態度を崩さないままに脇の部屋を隠すカーテンを引くと、現れたのは積まれた非常食である。赤、黄、中には熟れていない緑の果実まで揃っており、定期的に取り替えているために腐っているものはいない。

「好きなものをどうぞ」
「いただくとしよう」

 毒がないことを示すよう、目配せをしながら蛇もひと口、ふた口と黄色く甘い果実をかじると、やっと貴族の姫君も赤く丸い果実に手を出した。机の上に置かれている、飲料水で綺麗に洗うと、シャク、シャクと瑞々しい音を立てては赤く柔らかい唇で噛み締める。使用人たちにいつも新鮮なリンゴを仕入れさせていたが、鮮度があり甘いものは初めてである。夢中になって食らいついていると、可愛らしい様子にルカは微笑み頬杖をつくだけだ。

「ねえ、いい食べ方を教えてあげようか」
「?」

 予想通りに不思議な顔をして、手に持つリンゴを芯だけにして、美しいレースの施されたハンカチで口を拭う。無防備な彼女の肩を掴めば、ゆっくりと唇を重ね、長い舌で器用にバナナの甘い果肉を押し付ける。柔らかい果肉と共に、暖かい液体が渡され、思わず咳き込んでしまった。

「っ! ゲホッ!!」

 急に流し込まれてきた他人の体液に、驚くなと言うほうが難しい。何度も咳込み、体内に侵入した不純物を追い出そうとするのだが、もう体の一部になってしまっては分離は不可能。悪そびれもなく、残った果肉を咀嚼する蛇を涙目で睨み付けるが、素知らぬ顔で全て口の中へと放り込んで、皮を近くのフラスコの中にいれるのだ。実験に使えるとも思えないが、収集癖でもあるのだろうか。モグモグと残った栄養を腹に流し込もうと間の抜けた表情を浮かべているところもまた憎らしく思う。

「た、食べ方などわかる!」
「私の唾液を絡めて、噛んでごらん」
「唾液!?」

 下品なプレイでも強要されている気分だ。だが、飲み込んでしまっては仕方ない。言われるがままに歯を立てて舌を当てると、急に目が冴えるのがわかった。味が変わったのだ、初めて味わう甘さに。

「甘い……」
「だろう? それに疲労回復の効力もあるよ」

 やはり、彼の近くにいて間違いはないだろう。瞬時に体調を整える力があるとなると、どんな病にも効く不老不死の薬と関係があると言っても過言ではない。つい、思考に耽ってしまうが、この甘みを味わないのはもったいない。彼女の様子を気に留めず、2つ目の果実を手に取る彼。負けずにと急いで味わい喉の奥へと送り届けると、次は南国にしかならない果物を手に取った。

「他の少女たちにもこのようなことをしているのか!」
「いつもは別の容器に入れているのだけれど。今日はちょうどきれていたから」

 そんなやりとりを最後に、しばらく無言の食事が続いた。再び無理やり口付けようとする彼の顔面を、全力の力で押し返すと、不快感を露わに色とりどりの夕飯を手繰り寄せる。少し残念そうな表情をしているが、これは反応を見て楽しみたかったからだ、他意はない。3日分の非常食にと置いていたものではあるが、空腹の彼女の手によって山は小山になるまで削られてしまったのだ。
 原始的な食事に似合わず、行儀良く頭を下げて食事の礼を済ませると、口元を拭ってはちらりと光に照らされた彼の背中を見つめる。数個の掌サイズの食物を噛み砕くと、早々に研究に戻ってしまった後ろ姿。もうすっかり日が落ち、頼りになるのは屋根から吊り下げられた行燈だけ。
まだ風呂にも入っていないが、安堵したことから疲労が一気に襲いかかってくる。落ちてくる瞼に重くなる体。大きなあくびを噛み殺したのだが、集中しているはずの彼の耳にしっかりと届いている。ふと振り返っては、明るく照らされた横顔で笑うのだ。

「今日はもうお休み。薬も眠ったほうが利き目がある」
「……襲うなよ」
「もうお腹はいっぱいだ。人を食べる必要もない」

 人間らしい意思疎通もできないが、生活の知恵はある。綺麗に洗浄され、編み込まれた動物の毛を布団代わりに、暖かい寝床へと横たわる。目を閉じると、カリカリと万筆する音と、水をかき混ぜるガラスの音。そして、時折聞こえてくる男の唸り声と、ボサボサな頭髪が掻き毟られる音。他には、都会独特の音も人の気配も感じない。まるで世界で2人きりになったかのような、不思議な感覚に襲われる。いやでも眠るしかやることはない。
 毎晩、ある目的のために休憩を惜しんで研究をするのが彼の目的である。長い年月をかけて、もう少しというところまで来ているのであるが、どうにもあとひと押しがうまくいかない。深くため息をついては、貴重な紙を丸めて投げ捨てる。投げられた紙はコン、コンと眠る彼女の鼻の先へ。小さな物音でも気になって目を開けた彼女が、静かにその紙を開いていく。

「……文字が読めない」

 薬のことが書かれているのは間違いない。だが、象形文字以外が判別できないのだ。蛇が這ったような轍が紙の上に書かれており、多国語のバイリンガルでも翻訳不可能。もしかしたら字が汚く間違っているのかもしれない、と思うと頭も痛くなる。諦めて再度丸めたゴミを壁へと容赦無く投げつけた。
 薬の秘密とは、この環境なのだろうか。それともこの果実なのだろうか。増えていく不思議と、まだ口内に残る甘味を噛みしめ、彼女は再び夢の旅路についた。

++++
21.10.18


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