ててご | ナノ



*赤い美酒

※吸血鬼パロ 囚×血剣


 古城の見える、大きな町から離れた小さな村。豊かな自然と少数の村人しかいない地より、更に離れた場所に小屋があった。
ここには外から来た、研究好きの博士が閉じこもって発明をしている。日中にすら外に出ない、まるで囚人のような男は、人懐っこいが変わり者。この地で有名になっている吸血鬼を追ってきたという、狩人の真似事をしているのだ。被害はでてはいるが、村の女たち皆が顔を赤らめて庇う、奇怪な吸血事件を解決するために。
そんな男には、小さな同居人がいた。まるで神の遣いのような、真っ白で雪のような蝙蝠である。いつぞや森で怪我をしているところを拾った、美しい毛玉の可愛らしい妖精。
初めは全く懐かずに噛みついてきたのだが、それから徐々に歩み寄ってきては今やもう家族ともいえる。「ピィ、ピィ」と鳴き声を上げては擦り寄っては、窓が開いていても外に出る気配もない。不思議なことに血を吸うことが好きな吸血蝙蝠ではあるが、危害がないどころか寂しい一人暮らしにはいい話し相手。何月もかかって人ならざる者の情報を集め、倒すための武器を作っているのであるが、この小さな家族がいなければ飽きていたかもしれない。
だが、この蝙蝠は血を吸うだけではなかったのだ。

「ルカ」

 ああ、同居人は今日も可愛い。ハンダを握る手を止めて、香ばしい匂いをさせて部屋を覗きこむ、眉を寄せて拗ねた表情に微笑みかける。
そうか、もう夜食の時間がやってきたのか。前までは実感することのなかった時間を、意識するようになったのも彼のおかげだ。
古びた扉の向こうから顔を見せるのは、色白の色男である。遠目で見れば人と変わらないが、鋭い爪と鋭い犬歯、あまりに美しい容姿に人ならざる者であるとわからされる。
彼は外れの古城の主の、吸血鬼である。探しに来た人物が、まさか近くにいるとは誰も思うまい。白くて丸くてふわふわの、可愛らしい蝙蝠が正体を現した時には度肝を抜かれたものだ。
 吸血鬼とは、料理がうまいものだそうだ。人に対する友好関係とか、栄養補給とか、様々な理由があるらしい。

「食事の時間だ」
「ん」
「手を止めろ」

 握りしめていたピンセットを無遠慮に奪うと、つい情けない声と顔が出てしまう。
意地悪ではなく、気遣ってくれているのはわかる。しかし適当に放り投げられては困る。慌てて目で追っては行き先を確認すると、ムスリと頬を膨らませては端正な顔を歪めるのだ。「こっちを見ろ」と。

「肉が足りないだろう。今日は牛だ」
「ほほう」
「嫌いではないだろう?」
「好きだとも」

 彼ら吸血鬼は、目を見るだけで人間を魅了できると文献にあった。実際に彼の海の色をした大きな瞳を見つめているだけで、まるで吸い込まれるかのような錯覚に陥る。
下から見上げられては、言葉に詰まる。長寿だが童顔だとか、思ったよりも小柄だとか、宝石を縁取る睫毛が長いだとか、余計なことも意識してしまう。

「ここで待っていろ」
「いつもは作業しながら食べると怒るのに」
「当たり前だ。ベッドにいろ」

 小さな机をぐいと引き寄せては、白い海をポンポンと叩いて座ることを促す。おとなしく従えば、満足げにキッチンへと姿を消した。
 この気難しい吸血鬼は、召し使いのようなことを進んでしたがる性格ではない。だが誉められることと料理をするのは好きらしく、「美味しい」と伝えれば、意気揚々とやってくれる。
それに、今日はやたら機嫌がいい。 理由は何だろうか。家にいるうちは、なにかいいことが起こった様子もない。外出する姿なんて見ていないが、発明に没頭するうちにどこかへ出掛け、知人にでも会ったのだろうか?
話したがりやな彼は、喜んで何があったかを話してくれるだろう。
 さて、今日の夕飯はステーキだ。自家製のソースをふんだんにかけ、鉄板の上では焼き野菜が色とりどりに並ぶ。赤、黄、緑。真っ赤なトマトスープは初めて見たときには少し尻込みしたが、今や食欲を妨げる赤信号にはならない。

「いただきます」

 手を合わせて礼をすれば、満足げに隣に座り込む。木製の食器と鉄板と、出来立ての料理と、お客様を見つめるのだ。

「うん、美味しい」
「当たり前だろう」
「食べ……ないのだったね」
「人の食物は栄養にはならない」

 気遣ってくれることは嬉しいのだが、興味が湧かないのだから仕方ない。美味しく食べている姿が一番オイシソウ。膝を抱えて見守っていると、一切れ口にする度に視線を寄越すのだ。

「見つめられると食べ辛いけど」
「獲物を見つめるのは普通だろう」
「お腹がすいているのか?」
「お腹がすいた」

 いつもの指先とは違い、肩を掴むと小首をかしげる。獲物をまっすぐ見つめて吟味してから、美味しそうな部位へと狙いを定める。

『ジョゼフさん、知っていますか?』

 先日、久しぶりに城へと帰ると客が来ていた。まるで殺人鬼のような鋭利な爪を隠そうともしない知人は、仮面の裏で嗤うのだ。

『人の血は、唇からいただくと美味しいですよ』

 信じていたわけではないが、試してみる価値はある。下唇へと爪をつぷり、と突き立てて、血の粒が溢れ出したところでゆっくり目を閉じて吸い付いた。
 肉汁で少々油っぽいが、それでも栄養を採った血は美味しい。ちゅう、ちゅうと時折吸い上げると、溢れ落ちないように舐めとり離れる。
 確かにサラサラしていて飲みやすい。だが嗜好品というには違う。口紅のように舌で赤を引くと、曼珠沙華が美しく咲いたよう。

「ごちそうさま」

無意識に煽るような性格だ。誘惑するのが天性なのは知っている。それでも惹かれずにはいられない。

「もう! 貴方という人は……っ!」

 鼻息荒く押し倒され、顔を真っ赤にしながら怒るのだ。
余裕がなく、こちらを真っ直ぐ見つめてくる熱を帯びた目。咎めるわけでもなく、ただ余裕がなく、動けず、心を乱されては熱いため息を吐き出すのだ。
 普段の穏やかな空気すら消えた彼を見て、ふっと頭をよぎる。

「……好きだな」
「え?」

 振り回されて百面相をしている顔が。普段の指先からの吸血では味わえない、色を帯びた表情が。いつもと違う甘い味がじわりと口内へ広がり、噛み締めるようにもう一度唇を舐めとる。

「その焦った顔が」
「顔が?」
「なんだ。期待したのか?」

 もう一口。 再び下唇へと吸い付くといつもの甘美な鉄の味。
直ぐ様仕返しと言わんばかりに上唇を食まれ、血が甘く変わり口内へとじわりと広がった。

+END

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20.12.21

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