ゆぎお | ナノ



好きキス4


日はすっかり落ち、遊馬の部屋は静まり返っていた。
時計は11時をさしており、いつものように部屋は真っ暗。テレビだけが光を放ち、男女の会話が聞こえてくる。
そんな中、遊馬は放課後凌牙から渡された一枚のDVDと見つめ合っていた。パッケージは姉に見つかったらどやされるもの。初めて手にした成人向けの品に緊張と興奮で硬直していた。

『遊馬。いつまで箱を見ながら赤くなっている。』

一方アストラルは相変わらずテレビを独り占め。遊馬のことを時折観察しながら、いつものお気に入りの番組を見つめている。

「だ、だってAVだぜ!?緊張もするって…」

『えーぶい?』

「あ、ア…ダ……、ア…クティブ…?ビデオかなんとかだよ!」

『ふむ、不思議な名前だ。』

深く詮索もせず、再びテレビへと視線を移したアストラルの背中を遊馬はぼんやりと見つめた。
白く細い背中に、滑らかな肌。何も身につけていないため、臀部すら惜しみなく晒されており遊馬は顔を逸らした。

(アストラルを見て興奮してどうするんだ俺!)

「い、一緒に見るか?アストラル。」

意識を逸らすためと、初めてに対する不安に仲間が欲しかったこともある。しかしアストラルを誘うのは逆効果ではないだろうか。しまった、と思った時にはアストラルの金の目が見えた。

『どういうものなのだ?』

「お前の知りたがってたことに近い…かな?」

『ふむ。』

しばらく考えていたようだが、珍しく録画していたエスパーロビンを後回しにするようだ。『いいだろう』と相も変わらぬ上から目線で、緊張し正座をする遊馬の横で腰を下ろした。



**

遊馬は始終緊張していた。
初めて見るものに、視線は釘付けである。

(キスって、こんなにエロいものなのか…)

男女が執拗なキスを交わすだけで、体が熱くなる。想像でしかしたことのない行為が、より激しく目の前で行われているのだ。幼い性には刺激的すぎる。
視線は自然とアストラルに向いた。
キスを目の当たりにしてアストラルは、顔を半分伏せてしまっている。やっぱり合わなかったのだろうか。

(アストラルにも、恋愛感情ってあんのかな)

ここ数日前から始まった答えの出ない問答は、ただの興味だろう。彼からの"好き""キスをしたい"という言葉には感情がなく、実験を観察している研究者のようだった。

『ゆーま…』

突然アストラルから聞こえた、くぐもった切ない甘い声にゾクリとした。慌てて目を向けるが、呼んだわけではないらしい。同時に深く激しくなる男女のキスに、淫夢がフラッシュバックする。
もし、このキスを交わしている二人が自分とアストラルなら。

柔らかそうな唇に吸い寄せられるように吸い付き、口内を味わい尽くすと生理的な涙が溢れ出て。しかしおとなしく体を預けて答えてくれるアストラル。伏せた目からは透明な涙が溢れ出す。

―『ゆーまっ…』

アストラルは感じてくれるだろうか。生娘のような頬を染め、甘い声で名前を呼んで求めてくれるだろうか。

―『ん…っ』

離れると、互いの唾液が口を繋ぐ。開かれた口から覗いているもの、それは紫色の"ヒト"とは違う色―――

ここで我に返った。

勃起はしているが、気分はすっかり冷めてしまっている。改めて自覚させられた事実に、我に返ったのだ。

(アストラルは、別の生き物で、男で、)

テレビから聞こえる、服を脱がされた女性の喘ぎ声と激しい息遣い。足を大きく開かされた女性の姿から、本能が視線を逸らさない。幼い性はそれだけでも高ぶり、再び興奮し始めた。

(アストラルとは、こんな仲になりたいわけじゃ……)

しかし興味がないとも言い切れない自分に驚いた。でもアストラルにはきっとその気はない。
"キス"だって興味本位で言い出したことだし、常に淡々としている彼の汐らしい姿が現実で見れるとは思えない。

(お前は、俺のことは"相棒"と思ってくれている、それで充分だ)

恋仲になるのは、普通女の子だ。
ましてや性行為は、男同士でするなんて想像も出来ない。

だが、アストラルの"体"は"どっち"?

性別は声や体から判断するに、男。しかし冷静に見れば、体には何も"ついていない"。女とも言えるのではないか。
足を広げ、熱っぽい視線で求めてくるアストラルを妄想し体が熱くなる。欲望に負け、探るように体を盗み見た。
アストラルは泣いていた。

「アストラル?」

返事はない。視線はもつれ合う男女ではなく暗い地面だけを映す。力なく伏せた目から流れた透明な涙は、テレビの光に照らされて白く輝いた。

「おい、アストラルっ」

二人が繋がり腰を振って喘いでいるシーンではあるが、アストラルの方が大切だ。少し惜しみながら、電源ボタンを押し向き直る。

「アストラルっ!」

やっと我に返ったのか、視点が合いホッとした。ただ長い間思案に耽っていたのだろう、状況を理解していない丸い目が憎らしい。

「大丈夫か…?ドラマの方がよかったのか??どこか痛いのか?」

顔を覗き込むと目を逸らされた。先程の妄想がバレたように思え、後ろめたい気持ちが生まれる。

『何故私の安否を問う。』

「"あんぴ"の意味わからねーけど……泣いてるだろ。どうしたんだ?」

『泣いている…?』

やはり自覚はしていなかったらしい。指で自らに触れてやっと理解してくれた。しかし表情は無表情なままだ。いつも通りではあるが、何故か今日は胸が痛い。

『テレビは止めたのか。』

「お前が気分を悪くしたのかと思って…」

『続きを見たければ見ればいい。私は皇の鍵へ戻る。』

「ダメだ!」

咄嗟に細い腕に伸ばした手はすり抜けた。
このまま行かせてしまうのは、いけない気がした。
元々違う生き物なのだから、アストラルには人間の性行為も、動物や昆虫の交尾も同じに映っていたに違いない。誘ってしまったことに罪悪感が募る。

「具合が悪そうな奴を一人に出来るかよ。」

『皇の鍵の中には私の体内組織を治癒し、蘇生させる力がある。心配には及ばない。』

「違うだろ!泣いたってことは、心の問題だろっ!!」

必死になるのは仕方ない。
アストラルはたった一人の相棒だ、半身だ。何度も命を救われてきたし、片時も離れず生活してきた。そんな彼を失うことなど想像出来ない。何が何でも失いたくない。

(それに、)

「一人で抱え込むなよ!何のために二人でいるんだよ!俺はお前の何なんだよっ!」

自分で詰問はしたが、答えを聞くことに恐怖を覚えた。
―『ただの協力者だ。』
もし、残酷な答えが返ってきたらどうしよう。何度も文句を言われたが、今度こそ見限られるかもしれない。先ほどまでの興奮が嘘のように、血の気が引くのがわかった。

『君は私の、』

心臓がうるさい。やけに一秒が長く感じられる。真っ直ぐ見つめてくるアストラルの言葉が止まり、再び唇が動き出す。
唾が喉を落ちる音が、やけに大きく響いた。

『…私は君の、何なんだ?』

「え?」

まさか同じ問いを返されるとは。しかし冗談ではないことだけはわかる、アストラルの目は真っ直ぐだ。しかし不安に駆られているのが、涙と伏せられた目から伝わってくる。

『いきなりすまない。答えは期待していない。』

逃げるように姿を消したアストラルに唖然とした。何で泣いていたのか、何が言いたかったのか、様々なものが頭で混ざり合う。一番なのは、自分のこの気持ち。

「俺はアストラルを…」

人として"好き"なんだろうか。
恋愛対象として"好き"なんだろうか。
この"好き"、は伝えてもいいのだろうか。

「どうしちゃったんだよ、アストラル…」

月に照らされた皇の鍵の光は、アストラルの涙に似ていた。


*

男女が深くキスをするシーンに、アストラルは目が離せなくなった。見開き、体を振るわせ、少し恥ずかしくなり膝を抱えて少し顔を伏せる。

(キス……)

自らの唇に指を滑らし、指を押し付ける。擬似的なキスではあるが、豊かな想像力を膨らませるには十分だった。
"キスをするには互いの愛が必要"。遊馬、小鳥、凌牙の言葉から結論づけた結果である。
遊馬のことは"好き"だ。だがそれがどのような"好き"か、"愛"なのかはわかっていない。
人間的な好き?
友愛の延長上?
恋愛的な好き?
洗脳的な感情?

では遊馬は?

(私をどんな目で見ている?)

幽霊?男?女?
友人?親友?
相棒?半身?
恋人?

意識すらしてない?

『ゆーま…』

(触れたい、キスしたい、好き
この感情の正体は何だ?)

遊馬がいることで成り立つ"アストラルという存在"は、遊馬に否定されたらここに存在出来ない。
もし誰かの元に行ってしまったら、他の誰かへ"愛情"が芽生えれば、私の傍からいなくなってしまう。しかし遊馬の幸せの邪魔は出来ない。遊馬は"モノ"じゃない。
消えるのは怖くない。死ぬのも運命の一つだ。だが生きながら"殺される"のは耐えられない。遊馬の特別でなくなり、否定され"殺される"のは耐えられない。

(私は遊馬の何だ?)

「アストラルっ!」

遊馬の悲痛な声で我に返った。長い間思案に耽ってしまったが、何かあったのだろうか。青ざめた遊馬の必死な形相が見えた。

「大丈夫か…?ドラマの方がよかったのか??どこか痛いのか?」

遊馬の声だけが聞こえる。遊馬の顔が近くにある。
手を伸ばし引き寄せたかったが、やめた。どうせ触れることは出来ないのなら、無駄なことだ。

『何故私の安否を問う。』

「"あんぴ"の意味わからねーけど……泣いてるだろ。どうしたんだ?」

『泣いている…?』

頬に触れれば雫が伝っていた。あまりに思案に耽りすぎてわからなかった。気づかないうちに泣いていたらしい。
何故泣いたのかはわからない。そもそも涙についてもよくわからない。感情は振動となり揺れ動き、頂点に達した時に流れるということはわかっているが。

『テレビは止めたのか。』

「お前が気分を悪くしたのかと思って…」

遊馬がテレビに夢中だったのは、ぼんやりしている意識の中知っている。荒い息を付き見つめる姿からは激しい感情の高ぶりを感じた。

(遊馬が、私を心配してくれている)

ヒトの欲望を抑えながら、自分を心配してくれる遊馬に心が痛むのを感じた。
遊馬は、私を見てくれている。
その事実に心は軽くなったはずなのに、何故。

『続きを見たければ見ればいい。私は戻る。』

「ダメだ!」

今更気を使われるのも不愉快である。それに気持ちの整理もある。涙も気にせず立ち上がりると、遊馬の腕が伸びてきた。しかし手はすり抜けるだけ。悲痛な表情の遊馬がアストラルを見上げていた。

「具合が悪そうな奴を一人に出来るかよ。」
『皇の鍵の中には私の体内組織を治癒し、蘇生させる力がある。心配には及ばない。』

「違うだろ!泣いたってことは、心の問題だろっ!!」

必死な表情で訴えかけてくる遊馬に驚いた。
しかし遊馬は誰にでも優しい。
何度騙されても、裏切られても、仲間でも敵だろうが助けてしまう。

「一人で抱え込むなよ!何のために二人でいるんだよ!俺はお前の何なんだよっ!」

だから、きっと私は"特別"ではない。
今はただ私が近くにいるから、私が泣いていたから手をさしのべたにすぎない。もし、ここにいたのが鉄夫でも、小鳥でも。遊馬は親身になって心を痛めるだろう。

『君は私の、』

全て。特別な存在。
そんな答えはとっくにでている。そんなことより問題となるのは。

『…私は君の、何なんだ?』

「え?」

『いきなりすまない。答えは期待していない。』

思想と思考がぐるぐる渦巻く。
遊馬を困らせたいわけじゃなかった。
でも答えが欲しかった。
皇の鍵へと潜ると、作り物の空を独り見上げる。

『君がなんと答えようとも、私には君じゃないといけない。』

ああ、空が黒い。

+END

++++
遊馬→セックスに興奮。成熟し始め肉体的
アストラル→触れ合うことに興奮。幼く精神的
アストラルの"恋"と遊馬の"恋"がテーマでした

14.8.31



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