ゆぎお | ナノ



黒白の双子1


※パラレル人間設定
※モンスター×人間
※残虐な表現を含みます



『双子…』

『双子だ…』

老人たちの、鋭い視線が幼い体に突き刺さる。

『何故隠していた。』

『この村での禁忌だ。』

『災いを呼ぶぞ。』

怯える髪の白い童子を庇うように、黒い髪の童子が覆い被さりしかと抱き寄せる。
老人たちの、畏怖を込めた呪詛が四方八方から浴びせられる。恐怖で震える白い童子に、『大丈夫だ。怯えるな。』と黒い童子が強い口調で囁いた。

『まだ子供だろう!言い伝えが本当かどうかもわからぬ!』

『嘘かもわからぬぞ。』

『芽は先に摘まねばならぬ。』

『――してしまえ。』

『そうだ!――してしまえ!!』

『"黒い災い"を呼ぶ前に!』

湧いた怒号に白い童子が嗚咽を上げるが、周囲のいきり立った老人たちが気にするわけもない。二人と老人たちの前に立ちふさがる父の懇願も虚しく、無理矢理押しのけられて黒い童子の肩を乱暴にひっつかんだ。

『――せ!』

『双子をこ―せ!』

『殺してしまえ!!』

喚く老人たちに、身を堅くする童子たち。悲痛に喚く父の声も怒号に呑まれて消えていく。胸元にすがりつく青白い小さな手が震えている。意を決して老人共を睨み返したのは、黒い童子だった。

『俺が贄になる。だから弟には手を出すな!』

乱暴に引き裂かれ、剥がされていく指。この手を離してはダメだ、必死で手を伸ばすが必死な形相の父の腕が腰に纏わりつく。

『――!』

離れている兄の姿に、名前を呼ぼうとするが恐怖で声が出ない。ただただ嗚咽を上げて、見送るしか出来なかった。

(ごめんなさい)

後日見たのは、黒い衣装に身を包んだ老人たちの葬列のように歩く姿。
使われない倉の壁が赤黒くに染まり、兄の耳飾りが一つ、返り血で黒く光っていた。

兄は、もうどこにもなかった。

(端斗、ごめんなさい)

(私は、産まれなきゃよかったのだろうか)

残された弟は15歳となり美しく成長したが、兄と共に感情は死んでしまっていた。

**

ああ、崖から落ちたのか。
そう冷静に理解しながら、明日斗は腫れた右足を撫でた。

事件は8年前だが、村の老人たちは勿論大人たちも「不吉な子」として明日斗を煙たがる。子どもたちも、そんな大人たちの空気に触発されて近づこうとしない。母はあの日から心が壊れて自害した。父は一心不乱に働き、病に伏せてした。もう長くないことはわかる。
必然的に明日斗は一人になる。食べ物を採るために山に入るのが日課になっていたのだが、運悪く足を滑らせて滑り落ちてしまった。

助けなどはこない。
母はいない、父は床に伏せている。そもそも誰がこんなところに童がいると思うだろう、気付いても村の者が助けてくれるとは思えない。
このままだと山に住む物の怪に喰われて死ぬ。死んだら母に会えるだろうか、父は楽になれるだろうか。兄は、そこにいるのだろうか。

「ここで死ぬのも悪くはない……」

草むらがガサガサと音を立てた。
木々の奥の闇から現れたのは、炎のように揺らめく目。そして次に現れたのが、黒く刺々しい体とうねるように動く二本の黒い尾。まるで地獄の使者のような風貌の物の怪がいる。こっちを見ている。

息が一瞬詰まったが、恐怖は湧かなかった。物の怪はただただ、明日斗を見つめるだけで近寄っては来ない。互いに見つめ合い硬直していると、物の怪が動いた。
ゆっくりと四本の足で近付くと、まるで品定めをするように目の前を動き回る。

死ぬ。喰われる。喰われて死ぬ。

大人すら一口で飲み込めそうな口に、鋭利な牙が覗く。赤黒く、得体の知れない色の口内に明日斗は息を飲んだ。しかし、不思議と恐怖は和らいでいった。

「瑞斗…」

首から下げた兄の形見である紫色の耳飾りを強く握りしめ、ゆっくりと目を瞑る。しかし、牙の痛みはこない。目を開くと、顔の横に寄せられた巨大な口。何をするかと思えば、舌を伸ばして形見とは逆の愛用の白い耳飾りを乱暴に奪い取ったのだ。
耳から食べようとしたのか、狙ってやったのかはわからない。耳飾りをしばらく眺めていると、口の中へと消えてしまった。何が起きたかわからず、呆然としていると怪我をしている足に長い尾が巻きついた。

「痛っ」

青く腫れた足首が外界に晒され、痛みに顔を歪めた。満足に栄養を採れていない青白く細い足に、少し尾の力が緩んだ気がした。響くのは地響きのような低い唸り声。尾が引いていたが、赤い鬱血が錠のように残った。
その血の色を確認するかのように、明日斗の足へと目を近付けると踵を返して森に消える物の怪。
骨と皮しかないような体だ、美味しいところはないと判断したのだろうか。硬直したまま物の怪の消えた方向を見つめていると、闇の中から何かが転がってきた。

「これは、果実?」

取りあぐねていると、また一つ、一つと転がってくる。果実が山のように積み上がり、やっと果実の川は止まった。
不思議なことの連続と、張り詰めた精神の糸が切れたことで、明日斗は人形のように倒れ込んだ。

仄かな温もりと懐かしい匂いを感じた。

目を覚ますと、村の入り口だった。
黒い物の怪は夢幻なのか、現実なのか。だが立ち上がろうとした足に走る痛みと傍らに積み上がった果実、失った耳飾りに現実だったのだと悟る。
助けてくれたのは誰かはわからなかった。それにこの大量の果実はどうしたのか。村の者たちも知らないらしい。

その日が全て境だった。

次の夜の晩。
痛む足を引きずりながら過ごした。気分転換にと夜風を浴びていると、山の一番高い木の上に赤い火の玉を見た。ゆらゆらと、炎が目のように闇にさ迷っている。まるで村を監視するように漂っていた炎は、目を擦っている間に消えてしまった。

火の玉が村を監視し始めて二十日。
足も少しずつ治ってきた。
そして夜に揺らめく火の玉を見るのが日課になっていた。しかし今日は火の玉がない。どうしたのだろうかと目を走らせると、見つけた。村へと近い木々が赤く光って見える。徐々に降りてきているのだろうか?それでも恐怖はなかった。

火の玉を見つけてから一月ほど経った頃。
足は歩けるほどには完治した。
村の者たちも、火の玉の異変に気がついたのか警戒心が強くなっている。
今日も火の玉を探していたのだが、どうしたものか。村の入り口に、黒い物の怪が立っているではないか。目が炎のように揺らめく物の怪は、"あの日"に出会ったもので間違いはない。何かを探しているのか、入り口に身を潜めるようにして村を眺めている。
目が合った気がした。
同時に男が叫ぶ声。慌てて飛び出してくる村の若人達に、物の怪は尾を引かれるように闇へと消えていった。

次の晩。
父が高熱で魘されいる。「もう永くない」父もそう呟き、最期の夜になるかもしれないと月の見える明日斗の部屋で共に過ごすことにした。
今宵は満月。せめて安らかにと障子を開けると、正面の木の上に例の黒い物の怪がとまっていた。

いつからそこにいたのだろう。何をするわけでもなく、ただこちらを見ている。明日斗の様子に気づいた父も外を見て、目を見開いた。逃げられない、死を覚悟するしかない。しかし明日斗は穏やかな笑みを浮かべた。自分はこの日を待っていたのかもしれない。何故かこの物の怪を見ていると心が安らぐのだ。
下から聞こえた村人の怒鳴り声に明日斗は我に返った。慌てて窓を開けると、物の怪に一言。

「お入り。」

と。



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