ゆぎお | ナノ



水面に映るは人魚の微笑み4


※人魚パロ
※人間遊矢×人魚ユート
※現代×ファンタジー
※ユート視点



始めは変わった人間としか思っていなかった。
『人間なんて欲に忠実な生き物だ、他の命のことなど考えない。人魚なんて金のためとしか思っていないものだ』仲間たちは口々にそういった。『人間は信じるな』『共生なんてお伽噺だ』様々な言葉で異口同音に聞こえてくる呪詛は今でも耳にへばりついている。
しかし遊矢は違った。人魚を捕えてなお、利用することなく「人間」として接しようとする。今までの私利私欲に、自分のためだけに動くのではなく自分のことも気にかけてくれる。血を流すなんて、痛みを感じることは辛いはずなのに。彼は笑顔で体を差し出してくれる。

唇が赤いのは、異性を誘惑する意味がある。皮膚が薄く動脈が浅い位置にあり、そのために動脈の色が色濃くでて鮮明な紅。そのために血の変化が目視で確認出来るため、相手の体調管理も容易に行えるし傷も浅くて済む。
だから、食事代わりに血を吸うのはいつも唇からにしている。力をあまり込めずとも食事が出来るし、遊矢の息遣いも間近に感じることが出来、危険になるとすぐにわかる。そのために唇に噛みついていた、他意などない。しかしいつからだろう。この行為に対して後ろめたさが生まれたのは。
この前『てれび』という知識を得ることの出来る光る箱を眺めていて知ったことだ。
人間の雌が雄の唇を貪っているものを見た。ユートも遊矢に同じことをしている。しかし彼らは同種族、人間と人間。
ならば何をしているのだろう?唇が離れた時、両者の唇から血は流れていない。食べる為ではなく他の目的で行われていることだけはわかった。
しかし、何のために?
人魚とは、生殖というものを必要としない。人魚は外敵がおらず、数が減る理由は自然災害か人間が絡んでいる時だけだ。そのために決まった繁殖期も持たず、種が減ってくると群れにいる1匹が子を産み落とすこととなる。そのために『人間の恋愛感情』たるものは人魚には理解できなかった。
しかし人魚も恋愛感情に似た好意というものはある。自らの体を摺り寄せ、匂いを付けることだ。動物のマーキングに似ているが、まさにそれであろう。匂いに対して敏感な人魚たちは、同族の匂いに対しても敏感である。仲間との戦を望まない彼らは、知った匂いのついたものには極力近づかないようになるという暗黙のルールを設け、平穏な生活を送っていた。

匂いなんて、触れただけですぐにつく。人間の匂いがへばりついたこの体で海に帰れば、仲間たち変な目で見られ亀裂を生むだけだ。それに、人間に興味を持った。まだ海に帰るわけにはいかない。
人間に興味を持ち始めた頃遊矢の寝床に入り込み、様子を観察していた。寝顔、仕草、行動。嬉しそうに笑いながら眠る彼の顔を見つめながら、のそのそとかけ布団を押さえるように這い上がる。

尾鰭を垂らしながら体を捻り、遊矢を見つめるていて感じたことがある。幸せそうに眠ってはいるが、背中を丸め眠る様は何かに怯えているようにも見えた。服という防寒具を着ているというのに、更に上に布を被っているのは寒いからなのだろうか。しかし周囲には他にかけられるものもない。どうしようかとおろおろしていたが、何もないよりはいいだろうと体を摺り寄せた。ユートも何も身に着けてはいないが少しはマシになっただろうか。震えはまだ消えないが、呼吸は穏やかになってきたために落ちつてきてはいるのだろう。
匂いがする。人間の匂い。
人間なんて嫌いだ。でもこの匂いは好きだ。首筋に鼻を擦り付けては小さく唸る。ああ、嗅ぎなれた遊矢の匂い。

(遊矢…)

体を摺り寄せるのは、もはや遊矢のためではなかった。尾を絡ませ、まるで宝を守るように抱き込み肩口に顔を埋める。
好き、嫌い、Like、Love。こんな感情は初めてだからわからない。隼も瑠璃も、家族であるために特別な感情はわかなかった。

「ん…」

身じろぎした遊矢の体に腕を巻きつける。目を閉じ、首筋に甘く噛みついてもみる。意識して深く噛みつかないように気を付けながら。
初めて独占欲というものが湧いた。
元々この家には人間1人と人魚1匹しかいない。そして今、この1Kの小さな部屋がユートの世界である。海と比べたら猫の額ほどもない小さな世界。だがその世界が、いやこの狭いベッドの上というスペースすらユートにとっては幸せだった。遊矢がいる。起きたら、また「おはよう」と頭を撫でて笑ってくれる。他愛ない話をして、人間のことを教えてくれて、「おやすみ」となんの変鉄もない幸せな1日をくれる。

しかし、外での遊矢については何も知らない。海洋生物について、海について調べている学生だということは聞いている。どうやら大学というところに通っているようである。しかし、それ以上のことはその時は気にもしなかったのに。今では他のことがきになっている
どんな友人がいて、どんなことを話しているのか。
人間には恋愛という精神的に繋がりを求める行為を行うとも知ったが、遊矢にもそんな相手がいるのだろうか。
その笑顔を他の人間にも向けているのだろうか。やめてほしい。

(独り占めしたい)

いっそ海へと引きずり込んでしまおうか。しかしそれでは水棲の悪魔と変わりはない。
でもずっとここにいると仲間たちが心配するだろう。でも「人間の元にいる」など言おうものなら、無理矢理にでも帰ってくるように促される。過激派の隼なら、必ず遊矢を殺してしまう。それだけは避けたかった。自然と強くなった力に、遊矢が苦しそうに唸り声を上げ目を開けた。起こすつもりはなかった、と腕の力を緩めたが遊矢の寝ぼけた赤い目がユートを映してヘラリと笑った。

「また抜け出してきたのか…?お腹が空いたのか…?」

舌ったらずなのはまた覚醒していない証である。このまま静かにしていたら、いつの間にか眠ってくれるだろう。「なんでもない」と小さく返しすり寄ると、髪をかきあげられる感覚と露わになった額に、柔らかいものが押しつけられる感覚がした。

「?」

「ユートは、キス、好きだろ…?」

「キスは食べない。」

「そっか。キスも知らないよな…。」

「キスは魚の種類ではないのか?」

「…」

「遊矢?」

浅い寝息と、閉じてしまった赤い目。眠ってくれるのが願いではあったが、今は我儘にももう一度目覚めてほしいと願ってしまっている。また聞いたことのない言葉を知った。"キス"とは魚でなければ一体なんなのだろうか。きっと特別なことなのだろう。先ほどされたのは、額に唇が当たる行為。それと関係があるのだろうか。1人で考えたところで机上の空論にしかならないのはわかっているが、他にすることもなく考え込んでしまう。
しかしそれも寝ぼけた遊矢の優しさで中断された。ユートを抱き込むと、掛布団をかけて労ってくれた。寒いと感じたことはないが、温かいとは感じる。今は遊矢貸してくれた服のおかげもあるかもしれないが、胸も奥も温かい。

人間ではなく、遊矢に。自分の身も顧みず、誰かを笑顔にするためもがく遊矢に惹かれたのだと思う。
息継ぎをするように布団から這い出し、顔だけを出すと遊矢の幼い寝顔を見つめる。今は18歳前後だと聞いたが、無邪気な寝顔を見るとそうは思えない。しばらく寝顔を眺め、頬をつついてみると小さく唸り声が聞こえ額に皺が寄った。面白くなり、頬をつつき、耳を触り、唇をなぞったところで指の動きが止まった。唇を触ると、熱い吐息が吐きだされて指を赤い舌がなぞる。そのざらざらした感覚と、熱い吐息に背筋にぞわりと初めて感じた不思議な感覚が走った。
思わず指を引き、自分でその指を舐めとる。噛まれたわけでもないし、遊矢は眠っている故の無意識だから何か意図があったとは思えない。
頬を包み込み、同じ唇をくっつける。
今回は食事ではない、ただそうしたかっただけだった。相手の顔色を窺っての好意ではない、相手の存在を意識して唇を合わせるのでは全然違う。何が違うとは、心臓の鼓動だろうか。悪いことをしているわけでもないのに、心臓が早くうるさい。まるで頭に直接響いているようだ。苦しくなったのか、乱れた鼻息と薄く開かれた唇を追いかける。
柔らかくて、甘い気がして無我夢中で遊矢の唇に吸い付いていた。しかし苦しそうなうめき声が上がったことで我に返った。目が覚めてしまったのだろうか。慌てて離れて布団へと隠れるが、再び整った寝息戻ったことに安堵した。名残惜しいが、もうやめておこう。そのまま遊矢と布団のぬくもりにはさまれながら、丸くなって目を閉じた。



目が覚めたのは、布団がはぎ取られて朝日が顔を照らしたことがきっかけだった。
続いて冷たい外気が流れ込んできて、思わず肩を抱いて丸くなる。近くのものを引き寄せようとしたが、布団はかろうじて足にかかっている程度だ。ならば、と近くに寝ているはずの背中を探すが、無駄だった。なぜなら、布団をはぎ取ったのがその探している背中の主なのだから。

「おはよう。本当最近はよくもぐりこんでくるよな。今日は布団の中にまで!」

どうやら自分で布団の中に入れたことは記憶にないらしい。ぷんぷんと勝手に怒りながら、タンスから黒いズボンを投げ渡してきた。乱暴に起こされたことに対する不満を視線に込めながらも、渡されたズボンを慣れた手つきで履いていく。その間に遊矢は布団を干すためにベランダに出てしまう。ズボンをはき終わってベッドの上に転がっていると、笑いながら遊矢が抱き起してくれた。短くお礼を言うと「さてと」と、遊矢が自らに気合いを入れる声がした。

「とりあえずご飯だな。はい。」

肩を掴まれて笑顔で差し出された”顔”に、思わず顔を逸らしてしまった。何も言っていないのに、そんな素振りも見せていないのにいつも遊矢には空腹を察知されてしまう。「そんなことはない」と誤魔化してみるが、赤い目が細くなった。

「お腹が空いてるのはわかってるぞ。」

物欲しそうに伸びた犬歯を睨みながら、詰問されてはどうしようもない。人の為となれば遊矢は絶対に折れはしない。なかなか動こうとしないユートに遊矢の鋭い視線が突き刺さる。
仕方ない、と遊矢の手を取ると不思議な顔をされた。それもそうだろう。こんなことは初めてなのだから。
怖ず怖ずと歯を立て、赤ん坊が乳を吸うように傷口に吸い付く。顔色は悪くなっていないだろうか。表情と顔色を伺い見上げるが、遊矢はユートを見下ろしながら顔を赤くするだけだ。
この行為も人間の間ではおかしな行動なのだろう。しかしもう唇から吸える気はしなかった。
同じく動脈が浅い首筋に噛みつけば血の匂いに煽られて、そのまま肉をも引きちぎってしまうかもしれない。
彼は殺したくない。彼を食らってまで空腹を満たしたくはない。いや、それよりも失いたくない。失うなんて考えたくない。
ちゅるちゅる、と指先から血を吸うこと数分。完全に満足はしていないが、空腹は癒えた。唇を離してついた血を舐めとると、真っ赤な顔の遊矢が口元を押さえていた。足も不自然に動いている。

「…それって無意識だよな。」

「?」

「反則、それは反則…。」

はぁー、と重い溜息と手に隠れてしまう遊矢の顔。意味は分からないが責められている、いや困らせてしまったのはわかった。謝ろうと顔を近づけると、小さく「あー」やら「うー」やら不思議なうめき声が聞こえ、更に顔が隠されてしまった。

「無意識で誘うなんて、反則…。」

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15.11.1




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