十一月、事件データ


 賽は投げられた。学祭が盛況のうちに終わり、ついに文化部の代替わりも終わった。柳はその間、一度も木崎を訪ねてくる事はなかったが、彼女は相変わらず毎日、旧校舎の四階の教室で放課後を過ごしている。
 先月から親しくなった切原は、木崎が一人でいる時だけ、満面の笑みで近寄ってくるようになっていた。まるで兄弟を見つけたような彼の笑みに、一人っ子の木崎は弟が出来たようで悪い気はしない。話を聞いて笑い、時折ふて腐れる切原を宥める事は、いつの間にか木崎の中で柳との会話のように、日常のスパイスとして馴染んでいるのだ。
 そんな平穏を突くように事件は唐突に起きた。否、唐突ではなく、水面下で燻っていた火種が燃え盛ったのだ。それを知るのは、柳と木崎のみだったが。
「これから忙しくなるかもしれない」
 木崎はいつもの教室で呟いた。ファンクラブは圧政ではなかったが、それでも知らぬうちに抑え込まれた過激因子は、一気に爆発してしまったのだ。空は寒さをじわりと滲ませ、段々と色付く葉のように赤く染め上げられていた。そのうちに、不安のように濃紺に彩られるだろう、木崎は考えながら伸びをする。その表情は、怒りとも悲しみとも、楽しさとも取れる複雑なものだった。


 男子テニス部の雰囲気はピリピリとした緊張感に満ち溢れていた。良くない、この状態は良くないと、誰もが思っている。特に部長の幸村精市はそれを痛感していた。突如始まった二人の女子マネージャーに対するいじめ。今まで保っていたファンクラブとの均衡は軋み始めている。
「蓮二、水際で止められなかったね」
「ああ、気を配っていたんだが」
 柳も、幸村も、皆が無力感に苛まれている。マネージャーを気にかけるようにと進言したのは柳で、それを受けて部員に指示を出したのは幸村だった。それでも、止められなかった。確かに早く気付く事は出来たが。
「だが、今一番悔やんでいるのは弦一郎だろう」
「そうだね、神影先輩との約束を違えた形になったから」
 テニスコートの脇にあるベンチから、二人は部員に指示を出す副部長、真田弦一郎を見た。他人に、そして自身にも厳しい真田は、先日代替わりにより引退したファンクラブ会長である神影華絵と幼なじみという関係だ。神影は真田達男子テニス部のために、会長になった。そうして改革を進めていき、男子テニス部との関係を良好なものへと築き上げた立役者。その神影の影響力やカリスマ性は、全校生徒を魅了したといっても過言ではなく、現に神影は満場一致で生徒会長にさえなった。
 テニス部を、マネージャー含め守る。それが神影と真田が交わした約束。
 しかし、それは守りきれなかった。真田の実直な性格ゆえか、彼は今も苦虫を噛み潰したような表情で部活をこなしている。
「どうする?」
「弦一郎も自覚はあるだろうが、あのままでは練習効率は六割下がるだろう」
「真田じゃなくて」
「それは部室の方が良いだろうな」
 部活が終わったら真田も交えて相談しようか、と幸村は柳に告げると、ベンチから立ち上がり休憩を告げた。凛とした幸村の声に、何人かの部員はあからさまに安堵の息を漏らした。その様子に柳は一人苦笑し、休憩後は自分が指示を出すべきかと思案した。

 幸村の休憩のかけ声を聞きテニスコートへやってきたマネージャーは、共に二年生。ドリンクの入ったタンクと紙コップを運ぶ愛東有希と、レギュラー陣用のドリンクボトルと部員のタオルを運ぶ桂亜子。
 愛東は元々女子テニス部のマネージャーをしていたのだが、紆余曲折ありそこの部長、信濃明希へと幸村が直接頼み込んだ、マネージャーの即戦力である。桂は一年の頃から男子テニス部マネージャーとして鍛えられており、愛東の入部についての誤解もあったが、今では良き友人としても彼女と親交を深めている。
「テーピング調整する人は有希ちゃんの所、アイシング必要な人は私の所ね」
「ドリンク飲んだ紙コップはこの袋って朝練でも言ったでしょ!」
 愛東と桂は見た目やしゃべり方こそ正反対だが、テニスが好きな事と、マネージャーとして気配りが上手で、仕事が手早い所はそっくりだ。桂は見た目こそ可愛いと称されるが、男子テニス部マネージャーとして有能である。代替わりまでは先輩である男子マネージャーと共に仕事をこなしており、その後愛東が入部するまで、短期間とはいえ一人でやっていた。桂の努力や技量は部員全員が知っていたのだが、一部の女子からは男狙いと揶揄されている。
「これ以上、激化せずに沈静化させなければな」
 柳はため息をついて、桂の作ったドリンクを飲む。好みに合わせた味が、心地よく喉に染み込んだ。



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