五月、萌芽データ


 大型連休といえど、立海の部活動の中でも大会で優秀な成績を納めるべく活動するものは多い。全国大会二連覇を成し遂げた男子テニス部などは特にそうで、こうした連休を利用しての合宿や、他県の有力な高校との練習試合を予定に組んでいる。反面、木崎のように校内での活動を主に行っている部活動に所属している者は、正に文字通りの大型連休となる。連休自体、木崎は好きだったし、嫌う人はそもそも少ないだろうとは思うのだが、特に親しい友人である桂や愛東は男子テニス部マネージャーとして部活動に精を出しているため、二人とは遊べないのが少しばかり寂しかった。
「大阪って言ってたよなぁ、羨ましい」
 クラスの友達だとか、そういう友人と遊ばないわけではないし、そんな時だって木崎は十分に楽しい。それでも、桂や愛東と遊ぶというのは木崎にとっては特別に楽しいものなのだ。
「そういえば、柳くんと遊んだことないなあ。っていうか、柳くんもカラオケとか行くのかな」
 ふと浮かんだのは柳の事だった。賑やかな流行りのスポットは好きではなさそうだし、そもそも彼がカラオケボックスでマイクを持って最近の曲を歌う姿が、木崎には想像出来ない。どちらかと言えば、図書館で静かに読書や勉強に勤しむ姿が似合いそうだ。後は書店やスポーツ用品店で買い物をする姿。そういえば抹茶が好きそうだが、カフェでは何を頼むだろうか。学校での柳、それもごく一部しか分からない木崎には、全く未知の想像だった。
 そして、我に返る。自分は何故こんなにも柳について考えているのかと。しかも私服姿など知らないものだから、全て制服のままの柳だった。木崎は首を捻って理由を考えてみたが、学校の友人の中で休日に遊んだことのない人物が柳くらいだからだろう、程度の結論しか浮かばない。今度、柳に遊びの誘いでもしてみようかとも思ったが、運動部はそのうち地区大会が始まることを思い出して、まあ秋までに覚えていたら、と考えを改める。


「夏実、明後日大阪に行くぞ」
「大阪?」
 その日の晩、父から告げられた一言に木崎は思わず聞き返した。母はにこにこと笑いながら、一泊だから、ちゃんとお泊まりの支度をしてねと付け加えるだけだ。父は忙しいため、連休も潰れたり飛び石になったりすることが多く、こうして一泊でも何処かへ遠出するなど珍しい事だ。だが木崎もそれはよく分かっている。問題は、大阪に行っているであろう柳についてひたすら考えてしまった矢先の、この目的地が大阪その場所であるという、彼女にとって何とも言い難いタイミングだった。
 聞けば、木崎にとって従姉にあたる人物に子供が産まれたのだと言う。一年生の頃に結婚式へ呼ばれてそれ以来会っていなかったが、それこそ幼い頃には姉妹のように一緒に遊んでもらっていた。そんな彼女が里帰りしているため、挨拶に行くのだと。そう言われれば頷くしかなく、木崎は母に見せられた「美味いたこ焼き屋百選」なる雑誌を見ながら、まあテニス部に会うこともないだろうと考えを切り替えたのだった。
「やっぱりお好み焼きも食べたいわね」
「はは、向こうで聞いてみるか」
「母さん、もっとこう、通天閣とかなんか観光っぽい場所の本は?」




 従姉の子供は本当に可愛らしく、挨拶に来た人皆がデレデレした顔で、と困ったように笑う従姉の表情も優しい。木崎は赤ん坊をこんなに間近で見るのは初めてで、どうすればよいのかも分からず、従姉に抱かれてすやすやと眠るその頬を恐る恐る撫でるのが精一杯だった。木崎の両親と従姉は、そんな彼女を見て楽しそうに笑う。そこには、和やかな空間が広がっていた。
「そういえば、ユウくんいないね」
 木崎が溢したその名前は、従姉の弟で彼女と同い年のものだ。幼い頃こそ彼には散々からかわれては従姉に泣き付いていたこともある。成長と共に、挨拶をするだけで後はそれぞれ関わることも殆どなくなっていたのだが、不在というのは少しばかり不思議な感覚だ。
「ユウジはなぁ、部活の合宿なんやて。学校に泊まり込みって言うてたなあ」
 へえ、と従姉の言葉に相槌を打った木崎は、しかし彼が何の部活に入っているのかも知らないし、どんな学校に通っているのかも知らなかった。合宿というくらいだから運動部なんだろうな、と考えていた木崎の側では、従姉と両親が周辺の美味しい食事スポットについて話を膨らませている。お好み焼き、たこ焼き、聞いているだけでもお腹が空いてきそうな話で、そういえばもうすぐお昼時なのかと気が付いた。
 お手洗いを借り、食事の場所も決まったらしく、そろそろ出るわよという母の声に返事をした所で、木崎は廊下で鉢合わせた伯父に声をかけられた。外出していると聞いていたため、戻ってきたのかと笑顔で会釈した。
「おー、夏実ちゃんか!別嬪さんになったなぁ!」
「伯父さん、お久しぶりです」
 父と母は、と言いかけた所で、伯父は内緒話でもするかのように声を潜めて言葉を重ねてくる。伯母と両親の挨拶も聞こえてくるが、伯父はお構い無しだ。
「せや夏実ちゃん、アイスやるからオジサンのお手伝いしてくれへん?」
 終わったらちゃんと送るから、とまで言われてしまい、無碍にするのも悪いような気がして木崎は頷いた。決してアイスに釣られたわけではない、談じて。決まりやな、と笑った伯父は木崎の手を引いて玄関へと歩いていく。どうも伯父の中ではまだ小さな子供の扱いらしいのが、木崎にとっては少し不満だ。ちょうど彼女の分の荷物も持った両親がそこにいたため、伯父が「夏実ちゃん借りてくで」と告げた。ちゃんと送るということを約束すれば、両親も一応は納得したらしい。
「たまにはさ、お父さんとお母さんでゆっくりデートしなよ」
 そんな木崎の一言がだめ押しになったのは、言うまでもない。





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