彼女の残骸

 全てが終わるんだよと、俺の嫌いな彼女は笑って目の前から消え去った。比喩とかではなく、本当に。姿を消すようにいなくなってしまった。飛び降りるにもここが地面に一番近い場所で、落ちるというより倒れるだけだろう。え、何、と俺が呟いたのは、彼女が消えてからもう随分経ってからだった。
 そんな俺の足元に、一冊の小さなノートが落ちている。薄汚れたその表紙には彼女の名前。
 何故だろう、嫌いなはずなのに、俺は彼女の落とし物に手を伸ばしていた。無意識に。そうして広げたノートには、びっしりと几帳面な文字が詰まっていた。

 突拍子もない話だが、もしも自分の生きていた世界の他に、世界があるなら、そこに迷い込んだら、果たしてどうなるだろうか。

 まるで論文のような堅い文章の連なりは、俺が嫌いなうわべだけの笑みを貼り付けた彼女とは結び付かなかった。けれどそれは、彼女の書く字で、ノートの端々にあるペンの試し書きだって彼女のものだ。何ページか先へ進む。

 世界にも、人間と同じように危険な存在を防ぎ追い出す機能があるとしたら、きっと私もそのうち消えるんだろう。白血球の役目を担う何かによって。そうしたら、私は本格的に死ぬんだろう。元の世界に、もう私は存在しないのだから。

 心臓の音が煩い。手にはじわりと汗が滲む。こんな話を信じられるかと、鼻で笑えれば良かった。彼女は自分で死んだと思えれば良かった。けれど彼女は、俺の目の前から消えた。
 彼女の理論で言うなら、俺は白血球だったのかもしれない。最初から、それこそ初対面から彼女を生理的に受け付けなかった俺。そうして冷たく接していたことが、世界の意思で定められていたとしたら。怖くなってページを一気に捲る。

 私は死んだ。地震で崩れたコンクリートに押し潰されて。なのに、なのに、私は別の世界で生きていた。しかも、元の世界で言う漫画の世界で、だ。

 さらに読み進めても目眩がする。彼女は俺のことを知っていたし、俺達の辿る末路すら見えていたのだ。誰がこんなことを信じられるだろうか。吐き気すらして、気持ち悪い。さらにページを捲る。

 どうやら私を排除すべく白血球となったのは幸村精市だったらしい。他の人々は私を居ないものとして過ごしていたのに、彼だけは嫌悪感丸出しで私に関わってきた。それでも何故だろう、私は彼がそうして接してきたことに安心すらしていたのだ。

 俺の脳が警鐘をならす。これ以上読むなと。けれど俺は、俺の視線は、勝手に彼女の綴った文字を追いかけていた。ページを捲る手が、震える。

 幸村精市が私に接する度に、私は異質なのだと、この誰もが無関心な世界は、私を受け入れた訳ではないと知らしめてくれた。良かった。私を受け入れる場所はもう無いのだと、彼は教えてくれた。



20100614


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