お願い神様

 転校したって、と幸村に言われて私はふうんとだけ返した。誰が、とは言わなくても通じてしまうのはこの一ヶ月の出来事のせいだ。男子テニス部レギュラーを一時でも虜にした女子のこと。彼女はこの世界とは違う世界で幸村たちを知っていて、彼らを侍らせるためにやって来たらしい。
 らしい、と言っているものの、結局私も同じ穴の狢。幸村たちを、私も別の世界で紙越しに眺めていたのだから。なんの因果か、うっかりか、この世界にやって来たのだ。ということを誰にも言わずに過ごしていたのに、あの女は転校前にペラペラ喋っていったのだからいけ好かない。
「幸村は私をあの子みたいな女って、思わないの」
「だって君は彼女とは違うじゃないか」
「計算かもしれないとか、考えないの」
「彼女を利用しなかった君が、それほど計算高いとは思えないな」
 それもそうか、と思う。そもそも私は彼らに接触するためとか、そんな打算でこの世界に来た訳ではない。ただ通り魔に刺されて終わった別の世界の私は、いわゆる神とか名乗る何かに哀れまれて、手近な世界に送られただけだ。漫画の世界とは思わなかったけれど、不便はなかったし、家族もいた。そこは不思議ではあったが、神とか名乗る何かがサービスだと笑っていたから気にしなかった。
 ただ友達と笑って、寄り道して、そんな当たり前の暮らしを望んだ私と、幸村たちはただの同級生。それだけ。挨拶とか、委員会とかの話くらいしかしない、その程度だった。私はそれで良かったし楽しかったのだけれど、あの子が転校してきてからは何故か彼女に突っ掛かられていたせいか、同じクラスの幸村と親しくなっていたのだから不思議なものだ。
「そういえば、君はその神様とかいうやつに何を願ったんだい?」
「いきなりなあに」
「ただの好奇心だよ」
「一つだけ、切実なものをね」
 あの子は逆ハー補正と、かわいい容姿を願っていたらしい。私はそんなもの要らなかった。だってそれよりも切実なものが私を苦しめていたのだから。
「花粉症、治してくださいって」
 屋上から見える校庭の杉を睨みながら言った私をきょとんと見た幸村は、次の瞬間にあの神とか名乗る何かと同じように吹き出した。



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