良策か失策か

 青春学園中等部、三年六組の教室。一人の女子生徒を何人かの生徒が囲んで談笑している。和やかな雰囲気のそれは、今やこのクラスでは当たり前の風景で、時折他の生徒も横槍を入れたりして、盛り上がっている。
「吾妻さんは、どうして目を隠してるんだい?」
「そうだよ!せっかく綺麗なのに勿体無いって!」
「だよね、羨ましいよ」
 肩程までの茶色の髪の、穏やかな笑みを浮かべる少年、不二が、席についている女子生徒に向かって話題を持ちかけると、外に跳ねる癖がある髪の、頬に絆創膏をつけた少年、菊丸が同意した。それに合わせるように他の生徒達も、女子生徒に笑顔で声をかける。
 話題の中心となった女子生徒は、不二の話す通りに目が隠れる程長い前髪が不思議な雰囲気を醸し出している。吾妻、と呼ばれた彼女は少しばかり思案してから口を開いた。
「あまり、目を見られたくない」
「そうなの?でも前髪そんなに長いと、目が悪くなるよ」
「眼鏡かけなきゃいけなくなっちゃうね」
 綺麗なのに、と言う生徒達に、吾妻は少しばかり申し訳なく思いながら、それでも目を見られる事に対する不安はどうすることも出来ない。
 不二の発した眼鏡、という言葉に何かを思い付いたらしい菊丸は、廊下を少し眺めてから、教室を飛び出した。
「いっぬいー!ちょっと来てよ!」
「菊丸が何かをたくらんでいる確率100%って所か」
 菊丸の声は廊下に響きわたり、彼の動向を伺っていた不二や吾妻達以外の生徒は驚いて振り返ったり、わざわざ廊下の様子を見たりしている。テニス部で副部長、菊丸のダブルスパートナーとして活躍している大石は、それを聞いてため息をついていたら、クラスの女子に胃薬を渡されたらしい。
「不二も一緒か、何の用なんだ?」
「あのさ乾、ちょっと眼鏡貸してよ!」
「あ、私分かった!」
「俺も分かった!」
 菊丸が乾を連れて教室に戻って来たのを見て、何人かが彼の考えに気付いたらしい。不二も気付いたのだが、意味深な笑みを浮かべるだけだ。
 乾は吾妻を見て納得したらしく、失策の確率98%等と呟きながらも制服の内ポケットに入れていたらしい予備の眼鏡(勿論、今乾がかけている物と同じ物)を菊丸に手渡した。
「あ、私ヘアピンあるよ」
「ナイス、ヨッシー!」
「吾妻さん、ちょっと大人しくしててね」
 にわかに盛り上がる面々を、吾妻はじっと眺めていたが、彼らの目的が自身にあると気付き、少しばかり後ずさろうとした。しかし爽やかな笑顔の不二に引き留められてしまう。
 不二さすが、と言った菊丸が悪戯な笑みで乾から借りた眼鏡を吾妻にかけようと迫る。

「でーきたっ!」

 しばらく吾妻に伸びていた手は一気に引いた。
 吾妻の前髪は綺麗に上げられ、乾の眼鏡もついている。周りは口々に、眼鏡は違う方がだの髪型可愛いだのと感想を述べていく。様子を見ていた乾は、ノートに何かをしたためているがそれが何の役に立つのかは不明だ。

「視界が気持ち悪い」

 吾妻はそう言いながら、眼鏡に手をかけた。
 元々吾妻の視力はそう悪い訳ではない。そうして度の強い乾の眼鏡をかけたのだから、視界が歪んで気持ち悪くなるのも仕方ないことだ。
「残念だにゃー、目を隠して前髪上げられたのに」
「菊丸、視力の良い人間に度の強い眼鏡をかけさせると余計に視力が落ちるぞ」
 菊丸の行動を諌めた乾が吾妻から眼鏡を受け取ろうとした時に、教室にカメラのフラッシュが光った。

「ふふ、良く撮れたよ、吾妻さん」

 いつの間にか吾妻の前に回り込んでいた不二が、前髪を上げて眼鏡を外した瞬間の彼女を、カメラで撮影したのだ。吾妻は目を少し見開いたものの、次の瞬間には普段のどこか冷たいような目で不二を見ていた。
「あ、不二ずっるい!」
「不二くん、見せて!」
「わ、吾妻さん可愛い!」
 クラスメイトが一気に不二に群がり、カメラの画像を見てはきゃあきゃあ騒いでいる。吾妻は少し考えながら、未だ手に乾の眼鏡を持っているのを思いだし、それを返そうと乾に差し出した。
「悪いね、吾妻さん。俺は乾貞治だ。菊丸から聞いている確率は」
「100%だ、乾少年」
「所で、あれは止めなくていいのかい?」
「いい、悪意がない」
 未だ焼き増しだのと騒ぐクラスメイトを指された吾妻は、それをチラと見てからいそいそと前髪を纏めていたヘアピンを外し、手櫛で簡単に直した。騒ぎのせいか、未だそれに気付いているのは乾だけ。
「吾妻さん、その綺麗な目の色がになるならレンズに色の入った度のない眼鏡をかけた方が良い、そのままだと視力が落ちていくからな」


「ああ、それは手塚少年にも言われた」


 奇しくもその吾妻の言葉の瞬間、教室に僅かな沈黙が走っていたのだった。



fin.


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