鉱山都市の悲劇


 セイは遺跡を出た後に砂漠をバチカル方面へ抜け、海沿いの陸地へ向かうと、神託の盾騎士団が所有している船に乗り込んだ。大詠師モースの指示により、キムラスカとマルクトの和平に盛り込まれていたアクゼリュス救済を妨害すべく送り込まれた何艘かの船に紛れこんでいた一艘は、セイを乗せると直ぐ様アクゼリュスへと航行していく。
「作戦通りに行動しろ」
「了解しました、フウレイ奏士」
 船の操舵室にいる指揮官にそれだけ伝えると、セイは早々と船室に消えた。彼を見送った指揮官は、参謀総長だった頃の彼の部下であり、現在はカンタビレの師団にある小隊長を務めている。言葉数少ないセイを見送りながら、あの人は相変わらずだと苦笑し、指揮官は船内に待機している己の部下へ伝達した。
「伝令、作戦通り各自持ち場へつくように」
 大詠師派の妨害船の解散に紛れるように、彼らを乗せた船は目的地まで水面を走っていく。




「フウレイ奏士、間もなく確認地点に到着します」
 船室で体を休めていたセイは、兵士の声に応えるようにそこを出た。敬礼を送るその兵士に、礼を告げ、持ち場へ戻るようにと指示したセイは、迷うことなく甲板へ足を向けた。
 海路から遠目で見てもアクゼリュスはかなり危険なようで、甲板から見ても分かるほどに紫がかった靄に包まれている。目隠しの奥からそれを眺めたセイは、丁度やって来た指揮官を手招いた。
「予想より酷い。地点のみ作戦二、他は変更無しだ」
「了解。伝令、目標地点のみ作戦二へ変更!」
 指揮官の指示により、船はゆっくりと進路を変えてキムラスカ領からアクゼリュスへ続く陸地へと進行し始めた。鉱山都市であるアクゼリュス周辺は山がちだが、キムラスカ側からそこへ向かう途中に橋がある。
 そこを目指す中、セイは思い出したように懐から書状を取り出して、指揮官に手渡した。
「これをカンタビレに」
「は、確かにお預かり致します」
「今までご苦労だった、グラハム」
 船は橋に近付き、グラハムと呼ばれた指揮官は一瞬呆けたものの、慌てて作戦開始の伝令を発する。途端にセイは甲板から軽々と飛び上がって橋に着地した。彼が飛び上がった瞬間に、船は勢いよく方向転換をしてそこを離れていく。
「フウレイ奏士……俺の名前知ってたんですね」
 グラハムはセイから受け取った書状を片手に、彼の向かった方へ向けて最敬礼を送り続けていた。参謀総長としてのセイの部下に配属され自己紹介をしてから今まで、彼は一度だってグラハムの名を呼ばなかったのに、何故今呼んだのか分かりかねた。けれどグラハムには、セイがもう、自身や以前の部下と見える事をしないのではないかという予感がしていた。



 障気に満ちた鉱山都市アクゼリュスに足を踏み入れたセイは、人目を避けながら密かに坑道へと侵入していった。奥に進むにつれ障気が濃密となり、視界もあまり良くない。そこには数多の人間が倒れていて、中には呻き声を上げている者もいたが、セイはそれを無視するように先を急いだ。彼のその口元には緊張感などなく、弧を描くような笑みが浮かんでいる。



 ルークは眼前に広がる光景に息を呑んだ。ここで障気を中和して英雄になるのだと思うと、僅かに体が震える。窮屈で仕方ない屋敷での生活も、記憶を失う前の自分を求める声も、何もかもが終わるのだ。そして敬愛して止まない師匠であるヴァンと共に、ダアトへ行く。希望に満ちた未来を描いたルークは、ヴァンの指示に従ってパッセージリングと呼ばれる巨大な音機関の前に立つ。
 障気を消せば、今の己が知らない過去の自分の影も消えるだろうと、ルークは何となく思った。

「愚かなレプリカルーク」

 ヴァンのその一言で、ルークが思い描いた何もかもが、パッセージリングと共に崩れてしまうとも知らずに。



「ヴァン!」
 アクゼリュスの坑道の最深部で繰り広げられる様々な言葉や感情の応酬を、セイはそこの入り口から至極愉しそうに眺めていた。岩肌はじわじわと崩れて瓦礫が地に落ちていく中で、パッセージリングの前にヴァン、そして倒れているレプリカ。
 気を失ったイオンを庇うアニスと、そして細い道を挟んでヴァンと対峙するティア達。アッシュは怒りに任せてヴァンに歩み寄っていく。
「ははは、アッシュも大概馬鹿だな」
「なっ、お前!」
 セイは愉快そうに笑いながらひらりと飛び出し、ヴァンの元へ行くアッシュを背後から勢い良く蹴り飛ばした。すかさずヴァンが魔物を呼び、自身とアッシュを空へ飛ばす。セイはそれに舌打ちをせども、追撃しようとはしなかった。
「くっ、離せ!俺もここで朽ちる!」
「メシュティアリカ、お前には譜歌がある。それで」
 魔物に連れられ、ヴァンとアッシュがアクゼリュスから去っていくのを見たセイは、近くに倒れたままのルークを担いでティア達の元へと駆けた。譜歌のバリアが完成する前に、セイとルークはそこへ入った。誰もがセイを不審に思うが、今はそれどころではない。
 瓦礫と化しながら、大地は轟音と共に崩壊する。生きた心地などしないその渦中にあり、それでもセイは叫ぶことも何もせず、ただ無表情に譜歌のバリア越しに崩れ行くアクゼリュスを眺めていた。


 それから程なくして、崩壊の進んだアクゼリュスは加速度を増して大地のさらに下へと落ちていった。



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