序章


 ダアトの神託の盾騎士団本部にある兵舎の一室で、セイ・フウレイは文章をしたためていた。行線のない帳面から破いた紙には、右上がりになっていく文字が並ぶ。黒のインクをペンにつけ、すらすらと文字を走らせる彼は、金糸の短い前髪を額当てで持ち上げ、鉄仮面についているような目隠しをつけている。そして衣服は、バツ印のようにクロスされた二本のベルトで抑えられた白地に濃紺の模様が入った上着以外は黒で統一されている。黒いグローブはインクが跳ねても目立たないから、という理由だが。
「総長も人使いが荒い」
 愚痴る言葉も一人部屋では聞き手がいない。紙に書かれた他より大きめな文字は、報告書と読める。本来それを書くべき人間、神託の盾騎士団総長であるヴァン・グランツは現在ダアトを離れ、キムラスカ・ランバルディア王国の首都であるバチカルである。
「何だっけ、そうそう、アッシュが当たり散らしてガラスを割って、始末書を書かされた、と」
 特記事項にそれを付け加えたセイは、満足げに報告書を眺めた。特務師団長であるアッシュが目を通すわけではないが、これを確認する人物の一人である大詠師モースの説教が長いことを見越した嫌がらせだ。始末書も併せて出すのだろうが、報告書にも書かれていれば威力は二倍だと言うことも、セイは知っている。
「さて、副官に出さないとなあ」
 リグレットって苦手なんだよなあと、セイは顔をしかめたものの、仕事は仕事と割り切るように言い聞かせて自室を後にした。何かと規律を重んじるリグレットと、適度に力を抜いているセイでは、どうも馬が合わない。とはいえ、お互いにヴァン直属という共通点があるため、彼の前では平和的にと協定を結んでいる辺りは一応大人だ。
「おぶっ!」
「む、すまん」
 廊下の角を曲がると、セイは何かに激突した。その上から降る低い声に、彼はぶつかった相手を悟った。
「ラルゴ、こっちこそ悪かった。急いでたから」
 セイが見上げれば、案の定、黒獅子という二つ名を持つラルゴだった。その獅子のような厳めしい顔と巨体に似合わず、彼は優しい男だ。セイに怪我はないかと尋ねて、頭をぽんぽんと撫でてくる。
「大丈夫だよ、ありがとうラルゴ」
 ラルゴと並ぶと子供っぽく見えるが、セイはこの世に産まれて二十四の年を数えている。獅子からの扱いは子供に対するものと大差ないが、それに嫌味がないためセイも怒らない。きっとアッシュは怒ってしまうだろうが。
 書類出さなきゃと、ラルゴと別れたセイは欠伸を噛み殺しながら廊下を進んでいった。
 セイは、ヴァン直属という事もあってか、ラルゴを初めリグレットやアッシュ達、通称六神将と呼ばれる面々についてそれなりには知っている。しかし実際に親しみを持って会話をするかといえば、リグレットのように馬が合わないだの、そもそも対話したことがないだので、ラルゴ一人だけだ。リグレットとはビジネスライクな間柄である。
「しかし最近暇だなあ」
 セイが神託の盾騎士団の奏士にあるまじき発言を繰り出したせいか否か、彼は近い内に運命の渦に巻き込まれていく。などとは、現在リグレットの説教から逃走中のセイは、知る由もないのだが……。
「言い掛かり!ガラス割ったのアッシュだし、俺現場見てないし!」



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