信仰の中心地


 ルークはすっかり軽くなった頭に違和感を覚える間もなく、共に魔界から外殻大地に戻ってきたティアとミュウ、そしてアラミス湧水洞で待っていてくれたガイ、さらにガイを呼びに来たジェイドと共にダアトを目指していた。再会して早々にジェイドからの手厳しい挨拶もあったが、ルークはそれは仕方のない話だと言い聞かせて、モースに捕らえられたナタリアとイオンを助け出すことへ思考を向ける。
 その道すがら、ジェイドはティアへと問う。ユリアシティに残っていたセイについてだ。彼の目的も何も分からないが、神託の盾騎士団、それもヴァンに近い立ち位置の男である。敵対の可能性が高い人間について警戒するに越したことはない。
「時にティア、セイの動向は分かりますか?」
「フウレイ奏士は私達より先に外殻大地に戻ったと、お祖父様に聞きました」
 セイの名に、ルークは僅かに身を強張らせた。アッシュを通じて見た彼が、頭を過ったのだ。怒り、というよりは憎しみを纏ったようなその雰囲気に、ルークは覚えがあるような気がしたのだが、果たして何だったのかは分からない。
 そんな疑問を振り払うようにルークは頭を振って、勢い良く地を蹴った。その近くにいたガイも、ルーク同様に僅かに顔を強張らせていた事に気付かずに。



 その頃、ダアトへと帰還していたセイは頭を悩ませるような事態に身を置いていた。引き継ぎの書類を整えて除隊届けをリグレットに提出し、受理された所までは何の問題もなく順調に進んだ。それから「閣下の御命令だ、少し大人しくしてもらう」と彼女に宣誓された上に武器である譜銃を突きつけられ、セイは控えていた神託の盾兵士に捕らえられてしまった。
 そうして放り込まれたのは神託の盾騎士団本部にある一室。後ろ手に拘束されてしまえば武器を抜くこともできず、セイは一人で悪態を突くしか出来ない。
「ヴァンの思う壺って感じで少し腹立つなあ」
 相槌も返答もないそれは虚しく響き、不満を発散させるどころかさらに大きくさせるだけで、セイは舌打ちをした。このままでは益々「計画」に支障を来すのは明らかだったが、拘束された手に自由が戻らなければどうしようもない。譜術で縄を焼き切れたらとも考えたのだが、セイはそこまで細やかに威力を調整して譜術を扱うことは出来なかった。使えばこの部屋を燃やし尽くすことだろう。
 もっと真面目に譜術を学べば良かったかという後悔は先立たず、除隊を申し出るという大きな目標を越えただけマシと思うことに決めた。そうすればセイの気も少しは落ち着いた。現状からの脱却という新たな目標が眼前に転がってはいるのだが。



 セイがそろそろ策を練ろうかと思い立ち頭を捻り始めた矢先、ぐわんと銅鑼の音が響いた。それはこの本部に詰めている兵士達へ召集を伝えるもので、良く聞けば部屋毎に設置されている銅鑼を順に鳴らしている事が分かる。しかも、段々と音が近くなっているし、時折鎧の発したらしい金属音と呻き声までもが聞こえてきた。
 誰かがこの本部に侵入して兵士を誘き出す為に策略を巡らせたらしい。そう気付いたセイはこれ幸いとばかりに笑みを浮かべ、この部屋に一番近い銅鑼がぐわんと音を立てるのを聞いていた。
「イオン!ナタリア!」
「残念賞だ」
 部屋へ飛び込んできたルーク達を出迎えたセイは、しかし余裕の笑みを崩すことはない。とはいえ彼の後ろ手の拘束で、もたらされたはずの緊張感は半減している。そんな図を目にしてぽかんとした表情を浮かべていたルークは、しかしそこにいたのがセイだと理解した瞬間に警戒心を露わにした。それは後ろに続いた彼の仲間も同様で、特にガイの表情は険しい。
 セイはルーク達がやって来たことを意外に思ったのだが、彼にとって優先すべきは現状からの脱却だ。むやみやたらと騒ぎを起こしたくはなかったし、何よりも「計画」をこれ以上遅らせたくはなかった。結局のところ、他人が来さえすればそれが誰であろうと利用するだけ。
「どなたかこれを外して頂けますか?」
 危害を加える気はないとも伝えてみたセイだが、案の定ジェイドが良い顔をしていない。他の面々も警戒しているのだろう、ジェイドの意見に同調しそうな表情を浮かべている。セイ自身に対してもだろうが、また別の可能性についても憂慮しているようだ。
 ルーク達にしてみれば、これはモースか六神将、はたまたヴァンの罠である可能性も捨てきれないのだから、セイの突然の申し出をすんなりとは受け入れられる筈がない。どうするべきかと誰からともなく視線を交わしてみる中、珍しくもジェイドが一歩前に進み出た。
「あなたはヴァンの企みをご存知ですか?」
 取り引きのつもりなのだろう。ジェイドの問いに答えれば拘束を解いても構わないという。死霊使い殿は流石だなと感心したセイだったが、ここで全て正直に答えるつもりはない。どのカードを出すのが最善か、セイの頭は素早く回転していく。相手が持つカードも分からない状況だが、セイの「計画」の為には明かすわけにはいかなかった。
「ヴァンが何かを企んでいるのは確かですが、私は詳しくは知りません」
 肩を竦めてみせたセイを探るように、ジェイドはすっと目を細めた。隠された目は、今どんな感情を込められているのか。腹の奥をさぐり合うかのように、セイもまたジェイドを眺めているが、目隠しのせいで視線が交錯することはなかった。
「この通り、私は貴公の望む答えは持ち合わせていませんが、利害は一致しているんじゃないですか?」
 緊張の走る空間でも、セイは物怖じすることなくジェイドへ言葉を重ねた。無闇に騒ぎ立てて事を荒立てたくないからこそ、銅鑼を叩いて兵をおびき寄せて気絶させたのならば、セイは彼らの目的を知らないが好都合。セイとて無用に騒ぎを起こして厳重に監禁されたくはない。
 争うつもりはないとセイが言外に伝えれば、ジェイドは一度目を伏せてから再び顔を上げた。ジェイド達の目的は一刻を争う事は確かであったし、こうして神経を尖らせて時間を浪費し続けるのは得策ではない。
「では、武器は一度預からせて頂きます。構いませんね?」
 ジェイドのその言葉によって、セイは漸く自由の身を約束された。武器を預かる役としてジェイドに名指しされたガイは、取り繕ったような笑みでセイの武器を手に、ティアが彼の拘束を解いていくのを眺めていた。
 ありがとうと礼を告げる声も、口元の笑みも、ガイの記憶に残るセイと何ら変わりがない。それでも、アラミス湧水洞で彼が見せた冷酷な表情と声が拭い去れず、武器を渡す手はもしかしたら震えていたかもしれなかった。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -