水湧く洞窟


 ユリアシティをしばし堪能したセイは、しかしルークやティア、青いチーグルの仔、ミュウだけがそこに残っていると知って、慌てたように外殻大地へ戻っていった。ユリアシティの市長、テオドーロに教えられた、街同様に始祖の名が付く創世歴時代からの装置であるユリアロードを使い、セイは外殻大地にあるアラミス湧水洞の最奥部、水が湧き出る泉の中へ姿を現す。
「うわ、水の中か」
 不思議と濡れないのは幸いだと思いながら、セイは湧水洞から出るべく薄暗い洞窟を進んだ。岩肌を踏み締めるブーツの音が、辺りに反響してやけに大きく聞こえる。時折現れる魔物を双剣で斬り倒すことも、セイにとっては造作もない。
「これじゃあ、どれが良いか考え直すのも楽じゃないなあ」
 襲い来る魔物を容赦なく切り捨てながら、セイは呟いた。魔界へ残ったのが、目覚めぬルークとティア、それにチーグルだけだったとは思わなかったのだ。実際に魔界に落ちたばかりのタルタロス内での事を見ていても、セイは現行の“計画”に支障がないと自負していたのだが、それはどうやら思い上がりだったらしい。



 肌寒くすらある洞窟を抜けて草地に足を入れたセイは、今後の行動を頭の中で組み上げる。一度ずれたものを修正することが難しいのは、参謀総長を努めていた彼も身に染みている。預言があるとはいえ、良く知らぬ人間を動かすことは容易くない。
「とりあえずダアトに戻ろうかな」
 手順を変えたくはなかったと嘆いても仕方ない。セイは“計画”以外にも仕事を持つ立場だったし、ここで延々巡らせた思考で仕事が片付く訳でもない。完璧主義という訳ではないが、今まで得た信を理由なく自ら手放すのは性に合わないのだ。ただ、敢えて難点を上げるならば、利害がずれてしまったヴァンが、セイに対して何かをけしかけてくるか否か。アクゼリュスの一件で、お互いの道が別れたのは明確だった。とはいえ、ヴァンもそれを見越したようにセイと接していたが。
 杞憂に終わるだろうが気は抜けないなと、セイは深いため息をついてから足を踏み出した。目指すはダアト。そこで全てを仕切り直さねばならない。セイが長いこと抱えていた“計画”のために。



 アラミス湧水洞の入り口とされる草地へセイが差し掛かった所で、ちょうど一人の男がやってきたのが彼の目に入る。男はセイと同じような体格で、やはり同じく金糸の髪をしている。それを見たセイは、口元に笑みを浮かべた。
「もう少し雰囲気が欲しかったけど仕方ない」
 逸る気持ちを抑えて、セイは手近な物陰で男を待ち構えた。不運の後に幸運来たりとほくそ笑みながら、近付く足音を聞く。一歩一歩、草を踏み締める音を数えていき、そして男がセイの隠れた側を抜けた所で、彼はゆっくりと男に声をかけた。
「ようやく二人きりだ」
 そのわざとらしささえ感じる口調で発せられた言葉に、男は慌てて振り返る。魔物が出ないとも限らない場所で、細心の注意を払っていたはずなのに。セイの存在に、彼は全く気付かなかったのだ。男は青い目を円くし、腰に下げた剣に手をかけた。そうしてセイを見た男は、魔界に残ったと伝えられた神託の盾騎士団の兵士だと気付く。しかし、彼が敵か味方かも分からないため、警戒を解くつもりはない。
「何の用だ?」
 睨むような目と、厳しい声音。男のそれに、セイは笑い出したいのを堪えて、額当てと目隠しを外していく。男は彼の突然の行動に対し、警戒から一転、不思議そうな表情に変わった。


「感動の再会だよ、ガイラルディア」


 明かされたセイの顔を見た男、ガイは、信じられないと言ったように目を見開いた。金髪に濃紺の目、その冷たさすら感じる視線と口元だけに浮かぶ笑み。知らぬ訳がなかったが、もう十年以上も顔を合わせていなかったため、気付かなかったのだ。
 その、己に似た顔のセイと名乗る男に、ガイは緊張と驚きの混ざった震える声をあげた。


「本当に、セイラスティ……なのか?」


 ホドの崩落で死んだことになっている、まして最後に顔を合わせたのは子供の頃、そんな男が今になって目の前に現れたのだから、ガイは驚きを隠せるわけもなかった。未だファブレ公爵への復讐を奥底へ抱える彼にとって、セイの出現はいたく心を揺さぶってくるものだ。日常を壊した者への憎しみが、また大きくなるような気がするほど。
「セイラスティ、お前は」
「ガイラルディア、残念だけど俺はね、今はお前が憎らしいんだ」
 セイはそう言うと、にやりと笑った。濃紺の目はさらに冷え、射るような鋭さでガイを見据える。鏡、まではいかないまでも似た顔立ち故か、ガイはセイに復讐渦巻く己を重ねてしまった。
 空いた方の手で双剣の片方を抜いて、セイはガイにその切っ先を突きつける。狂気染みた殺気に、ガイも剣の柄を強く握りしめ、間合いを取るべく後退した。辺りは緊張の糸が張り詰めたように息苦しい静けさが支配している。
 しばらくにらみ合いが続いたが、それを打ち切ったのは現状を作り出したセイだった。
「安心してよガイラルディア、まだお前を殺しはしないから」
 今回はただの挨拶だよ、とセイは笑う。冷たいままの瞳には笑みなどないが、さっさと剣を鞘に収めた所から察するに、本当にその気はないのだろう。それに合わせるようにガイも構えを解いたのだが、セイのその冷酷な態度にただ呆然とするしか出来なかった。
 またねと、今までの雰囲気に合わぬほど軽い調子で言葉を残して、踵を返し去っていったセイの姿を、ガイはしばらく見つめて立ち尽くしていた。


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