地殻の底の監視街


 外殻大地、セイ達の暮らしていた場所からの大瀑布に囲まれた、始祖ユリアの名を冠した魔界の街、ユリアシティ。大瀑布は魔界の地表に到達する前に気化してしまうため、タルタロスもその影響なくすんなりとユリアシティへ到着する事ができた。
 続々とタルタロスを降りていく面々に着いて、セイもユリアシティの地を踏んだ。外殻大地にあった街等と比べても、特殊な材質で造られたそこは、街というよりは一つの大きな建造物のように見える。
 暗い空が無ければ綺麗な街なのだろうかと思いながら、セイはあちこちへ視線を巡らせた。



 タルタロスから一番最後に降りたルークは、しかしその場からなかなか動こうとはしなかった。嫌だったのだ、あれだけ冷たい目を向けてきた者達と行動を共にすることが。責め立てられることに、ルークはもう耐えられないと思った。

 そうしてルークが頭に浮かべるのは、最後に嘲るような声を己にかけたヴァン以外に居ない。

 きっと何かの間違いだったんだと、ルークは思いたかった。全て崩れてなお、彼は刷り込みのようにヴァンへの敬愛を捨て去れずにいる。
「もう皆行ってしまったわよ」
 行かないの?と問うティアの声に、硬いのにどこか優しさを感じたのは、ルークがそれを求めていたからだろうか。それでも彼は、ティアの顔を見つめ返す事などできなかった。ただ震える声で、行った所で皆自分を責めるのだろうと返すのが精一杯だ。
 それを宥めるようなティアの言葉にも、ルークは頑として首を縦に振らず、ただユリアシティの硬質な地面を眺めるだけ。それに痺れを切らしたのは、彼と向き合っていたティアではなく、ヴァンの呼んだ魔物から逃れたらしいアッシュだった。
「とことん屑だな、出来損ない!」
 アッシュの怒声と共に振り下ろされた剣を辛うじて避けたルークは、怯えたように彼を見た。あまりに似すぎていて、気持ち悪い。何となく似ている処ではなく、その髪の鮮やかな真紅の髪や利き手以外、外見が全く同じ。
 だからだろうか、ティアの悲痛な叫びを無視するようにアッシュが告げた事実を否定しながらも、心の何処かではそうかと納得したのは。アッシュこそが、ルークだった。彼が、“ルーク”に求められていたものだったのだ。
 それでも、今のルークはその場所にしがみつかなければならない。そうでもしなければ、完全に全てを失ってしまう気がして。怯え震えながらもルークは剣を取り、もはや自棄になったようにアッシュへ立ち向かった。



 剣を交える音が聞こえてきて、ユリアシティの街の造形を感心しながら眺めていたセイは、それを辿って入り口へ戻ってきた。やり合っていたのはルークとアッシュのようで、勝ちをおさめたアッシュが憎しみを込めてルークへ何かを呟いていたが、倒れた彼にそれが届くことはないだろう。
 ティアの反応からして、ルークも死した訳ではないらしい。敵襲と言えば敵襲だったようなものだが、特に問題はないなとセイは密かに踵を返した。
「どちらもあれを駒と捉えていたのにな」
 ふと笑うセイは、カチャと携えている鞘を鳴らしてユリアシティを奥へ進んでいった。しばらくここを観察したら、外殻大地へ一人で戻ろうと決めたセイは、しかしちょうど鉢合わせたジェイドに足止めされてしまったのだが。
「死霊使い殿」
「私はマルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です」
「大佐殿、自分はローレライ教団神託の盾騎士団、セイ・フウレイ奏士です」
 自己紹介の後、所属部隊を聞かれたセイは主席総長直属の一般兵だと言ったが、ジェイドは納得できない。元参謀総長という肩書きならば、異動の際にまた何らかの地位を確約されそうなものなのだが。
 しかし、主席総長直属となれば、ヴァンの部下である。セイがアクゼリュスへやって来た時に、何故ヴァンは彼を助けずにアッシュを強引に助けたのだろうか。ジェイドにとっても不可解な事が多すぎるが、セイがヴァンの部下である事は変わりがないため、要注意人物としてマークするに越したことはない。
 セイはその警戒心を気にするでもなく、口元には笑みを湛えていた。
「自分はここで争うつもりはありません」
 戦意がないことを表明するためか、セイはそう言うと両手を上げた。確かに、ユリアシティに到着するまででも危害を加える機会があったにも関わらず、そうしなかった彼にその意思はないのだろう。ジェイドにしても、今ここで悪戯に煽り争うメリットはない。
 そのうちまた会うかもしれないと、セイは笑みを浮かべたままどこかへ行ってしまった。捕まえておくべきだったかとジェイドは思いながらも、何故かここまでやってきたらしいアッシュに声をかけられ、彼はそちらに意識を向けた。



「え、俺も頭数にするとか何の冗談?」
 アッシュの目を通じて世界を見ていたルークは、セイという男はこんな性格だったのかと頭を捻った。ザオ遺跡での彼の戦いぶりを横目で見ていただけだが、セイはもっと冷酷な男だと思っていたのだ。
「冗談だと思うか?」
「もしかして、まだあの説教二倍にしたこと根に持ってるとか」
 だがどうだ、アッシュを介して見るセイは、随分と軽そうな男ではないか。説教二倍が何なのか分からないルークは、ただアッシュとセイの掛け合いじみた会話を唖然としながら聞いていた。あれはやはり貴様かだの、受理したのは副官だしだの、単なる子供じみた言い争いの様相を呈していたのだが。
「何を言われても同行しないよ」
 同行しないという言葉に文句をつけたアッシュに、俺の立場を忘れたのかとセイは言った。口元だけしか見えないが、彼はヘラヘラという言葉が似合うような笑みを浮かべている。けれどルークは、その表情にぞくりと背筋が凍り付くような冷たさを感じた。アッシュの体ゆえに身震いこそ出来なかったが。
 アッシュは何も感じなかったのか、あからさまに恐怖を表さないのか、ただ無言でセイを見てから、勝手にしろとだけ言って踵を返した。ルークがセイに畏れを抱いた事を知らぬわけではないが、今のアッシュはそんなものにかまけている場合ではないと言わんばかりに、ユリアシティに停泊しているタルタロスを視界に映した。


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