急転

「ちょ、何だよこれ、暗っ!」
 向日の叫びが辺りにこだました。合わせ鏡で飛んだ先が、ねっとりとまとわりつくような闇に染まっていたからだ。彼の言葉を皮切りに、皆が思い思いの感想を口にしていく。
 冷静だったのは跡部で、彼らの声で全員が集まっている事を確認した。そのメンバーの中には、いつの間にか馴染んでいた花子さんがいたが、誰も彼女に突っ込む余裕はない。
 最初に、この空間の変化に気付いたのは宍戸だった。
「おい、あれって何なんだ?」
「え、あれってどれですか?」
「クソクソ!誰だよ俺のケツ触ったやつ!」
「ちょ、誰か足踏んどる!なんなんこれ!」
「俺にしがみついたのは誰ですか!」
「おまえらいい加減黙りやがれ!」
 宍戸の声に、鳳が返す。視界は闇ばかりで、お互い声だけでしか判別できないため、ぎゃあぎゃあと言い合いが始まった。向日の尻を触ったのは花子さんだったらしく、けらけらと女の笑い声が響いた。ちなみに、忍足の足を踏んでいたのは、眠気に負けたらしい芥川の体。日吉にしがみついたのは、樺地にぶつかってよろけた鳳だ。
 騒がしさに苛立ち、声を張り上げた跡部によって、騒がしさは一瞬でおさまった。しかし、こう暗くては現状が把握できない。
「ぬしらは間が悪いの」
 辺りを探るような空気が満ちた頃、宍戸が見つけた白いものがモゾモゾと動き口を開いた。その場にいた全員が、慌ててその嗄れた声のした方へ顔を向けると、そこにいたのは尾がいびつな形で七つに別れている白い狐だった。
 狐が尾をパタパタ上下させると、辺りは明るくなった。とはいえ、狐のいる場所と跡部達のいる場所だけだったが。
「あれが我を喰らう瞬間にぬしらが来たからの、あれも避けようがのうて喰うてしまったようだ」
 狐は、すんと鼻を鳴らしてから立ち上がり、跡部達の方へと近づいてきた。それは、狐にしては大きな体躯で、白い体毛は柔らかく流れている。その目は優しい眼差しをしていて、旧校舎の七不思議の元凶だとは思えない。
「あれって何だ?」
「あれはあれじゃ、我も名を知らんでの」
「いや、名前じゃなくてさあ」
「おお、あれはの、回収者じゃ」
 それ以上は本人が明かすまで言えないと、狐は笑った。花子さんもそれに同意するように頷いた。消化不良なのは皆同じで、不満に溢れる表情を浮かべる。
 沈黙に支配された空間を打ち破ったのは、忍足だ。狐が出てきた以外に、この場に変化がないことを、彼は不思議に思っていた。
「いつ出られるんやろ」
「ほう、上方の出のもんかい。そのうち出られるじゃろうて、あれは案外分別があるでの」
 狐が目を細めた瞬間、空間に裂け目ができた。
「ちょ、お前またやりよったんか、稲荷神が怒るはずやわ」
 そこから出てきたのは、派手な着流しを着た、明るく癖のある髪を肩まで伸ばした、いかにも軽そうな青年だった。助かる気がしない。一部のメンバーはそう思いながら、複雑な表情を隠そうともしなかった。
 だが、花子さんも狐も、彼を見た途端に恭しく礼をしたのだ。青年は狐に文句をつけてから、跡部達に向き直った。
「すぐ出したるで」
 にい、と笑った青年の笑顔は御門によく似ていた。彼はそれから辺りを闇に戻してしまって、跡部達の意識もそこで途切れた。


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